第17話 ワニとの停戦

~ゴリラ領隠れ家~

9月のある日、ジュウゴは今日も朝からマムシの獣人の看病をしていた。

マーメイというこのマムシはかつて羽方町近くの隠れ家でマムシ毒を提供していた獣人だ。

それが先月、シリュウに捕まり拷問をうけて重症のところをトンビに運ばれてきた。

だが、意識が戻らない。


「おはようございます、ジュウゴさん。マーメイは目を覚ましましたか?」


今日も豊がやってきた。


「いや、全くよくならねぇ。こりゃ近々死ぬな。」


ジュウゴは断言した。

獣人が死のうが生きようがどうでもいいが、もう何年も色々な獣人の治療をさせられているせいで、ある程度見当がつくようになってきた。


「え!?」

豊は困った顔になったが、ジュウゴにはどうしようもできない。

「傷が多くて深すぎる。むしろまだ生きてんのが奇跡だよ。何したらこんなに皮が焼け焦げるんだ?」

「はあ。ジュウゴさんがそう言うなら、もうどうにもならないですね。」

豊は珍しく棒読みじゃない。


「しかし、シリュウの拷問ってのはえげつねぇなぁ。」


ジュウゴは思わず身震いした。

相変わらずシリュウがどんな獣人なのか分からないが、獣人たちが揃って怯えている理由は少しわかる。 こんな拷問うけるくらいなら自殺した方がマシだ。



「ねえ、豊!」

ノックもせず入ってきたのは、ユリとかいう年増の女だ。

こいつも司令官の側近らしいが、生意気なのでジュウゴは大嫌いだ。

「げ!ジュウゴもいたの?」

ユリはあからさまに顔を歪めて、軽蔑した視線をむけてきやがった。

「ふん!相変わらず不細工だな。」

ジュウゴも思い切り軽蔑の眼差しを向ける。

「はあ!?あんたに言われたくないわ!」

「まあまあ、僕を挟んで喧嘩しないでよ。」

豊はニヤニヤしながら仲裁するふりをしている。

「こんなやつ喧嘩の相手にもならないわ。それより話があるの。」

「ああ、僕の部屋に行こう。」


「ここでいいわ。 ついに、貴族どもがワニと停戦合意したって。」


「は?」

「え?」

ジュウゴは驚きのあまり大声がでたが、豊も負けないくらい大声だ。

「うそだろ?ワニは西都を潰して西の貴族を皆殺しにしたから根絶やしにするって全く停戦の話に応じて来なかったじゃないか?」

「ええ。でもついに貴族どもも諦めたみたい。ワニ領あたりの町は全て潰されて跡形もないし、ワニは毒を開発したり、水中戦が巧妙化してきたりで、泥試合が何年も続いてたからね。」


「ワニに捕まってる人々はどうなるんだ?」


「はん!貴族に何を期待してんの。停戦合意の中身は非公開だって。切り捨てたのよ。」

ユリと豊は怒りをあらわにしているが、ジュウゴは黙って聞いていた。

「ワニを叩くなら今か?」

「さあね。司令官はまずは情報収集だって。北部隊はマムシに集中するように、とのことよ。」

「ユリは?」

「ないしょ。」

ユリはジュウゴをちらりと見て答えている。

「分かった。僕らは自分の職務を全うするよ。」

豊はそう言うと険しい顔のまま足早に部屋を出ていった。

ユリも部屋を出て行こうとするが、


「おい!待てよ。」


「は?なに?」

ジュウゴに呼び止められてユリは驚いた顔で振り返る。


ジュウゴだってこんな女と話したくもないのだが・・・


「お前、元遊女だったよな?」


「は?何?私の過去に興味あんの?」

ユリはまた不愉快そうな顔になっているが、一応会話には応じるようだ。

「ねえよ。 なあ、遊女が子どもを産むなんてことあるのか?」

「はあ?あんた、何いってんの?」


ユリは呆れているが、ジュウゴだって自分が非常識なことをきいているのは分かっているのだ。


「分かってるよ。バカなこと言ってる奴を黙らせたくてな。遊女が子ども連れて歩いてたなんてぬかしてやがるんだ!」


「それ、ほんとに遊女なの?」

「ああ、間違いねぇらしい。」

「ふーん、どこを歩いてたって?」

「昼間に往来を歩いてたんだと。男と子どもと一緒にな。ありえねぇ。」


「男?もしかして身請けされたの?」


ユリの言葉にジュウゴは笑ってしまった。

「身請け!?ありえねぇ。大金出して遊女なんかを買って帰るバカは居ねぇよ。あんなのはバカな遊女騙す言葉だろ。」

「え?居たわよ、身請けされた遊女。身請けされた後の話は知らないけど。 身請けした遊女を妾や側室にした商人の噂も聞いたことあるし。」


「ありえねぇ。んな高級遊女じゃねぇよ。」


ジュウゴは大笑いだ。

「あんたに女の価値なんて分かんないでしょ。むしろ高級遊女じゃなきゃまだ手が届くんじゃない? 私の知ってる遊女の身請け金は100万しなかったわ。」

ユリは真面目な顔で答えているが、


「100万どころか100円の価値もねぇよ。20すぎた不細工で貧相な女だ。」


「なに?顔馴染みの遊女がいなくなってたの?」

「バカ言え!んな遊女がいる店には行かねぇよ!」

「はあ!?意味分かんない! 20代のあまり稼げない遊女なら、なおさら身請け話があれば店主は断らないんじゃない?」

「ありえねぇ。あ~もういい! お前なんかにきいた俺がバカだった!」

「はああ!?なんなのよ!」

ユリは怒って部屋を出て行った。


「ちっ!やっぱり女はバカばかりだ!」


ジュウゴはイライラして足元のバケツを蹴りつけた。


遊女が子どもを産むなんてありえないと大笑いしてくれれば良かったのに。

身請けされた遊女が実在するだあ?

いや、美人の高級遊女なら大枚をはたいて買い取る男もいるかもしれないが、あいつにはそんな価値はない。

もうとっくに垂れ死んでいるはずなのだ!

なのに、他の町の商人と駆け落ちしていた?

水連町にもバカしかいない。

もしくは似た顔の女と見間違えたに決まっている。


「あーイライラする!」


この間は元妻そっくりの女を見かけ、今度は死んだはずの妹が生きていて、しかもいいとこの商人と結婚して子どもが3人もいるなんてバカ話を聞かされた。

ありえねぇことばかりだ!

いや、世界には顔がそっくりなやつが3人は居るとかいないとか・・・誰かが言ってたな。

そうに決まっている。


そうでなければ困るのだ。


もしも妹が生きていようものなら、ジュウゴの前に現れようものなら、ジュウゴは解放軍に殺される!

冗談じゃない。

あの妹バカのせいでジュウゴは監獄に入れられたのだ。

これ以上、ジュウゴの邪魔をされては堪らない。

いっそ妹が死んだことを確認できれば・・・だが、ジュウゴが妹を売ったのは仲買人だった。

妹がどこの遊郭に連れていかれたのかジュウゴは知らない。

それに下手に調べれば豊に不審に思われる。


「くそ!」


ジュウゴの悪態は止まらない。

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