第20話 彼岸花

~紫竜本家~

10月に入ってすぐ、芙蓉は妻同士のお茶会のために応接室に向かっていた。

これも族長の妻の仕事らしい。

今日は、龍算の狼妻、龍雲のカワウソ妻、龍韻の熊妻が来ているそうだ。

獣人は竜の子を嫌がるので、子どもたちは皆、遊び部屋にいる。 龍風も兄や姉と一緒なら芙蓉と数時間離れても大丈夫になったから安心だ。


それよりも芙蓉は、龍韻のことが気にかかっていた。


龍韻は、前妻のイグアナ妻と死別したと夫から聞かされたけど、解放軍の巴衛はイグアナを逃がしてやったと言っていた。

イグアナ妻が死んだ経緯を芙蓉は知らないけど、巴衛の話は夫に伝えていない。

ワシのケープのことがあるからだ。

ケープは同族ワシの奴隷を解放するために解放軍に参加していた。

だけど、もし芙蓉を助けていなかったら、誘拐犯の仲間として鷺たちに殺されていたかもしれない。

イグアナが龍韻から逃げ出して解放軍に参加した理由は分からないけど、紫竜との結婚を嫌がっている妻は多い。

龍兎の鴨妻は自殺したと聞いたし。


イグアナも結納金めあてに家族に売られたのだろうか?


ならば、マムシのマーメイのように家族への復讐のために解放軍に?

獣人の考えなど分からない。

だけど、イグアナの望みが芙蓉の子どもたちを害することではないなら・・・



~応接室~

「お待たせしました。」

芙蓉は笑顔を作って応接室に入った。

3人の妻は立ったまま待っていたようで、芙蓉に向かって頭を下げる。

芙蓉はいまだに慣れないが、夫の一族には序列があるから仕方ない。

芙蓉がシュンに案内された席に座ると、狼、カワウソ、熊の順に座る。


「シーヨさん、ご無沙汰しております。 モーコさんは初めまして、結婚の挨拶の時は息子の体調不良でお会いできなくてごめんなさい。 クルンさんは結婚生活に慣れましたか?」


芙蓉は順番に気を付けながら話しかける。

一族の宴会では獣人の妻たちは芙蓉の席まで来ないので、会話をするのは久しぶりだ。

だけど、妻たちの状況はシュンやカカたちから聞いている。


狼のシーヨは昨年末に第一子の龍示を育児放棄しており、子どもの話題は避けた方がいいらしい。

カワウソのモーコは、早く龍雲の子を妊娠するようにと実家から急かされているらしい。

熊のクルンはまだ龍韻との結婚生活に慣れておらず、というよりも紫竜の匂いで体調を崩しがちらしい。


「奥様、またお会いできてうれしゅうございます。 ますますお美しい黒毛でうらやましいですわ。私など産後、ずいぶん毛が抜けてお見苦しい姿になりまして・・・」

そう言って話はじめた狼の獣人とはお世辞の言い合いの後、当たり障りのない話題で終わった。


次のカワウソはかなり緊張しているようで、終始声が震えていたが、結婚してすぐ妊娠した芙蓉が羨ましい的な話だった。

本当は妊娠が分かってから結婚したんだけど、夫の一族的には妊娠が分かるまで結婚を隠していたことになっているので黙っておいた。


最後の熊は・・・緊張と、おそらく芙蓉についた夫の匂いでぐったりしていたが、それでも笑顔を作って会話していた。

熊族は獣人の中でも丈夫らしい。

ただ、余裕はなさそうだったので、芙蓉から熊族のガラス細工の話題をふると、なんとか会話らしいことはできた。


『そういえば、同じ熊の龍海の妻は最近、お茶会に来ないわね。』


宴会には毎回、龍海と一緒に来ているけど、夏に龍海が三輪たちを連れて花火を見に行った旅行には熊妻は居なかったらしい。

竜琳がいたからかな?

芙蓉は少し気になったが、口には出さなかった。

お茶会でも妻の侍女たちがいるので、不用意な発言はできないのだ。

話題にも監視にも気を遣うお茶会は2時間弱でようやく終わった。



~鹿領~

10月のある雨の日、デーメは紅葉の木の根元に3本の赤い彼岸花を結んで置いた。

イグアナ族における死者を弔う儀式だ。

昨晩、解放軍の人族からゴリラ領でマムシ族のマーメイが死んだと聞かされた。

別にマーメイとは仲が良かったわけではないが、龍灯と龍韻は仲が良かったので、顔を会わせる機会は多かった。

解放軍の巣で再会してからも、部屋に籠らざるをえないデーメに、マーメイはよく話しかけに来ていた。


「バカね。せっかく自由になれたのに・・・」


デーメは1人で呟いた。

マーメイを紫竜に売り飛ばした家族を始末するだけで満足すればよかっただろうに。

マムシ族全体への復讐に燃えて戻ってきたマーメイは、紫竜の執事を殺してしまい、紫竜に捕まって殺されてしまった。

だけど、デーメにはマーメイの恨みの深さがよく分かった。

デーメは神林守りの一族に産まれたがゆえに紫竜に売り飛ばされた。

だから、妹とともに神林を燃やしたのだ。


自分を縛る血縁と神林から自由になるために。


だけど、同時にイグアナ族全体への復讐にもなると思っていたことは否定できない。


「やっと自由に・・・なれたのよね。」


デーメは自分自身に問いかける。

自分を縛るものはもう何もない。

はずだ・・・ 龍韻の元を逃げ出して約一年 ようやくデーメの身体から紫竜の匂いが完全に消えた。

龍韻は熊族の娘と再婚したそうで、もうデーメのことはきれいさっぱり忘れたはずだ。

解放軍と約束した仕事も終わり、デーメは完全に自由になった。

解放軍はイグアナ領にいる奴隷の解放や、紫竜族長の人族妻を誘拐を企んでいるらしいが、デーメはどちらにも興味はないし、協力する気もない。


「これから何をしようかな・・・」


イグアナ領にはもちろん帰らない。

かといって他に行きたい場所があるわけでも・・・

と、どこからともなくトンボが飛んできた。

いつかの龍緑の人族妻の話を思い出す。


「人の町には必ず田んぼがあって、トンボが飛び回る時期に稲の収穫をするのですよ。私は収穫作業を見るのが好きでした。」


イグアナ領でも稲を育てていたが、人族たちとは何か違うのだろうか?

不思議と興味がわいてきた。

「人族の田んぼを見に行ってみようかしら」

デーメは軽やかに歩きだした。

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