第18話 神林守りの裏の顔

~イグアナ領~

「はー参ったな。」

馬車に戻ってきた龍兎は頭を抱えた。

馬車の御者台にいるワシの獣人は、新しい執事のじんだ。

犬の執事は毒殺されてしまい、鳥族の執事は使い勝手がいいからと龍灯にい様がわざわざ推薦してくださったのだ。

龍灯にい様には心配ばかりかけて申し訳ない。

せめて忙しいにい様の役にたちたいと思ってイグアナの神林炎上事件の手伝いに立候補したのだが・・・龍兎は途方にくれていた。


昨年11月、当時、龍韻殿の妻だったイグアナ族のデーメが旅行先の鶴の宿で行方不明になった。

どうやら、龍韻殿たちが毒を飲まされて眠りこけている間に宿を抜け出したらしい。

毒を盛ったのは、鶴の宿で中居をしていたデーメの実妹テールと思われ、テールもデーメと同時に行方不明になっている。

デーメ逃亡の動機は不明だが、何年か前に妻の家族が強盗に殺され、デーメを神林守りの後継者にとの声がイグアナ族であがっていたことを竜杏殿が妻に隠していたことに龍韻殿も荷担していたと誤解された可能性があるという。

その誤解をとくことなくデーメは族長の猫の執事ポートと一緒に神林火災に巻き込まれて死に、その妹テールは今も行方不明だ。


龍兎はその調査のためにイグアナ領まで出張してきたのだが、イグアナたちからは悪意を感じる。

特に神林の焼け跡近くまでくると露骨に悪意を向けてくるのだ。

龍兎に対する明らかな挑発なので応戦しても構わないのだが、龍兎は乱暴なことが好きじゃない。

直接攻撃されない限りは見逃すことにした。

そして、先ほどイグアナ領に潜入させている間者と秘密裏に会ってきたが、驚くべき話を聞かされた。 神林炎上の原因はまだ分かっていないが、イグアナ族では、神林守りの一族であるデーメが原因であるはずがない、一緒に死んだ族長の猫の執事が放火したなどという噂が流れているらしい。

そんなわけがない。

執事のポートはデーメを生け捕りにするよう族長から命令を受けていたのだから。

とはいえ、デーメが神林に放火する動機も思い付かない。まあ、獣人の考えなんて分からないけど。

ただ、火元がポートとデーメの焼死体が見つかった辺りなのは間違いないようだ。

その辺りから火が広がり、神林の5分の4が焼失したそうだ。

神林はイグアナ族にとって命よりも大切なものだったらしいが、紫竜に怒りの矛先をむけるのは筋違いだ。

むしろこちらも被害を受けている。妻の逃亡という不名誉に加え、族長の執事まで失ったのだから。


なのに今度はマムシ妻が紫竜本家から逃亡なんて・・・龍兎はため息が止まらない。

龍兎のせいじゃない、初めから解放軍の間者だった可能性もあると言われたけど・・・龍兎に対して我慢できないほどの不満があったから、妻は逃げ出したんじゃないかと思ってしまう。



龍兎の一角獣の馬車は北に向かい、途中で一泊して翌日の昼前に鶴領に入った。

龍韻殿たちが泊まった宿まではあと30分ほどの距離らしいが、こちらは望み薄だ。

10ヶ月近く前に姿を消した2匹のイグアナの匂いなんて消えているはずだし、宿の獣人たちにイグアナの行方なんて心当たりがあるはずもない。


「ま、だからこそ補佐官たちのお手を煩わせるわけにはいかないんだよね。」


龍兎はひとりごちる。

前の族長時代には子不足が深刻だったが、今の族長になってから子不足は解消しつつあるものの、前代未聞のトラブルが次から次へと起きており、一族の中でも力の強い族長とその補佐官たちでも手が回らず、高齢で相談役の龍賢様も補佐官と大差ない忙しさだと聞いている。

準補佐官的な立場にいた龍緑殿は、昨年11月に娘が生まれ、転変したものの毎月のように娘は体調を崩しているそうで、シリュウ香以外の仕事をする余裕がないそうだ。



~鶴の宿~

ようやく着いた宿は、鶴領でも北の方にあり、建物はかなり小さく、周りには森しかない。

龍韻殿が泊まるようなランクの宿ではないが、執事の体調不良と雨でここに滞在せざるをえなくなったらしい。

宿には、一人で宿を抜け出すデーメを目撃した鶴の女将がまだ働いていた。

だが、デーメは宿のそばの森に入っていき、その妹テールの行き先もわからないという話だ。

悪意は感じないので嘘ではない。

龍兎がため息をついて立ち上がろうとした時だった。


「あ、あの、た、大変不躾ながら、ご質問させて頂くことをお許しいただけませんでしょうか?」


萎縮している鶴の女将が震える声で話しかけてきた。

「え?どうぞ。少しなら。」

龍兎は座り直した。

「お、恐れ入ります。そ、その、紫竜の若様がわざわざこんな田舎までお越しになったということは、何か進展が、イグアナの行方について何か分かったのでしょうか?」


『ん?』


龍兎は営業スマイルのまま何と答えようか考えていた。

まさか族長がうっかりこの件を半年近く放置していたなんて口外できない。

それに悪意は感じないものの、こんなことを聞いてくるなんてこの鶴にはあるな。 龍兎は龍灯にい様の真似をすることにした。


「ええ。その通りです。でも、今ならまだ弁解を聞きますよ。」


龍兎がそう言ってわざとらしい営業スマイルをむけると、鶴の女将は目を見開き、全身の毛を逆立てたかと思うと次の瞬間、畳に土下座して大泣きし始めた。

「も、申し訳ございません。す、全てお話いたしますので、どうか命だけは!」

鶴は大泣きしながら訴えかける。

「ええ、全て正直に話すなら、私から族長に寛大な処分を求めてあげてもいいですよ。」

これも龍灯にい様の真似だ。

「は、はい!・・・」


鶴の女将からとんでもない話が出てきて、さすがの龍兎も開いた口が塞がらなくなってしまった。



~族長執務室~

9月の終わり、イグアナ領と鶴領に出張に行った龍兎が1匹の鶴の獣人を連れて帰ってきた。

何やら成果があったらしい。

龍兎の報告を聞いて、龍希はすぐに補佐官と龍賢、竜杏を呼びに行かせた。

「龍兎、揃ったからもう一度報告してくれ!」

龍希の命令で、龍兎は再び鶴の女将から聞いた話を始めた。

「はい。まず龍韻殿が昨年11月に泊まった宿の鶴の女将は解放軍の仲間です。あの宿は元々、奴隷売買の取引場所として様々な獣人に利用されており、鶴の女将はその情報を解放軍に流すためにあの宿で働き始めたそうです。

それから5年ほど前、イグアナ妹テールが中居として雇われた際、鶴の女将は解放軍からテールはイグアナ族の奴隷商人の娘なので、見張れと命令されたそうなのです。」


「は?奴隷商人?イグアナの実家は神林守りの一族だろ?」


龍景が驚いて声をあげる。

「鶴の女将が解放軍から聞かされた話によると、神林守りはいわゆる名誉職で、妻の実家の収入源は寄付金と紫竜うちに嫁いだ娘からの仕送りだったそうです。

ところが、龍韻殿の元妻デーメは嫁いでからまもなく実家への仕送りを止めたそうで、困窮した妻の実家は奴隷売買に手を出したらしいです。 神林は、限られたイグアナ以外は立ち入り禁止となっていましたが、不法侵入獣人は他族のみならず、イグアナ族でも絶えなかったそうで、妻の実家は不法侵入獣人の処刑も任されていました。 それを逆手にとって捕らえた不法侵入獣人を奴隷として売りさばいていたそうです。そして奴隷解放を目的とする解放軍に目をつけられていたと。」


「竜杏、妻の実家の奴隷売買のことは知っていたのか?」

龍希が睨むと、竜杏は青い顔をして首を横にふったので、龍兎に報告を再開させる。

「テールは実家が襲われ、家族が殺された際に1人逃げ出し、奴隷売買で使っていたあの鶴の宿にやって来たそうです。宿の店主は、奴隷売買に慣れたテールに奴隷商人の接客を担当させていたので、他の従業員たちは奴隷売買のことは知らないそうです。

さて、そのテールですが、昨年11月に龍韻殿夫婦が急きょあの宿に滞在することになった時には接客担当になることを強く希望したそうですが、店の店主は鶴の女将を担当に任命し、テールは龍韻殿たちの客間に近づくことすら許されなかったそうです。

そして、龍韻殿たちが泊まった深夜、解放軍が鶴の女将のところにやってきて、2つの命令をしたそうです。」


「2つの命令?」


「はい、1つ目は深夜にテールを宿の裏にある井戸に呼び出すこと、2つ目は朝方、宿の庭に出て、一人で森に入っていくデーメを目撃することです。 鶴の女将がテールを井戸に呼び出したところ、デーメが一人で待っており、テールがデーメと口論をしている隙をついて解放軍がテールを気絶させてどこかに連れていったそうです。」


「は?待て!妹のテールが解放軍に誘拐されたのか?」


やはり皆も予想外の展開に驚いている。

「はい。驚くべきことに、解放軍に協力したのが妻のデーメで、誘拐されたのが妹のテールらしいです。」

龍兎はそう言うが、

「待って!おかしいです!昨年、私が鶴の女将を直接問いただしましたが、鶴はテールの行方を知らないと言っていました。悪意は感じませんでしたわ!」

竜杏が抗議する。


「鶴の女将は嘘をついていません。解放軍がテールをどこに連れていったのかは知らないそうです。 だから正直に知らないと答えたと。」


「え!?いや、だからって・・・紫竜を騙すつもりで解放軍のことを黙っていたなら悪意は感じるはずですわ。」

「それが・・・鶴の女将は、デーメから、テールはデーメを暗殺しようと近づいてきたので、解放軍が龍韻殿の命令をうけてテールを連行してくれたとの説明をうけたそうです。

ただ、龍韻殿は解放軍の協力を公にしたくないと言っているので、紫竜一族の名誉を守るためにこのことは口外禁止だ、と命じられたと。 つまり、鶴の女将は悪意をもって隠していたわけではないのです。」


「はあ!?そんなバカな・・・」

驚いているのは竜杏だけじゃない。

「龍兎、続けてくれ。」


「はい。鶴の女将は、その後、解放軍からデーメは無事だ、神林で焼け死んだのはテールだと知らされたそうです。」


「は、はああ!?」

あの龍賢まで目を見開いて驚いている。

「え?いや、そんなバカな!?確かにイグアナの焼死体からは龍韻の匂いがしたよ。俺と龍韻で死体を確認しに行ったんだ!」

龍灯の言葉に龍兎は困った顔になる。

「はい。そのはずです。ただ鶴の女将は解放軍からそう聞かされたと。鶴は嘘を言っていないので、解放軍が鶴を騙したのでしょう。

鶴は解放軍が紫竜に悪さをしていることを知らなかったそうなのです。 ところが今年の初めに、その、族長の奥様が鷺領で解放軍に誘拐されたと聞いて、鶴は恐ろしくなり、今回、僕に全てを話したというわけです。」

龍兎は長い報告を終えて、一息ついている。


「ご苦労だった、龍兎。大手柄だ!報酬をはずむぞ。金でも物でもなんでも欲しいものを言え!」

「え?き、恐縮です。お役にたててよかったです。報酬のことは考えてまたお返事いたします。」

龍兎は嬉しそうにそう言って一礼して部屋から出て行った。


「さて、族長、鶴から解放軍の情報を引き出せますかね?」


龍賢が尋ねる。

「今、竜波に事情聴取させてる。 にしても、解放軍はなんで妻の妹を拐ったんだ?」

「妹も奴隷売買をしていたので殺すためでは?たしか、タンチョウ領では人族の奴隷商人が赤子まで皆殺しにされたとか。」

「あ~そうだったな。じゃあ妹イグアナももう死んでるのか。 しかし、なんで龍韻のイグアナ妻は解放軍に協力したんだ?」


「マーメイと同じく家族を殺すことを依頼したのか、龍韻の元から逃げ出すために依頼したのか・・・」


「ん?イグアナも離婚希望だったのか?」

「どうなのだ?竜杏?」

龍賢が竜杏に尋ねる。

「私はイグアナから離婚の希望は聞いておりませんわ。むしろイグアナは実家を嫌っておりました。仕送りどころか手紙の返事すらしていませんでしたから。」

「そうなの?ならなんで逃げたんだ? てっきり、家族の訃報を知って実家に帰りたかったんだと思ったんだが・・・」

龍希は不思議で仕方ないが、その場にいる誰も見当がつかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る