第19話 龍希の懸念

今日から10月だが、龍兎が連れ帰ってきた鶴の女将からは役に立つ情報は出てこなかった。

解放軍の連絡係が時折、鶴の女将のところにやって来るだけで、鶴は解放軍の巣も知らなければ、連絡係以外の解放軍のメンバーを見たこともないらしい。

やはり解放軍は賢いな。

末端の獣人には解放軍の情報を知らせないようだ。


この鶴は解放してやることにした。

一応、龍韻の意見を聞いたが、龍韻はもう元妻イグアナのことを覚えておらず、俺に処分は任せるとのことだった。

悩んでいると龍賢が鶴の解放を提案したのだ。解放軍の仲間だが、紫竜に素直に話せば無傷で解放された。との前例を作れば今後、有益なタレコミが入るかもしれないと。


やっぱり龍賢は賢いなぁ。

いつだって少し先の未来を見据えているのだ。



~族長執務室~

10月のある日、龍希は、龍海と龍緑を執務室に呼んでいた。妻はお茶会中だが、三輪はいない。

龍緑の娘の竜琳は5日前に熱をだし、昨日ようやく熱が下がったらしいが、今日は三輪と睡蓮亭で留守番しているそうだ。


「ちょっと2人に相談したいことがあってな・・・」


龍希がそう言うと2人は顔を見合わせた。

「龍賢様でなく我らにですか?」

「ああ、龍賢はほら、なんというか、妻に対して過保護すぎるというか・・・」

「え?また奥様を泣かせたのですか?」

龍緑は呆れた顔で尋ねてきたが、

「ちげぇよ。泣かせたくないから、先にお前らに相談してんだ。」

「は?」

龍海も龍緑も首をかしげる。


「んーほら、なんというか、最近、元妻獣人たちが実家や自分の種族に復讐するために解放軍に参加してることが分かったじゃないか。」


「え?はい。しかし、それと族長の奥様と何の関係が?」

龍海の質問に先に龍緑が答えた。

「まさか、奥様が同じことを思わないかと心配されているんですか?」

「やっぱ、怒るかなぁ?嫌いになるかなぁ?こんな心配伝えたら・・・」

龍希は頭を抱える。


「俺だったら自分の妻にそんな話は絶対にしません!」


龍緑は眉間にシワを寄せて断言した。

「やっぱり?」

「なぜ族長の奥様なのです? 奥様は家族に売られたわけではありませんし、人族全体に対して恨みを持っているご様子もないと思っておりましたが・・・」


「芙蓉は思い出すのも嫌なほど家族を嫌ってる。」


「は?」

「ええ!?」

龍海も龍緑も大声をあげて驚いている。

「お前らしか知らないからな。他言無用な。」

龍希は有無をいわせぬ強い口調で命じた。

「え?奥様が家族を嫌ってる?どうしてです?」

「落ち着けよ、龍海。俺が出会った時に芙蓉は一人で働いてたって言ったろ?芙蓉は家族に、その、まあ捨てられてたようなもんなんだ。実家に居たときもずいぶん酷い扱いを受けてたらしい。だから家族のことを話したがらないんだよ。 だから他言すんなよ。妻が侮られる。」


「・・・それはまさに竜湖が知りたがってた話では?竜湖にその話は?」


龍緑はまた竜湖を警戒しているようだ。

「してねぇ。誰にも話す気はなかったんだが・・・」

龍希はそこで言葉を切った。

「龍希様、私も龍緑も一切他言致しません。あなた様のことも奥様のことも裏切ることはありませんよ。信頼してくださいませ。」

龍海と龍緑の真剣な顔を見て龍希は覚悟を決めた。


「俺は妻を信頼してんだ。俺にも紫竜一族にも悪さをすることはないって断言できる。 ただ、ほら、龍灯の元妻マムシは、紫竜には悪意がなかったが、マムシ族への復讐のために解放軍に協力して、その結果、紫竜うちに被害が出てる。

同じように芙蓉が自分の家族への復讐のために解放軍に・・・って可能性がゼロとは、いや、そんなこと考えたくもないんだけど。」


「しかし、奥様が解放軍に拐われていた間のことはお聞きになったのでしょう? 解放軍に協力するって話はなかったのでは?」

龍緑はそう言うが、

「芙蓉が紫竜への悪意なく隠し事や、嘘をついてたら、俺たちじゃ分からねぇ。ほら、竜杏だってあの宿の鶴に騙されたじゃねぇか。」

「あ・・・」

龍緑は困った顔で龍海を見るが、龍海は険しい顔になっている。


「族長のご懸念はよく分かりました。奥様はとても賢い方ですが、敵も同じ知能の高い人族です。奥様を言葉巧みに騙したり、家族に対する憎しみにつけこんで利用しようとする可能性は十分にございます。 奥様とお子様たちを守るためにも、奥様が解放軍を頼らぬよう対策を練る必要がございますな。」


「やっぱ、龍海もそう思うか。ただ、俺が芙蓉を疑ってるなんて勘づかれたら・・・どうしたらいいかな?」

「うーむ。族長以外が憎まれ役になるしかないですな。もしくは奥様の家族を先に始末しますか?」

「家族の居場所は分からねぇ。まだ生きてんのかすら分からん。」

「うーむ。」

龍海は両腕を組んで唸り始めた。


「はあ・・・じゃあ俺が奥様におききしましょうか?」


「え?」

龍希と龍海は驚いて龍緑を見る。

「筆頭補佐官が族長の奥様に嫌われるわけにはいかないでしょう?とはいえ、他の一族には奥様の家族のことを知られるわけにもいかないとなると俺しかいないです。ただ、俺なんかが奥様から上手く話を引き出せるかは分かりませんけど・・・」

「マジで!?」

「マジです。俺は補佐官でもありませんから、族長の奥様に嫌われても一族に不利益は生じないでしょうし。」

龍緑はそう言って肩をすくめた。

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