僕の処女が勃起したら御嬢様が死ぬ ~御嬢様は2度死ぬ~

 4月の入学式の際には沢山の保護者の皆様で溢れかえっていたが、3月の大行事である卒業式もそれに負けず劣らずの人だかりで溢れかえっている。


 卒業式。


 今日を最後で卒業する百合園女学園高等部3年生たちが本日の主役であり、彼女たちは前の席。


 理事長代理としての仕事をまだまだしないといけない僕は高等部2年生でありながらも、生涯で永遠に座る事が無かったであろう教員専用の席に座り、遠方からお見えになられた方々に出席に対するお礼と少しばかりの世間話をした後、いずれ来るであろう卒業生たちに送る言葉を頭の中で整理していた。


「……」


 それにしても、僕の彼女である下冷泉霧香は美人であった。


 100人近くの3年生たちの中でも容易に見つけられるぐらいの雰囲気と無視する事すら許さない美貌を併せ持つ彼女は、偏見ではあるけれども、隠れんぼが苦手のように思えてならない。


 僕が彼氏だという贔屓目抜きで彼女はとてつもない美人であるのだけども、そんな彼女も無事に大学受験を成功し、今日で百合園女学園を卒業する。


 とはいえ、彼女の進学先は東京であるので、その気になればいつだってお互いに再開は可能だし、彼女の気が向いたらOGとして女子寮に遊びに来ることだってあり得るだろう……だが、それはそれとして、今日は祝うべき門出の日。


 理事長代理として、彼女の後輩として、彼女の彼氏として、今日は送り出す側として、眩しい彼女の晴れ舞台を目を細めながら見届けよう。


 やがて、卒業式の開始時刻になると司会である和奏姉さん……もとい和奏先生の司会進行のもとに式は開始を迎える。


「――これより第112回百合園女学園卒業式を始めます」


 余談ではあるのだが、3年生の副担任を勤めていた和奏先生は来年も3年生の担当をするとの事であり、来年の僕がお世話になる担任の先生だったりする。


 理事長代理になるとこういうのもフライングで分かってしまうのでドキドキ感は少しばかり薄れてしまうけれども、その代償と言わんばかりにワクワク感みたいなもので溢れかえる。


 昨年に亡くなった祖父がいたずら好きな人だったというのも頷ける話というか……こういうのはそういう立ち場になったからこそ納得できるものであった。


 もちろん、今でも祖父に対してのイライラみたいなものはあるけれども、下冷泉霧香という素晴らしい彼女と再会できたという功績を考えたら許してあげてもいいかなと思うのが最近。


 しかしながら、あの祖父の事だからどこかで下冷泉霧香が僕に恋していたっていう情報を嗅ぎつけて、あの学園説明パンフレットを下冷泉家に送り付けたのではないのか? と今更ながらに思い至る僕ではあるけれども、それはやはり色々と無茶があるし、こじつけが杜撰で本当に酷い。


 とはいえ、死人に口なしとも言うのだから、真実は亡くなった祖父にしか分からない。


 そういう裏事情もあったかもしれないと思うだけでも、夢がある話だとは思うが、さて。


「――以上で話を終わります。百合園女学園理事長代理、百合園唯」


 そんな事を考えながらでの、視界で何度も下冷泉霧香を見ながらでの、ありきたりな祝いの言葉を卒業生たちに送った後、いよいよ卒業式のメインイベントである卒業証書授与。


 当然ながら、理事長代理である僕が卒業証書を渡す大役に任命されている訳なので、一番に大変な作業……いや、大事な行いである。


 今年は僕なんていう理事長職に関して右も左も分からない人間が学園に来たというのに、優しく迎え入れてくれた先達の方々に感謝の思いを込めながら、彼女たちにより良い未来がありますようにと心からの祝福を込めて、卒業証書と共に明け渡す。


 ……本音を言えば、僕だって霧香先輩と一緒に卒業する側でこのイベントに臨みたかったけれども。


「――下冷泉霧香さん。卒業おめでとう」


 何度目になるか分からない彼女の名前を呼んで、壇上に上がった彼女に卒業証書を渡す。


 何度目になるか分からないぐらいに僕が一目惚れしている彼女の動作は本当に綺麗で、この役をやれて本当に良かったなぁ、と思いつつ、涙を若干堪えている彼女を微笑ましく思いつつ、卒業生たちの中で一番に幸せでありますようにと願いに願いまくった。


 依怙贔屓だとか差別だとかと指摘されてしまいそうではあるけれども、彼女に関しては特別扱いしないといけないとしか思えないので、心の中で誰かがそう思ったとしてもどうか許して欲しい。


「――以上で送辞の言葉とさせて頂きます。在校生代表、百合園茉奈」

 

 卒業生への卒業証書授与が終わった後は在校生による送辞の言葉。

 

 基本的にこういうのは成績優秀者がするのがお約束なので、学年内でも度々優秀な成績を納めている茉奈に白羽の矢が立った。


 余談ではあるし、本人は絶対に認めたがらないけれども、茉奈は霧香先輩の事が思いのほか嫌いではないのだ。


 というのも、この1年は霧香先輩がいて当たり前の生活だったものだから、喧嘩友達のような彼女がいなくなることに少々思うところでもあるのか今朝は少しばかり落ち込んでいたりしていた。


 もっとも、そんな言葉を口にしても認めないのが茉奈であるし、彼女は女装をしてこの学園に潜入した僕の手助けをしてくれた共犯者であり、中々の噓つきなのだから、そんな些細な変化は常日頃から彼女の様子を見ている人間でないと分からないだろう。


 これに関しては彼女の義理の兄だからこそ分かる特権というものであった。


 そんな彼女の丁寧で敬意が込められ、少しばかりの涙声が入り混じった送辞の言葉が終わるのと同時に、卒業生たちの席に緊張が生まれた。


「――続きまして卒業生答辞。卒業生総代、下冷泉霧香さん」


 司会の和奏先生の声の後に、霧香先輩が返事をするが。それにしても、よく和奏姉さんは涙を堪えられるものだと今更ながらに思う。


 職務である以上は涙を流すまいとは思っているのだろうけれども、僕の知っている和奏姉さんは涙もろい性格なのだし、1年もの間、苦楽を共にした生徒たちの門出を祝う立ち場にあるのだから泣かないと決めているのだろう。


 もっとも、学生たちが座っている席という遠くの位置からでは見えないだろうけれども、理事長代理に用意された席という立ち位置から見える和奏姉さんの目は少しばかり濡れており、僕は内心で大泣きしないかどうかで冷や冷やしていたが、どうにもそれは杞憂だったのかもしれない。  


 和奏姉さんは僕が思う以上に嘘をつくのが得意な人だった。


 今にして思えば、僕たちは嘘をついて今の今まで生きてきた。


 この世界では嘘はいけない事であるらしいとは幼い頃から何度も聞かされていたけれども、それでも僕たちは常日頃から本当か嘘かの2択を選ぶことに迫られる。


「――暖かい陽の光が降り注ぎ、桜の蕾も膨らみ始め、春の訪れを感じる今日。ついに私たちは卒業の日を迎えました」


 だからこそ、壇上の上で卒業生代表として原稿用紙に書かれた言の葉を述べる彼女の姿が綺麗だと僕は思う。


 例え今日が曇り空でも彼女は暖かい春の日差しの事を語るだろうし、近場の桜の蕾が膨らんでいなかったとしても膨らんでいると言うだろうし、異常気象か何かが発生して春ではなく夏が訪れたとしても彼女は春が訪れたと口にするだろう。


 それが下冷泉霧香という人物であるし、そもそもの話、人間なんてきっと誰だってそうある筈だ。


 人間という生き物は嘘で構成されている。

 この世界は嘘で満ちている。

 いけない事だとは思いつつも、人間は嘘に縋って生きている。


「心に残る行事が沢山ありました。様々な出会いがありました。得難い経験をさせて頂きました」


 彼女は確かに今までとんでもない嘘をついて、そんな彼女よりもとんでもない嘘をついている僕の手助けをしてくれた。


 嘘は、いけないことだ。

 だけど、この嘘があったからこそ、僕は彼女に出会えたし、彼女を世界で1番に好きになれた。


 それは本当でも嘘でもないたった1つの事実なのであった。


 だから、きっと、僕たち人間は嘘とどういう風に付き合っていくかが肝要なのだろう。


「――フ。この学校で過ごした1年間、嘘みたいに楽しかった」


 今は理事長代理として、在校生として、貴女の後輩として、おめでとう。


 来年は貴女のように、今日と同じように卒業式を迎えた時に貴女と全く同じ言葉が言えるように励めるように、貴女が大好きな素敵な人であり続けるように毎日を過ごしていこう。


 苦しくも、色々とあったこの日々は裏返せば楽しさの連続だった。


 いつまでも、いつまでもこの日々が続いていって欲しいと思うけれども、それでもこんな嘘のような出来事はいつの日か手放していつしか終わりを迎える。


 だけど、例え手放したとしても、それが本当に心の底から大事なものであるのならば、人は嘘という武器を遠慮なく使って、大人げなく全力で、再び手を伸ばしては掴み取る事が出来る強い生き物だ。


 今、目の前で不敵な笑みを浮かべている彼女のように。




━╋━━━━━━━━━━━━━━━━━╋━




「卒業おめでとうございます、霧香先輩」


 卒業式が終わり、3年教室での最後のホームルームを終えて、誰よりも先に僕に顔を見せようと理事長室にやってきた彼女に改めて祝福の言葉を贈る。


「フ。どうもありがとう。どうせなら唯お姉様で童貞卒業したかったわね」


「先輩は女の子では? 後、いつまでそのキャラをしてるんですか」


「フ。学校ではそういうキャラで通すって決めてる。そういう訳で諦めて? ほら、処女膜出しなさい処女膜。卒業したこの日の1番のご褒美として唯お姉様の処女膜を破く事を所望する」


「ありませんよ、そんなもの」


「フ……? 唯お姉様は非処女だった……? 破かれたの……? 私以外のメス豚に……?」


 当然ながら、霧香先輩僕の恋人であるので僕が女装をした男性だっていう事は知っている。


 だとしても、まさかこの日にまでセクハラをするだなんて夢に思わなかった彼女に対して僕は辟易……というよりも、感心の感情が先に来てしまっていた。


 確かに物事は終わりに近づくにつれ、油断というものが発生しがちである。


 卒業式が終わった後という誰もが油断するであろうタイミングは確かにそういう事件が起こりそうではあるので、彼女がこの期に及んでまだまだ気を引き締めている為にもこのような言動を繰り返すというのは中々に真似が出来ない行為であった。


 ここまで来ると僕は色んな意味でこの先輩を尊敬するしかなかった。


「今日ぐらい嘘をつかなくてもいいでしょう? ここは誰もこない理事長室なんですから」


「フ。……じゃあ素出すわ素。いやぁ卒業してもうたわぁ。嫌やわぁ、本音を言えばまだ卒業したくないわぁ」


 素を出してくれた彼女を目にした僕は理事長専用の席から立ち、彼女のすぐ傍まで歩み寄ってはお互いに抱き合っては抱擁する。


「あーあ。暫く僕は都内暮らしでぇ? ゆーくんは女子寮なんやろ? こんなん遠距離恋愛やん。卒業しとうないわほんと」


「まぁまぁ。同じ都内にいるんですからいつでも会えますよ。それに霧香先輩はこの学園の卒業生かつ女子寮利用者なんですからいつでも来てください」


「ほんと? それなら……ん。我慢したる」


 にへらと笑いながら、僕の胸の辺りに頭を擦りつけてくる彼女は本当に愛おしくて、暫くの間、彼女とこうしてお互いの立ち場を忘れてお互いに愛を囁き合っていたのだが、そんな折に彼女のポケットの中に入っていたのであろう携帯端末から何かしらの通信音が鳴り響く。


 彼女は僕に断りを入れてからそれに目を通すや否や――。


「フ」


 ――とてつもないほどに、嗜虐的で、不敵で、下冷泉霧香らしい笑みを浮かべていた。


「フ。ねぇ唯お姉様? 良いニュースと悪いニュースが1つずつあるのだけど、どちらから先に聞きたい?」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべている彼女は再び演技をしてはそんな事を口にする。


 こういうのって基本的にどちらから先に聞く方がいいのだろうか?


 要領を得ない僕は何も考えないまま、良いニュースが何なのかについて下冷泉霧香に聞いてみる事にしてみた。


「おめでとう。唯お姉様はパパになったわ」


「……えっと、それはどういう?」


「フ。言葉通りの意味」


「――え?」


「フ。それじゃ次は悪いニュースね。実を言うとね? 先ほどの連絡は私の義理の両親。私の晴れ舞台を見て感涙した後に、私が理事長代理に孕まされたって事をメッセージで報告したら、唯お姉様を殺……是非とも会いたいと煩くて」


「え? ……え? ――え?」


「ふふっ、いけるいける! ゆーくんは絶対に殺させへんさかい! だって、僕はこの1年もの間、ゆーくんを社会にも世界にも誰にも殺させんかった最強無敵のかわいい女の子やもん!」


 未だに脳が理解を拒んでいる僕の手を優しく包む彼女は、まるで自分のモノだと言わんばかりに心底嬉しそうに微笑んでおり、掴んだ彼女の手から大きな心臓の音が肌越しに伝わってくる。


 紅頬した肌から伝わってくる彼女の心臓の音から察するに、これは冗談でも嘘でもないのだなと分からされ、そんな彼女の手は僕を決して離しもしないし逃がさないと言わんばかりに固く柔く強く握り締めた。


「結婚しよか、僕を妊娠させたゆーくん?」


 去年の4月に再会した時に冒頭一番で放った言葉を物の見事に嘘にしてみせた彼女の笑顔はそれはそれは、嘘な訳が無いぐらいに綺麗だったのだ。

 




―完―

後書き

https://kakuyomu.jp/users/doromi/news/16818093077785168457

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