第5話 フィッツジェラルド


 アインス商会ロッテルダム支店の支店長室には、歴代会長の肖像画と支店長の肖像画が掛けられている。


 その中に、二人の女性が並んでいる絵画が二枚ある。

 1枚目は、一人は赤いドレス、もう一人は青いドレスを着たご婦人の絵画だ。


 2枚目は、また、赤いドレスを着ているご婦人が描かれているが、先のご婦人とは別人なのだが、どことなく似ている。


 そして、どちらの赤いドレスのご婦人も名前は、“ヴィルヘルミーナ”と書かれていた。


 支店長が、その絵画を見て、なんと言ったのだろうか?

 独り言を呟いたようだった。



 その頃、出港の準備をヴィレム達、二等航海士が行っていた。

 どこへ行くのか?

 支店長を乗せて、対岸のドーバーへ行くことになっていた。


「船長、ドーバーのフィッツジェラルド工場へ行くのですよね?」と、ヴィレムは訪ねた。

 何故なら、工場でメンテナンスをする船は、今のところ存在しないからだ。

 なのに何故、工場へ行くのか?

「まあ、付いてくれば分かるさ」

 それが、船長の答えであった。



 さて、その工場では、支店長と工場長のフィッツジェラルド氏が価格交渉をしているようだ。


 実は、シュバルツ商会からの500トンの新茶を運べる船が、今のロッテルダム支店には無いからだ。


「ブリッグ船では、500トンを運ぶには、やや足らない。それに向かい風に弱いブリッグ船では快速帆船クリッパーに追い越されてしまう。折角の新茶なのに、一番高く売れる時期を外してしまう……」

「となると、こちらも快速帆船を用意するしかありませんな。支店長」


 フィリップス支店長は、息を飲み込んだ。


「快速帆船を作るのには、いくら掛ると……」

「普通に考えて、30,000から35,000ポンドかと……何といっても“帆船の女王”と呼ばれるだけありますからね。クリッパー船は……」

 そう言うと、フィッツジェラルド工場長は、深く目を閉じた。


 だが、500トンの新茶を運べば、関税を込みでも、1ポンド当たり2 シリング11.75ペンスぐらいで取引されている。

 1トンは2,240ポンドだ!

 となると、500トンは1,120,000ポンドということだ。

 それに、2 シリング11.75ペンスを掛け、1ポンド(通貨)は20シリングなので、11,858,000ポンドだ。


 つまり!


 この仕事を成功させれば……

 35,000ポンドなど、安い買い物と言えよう。


「よし」と、支店長は頷くと決断をしたようだ。

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