目撃者

『――次のニュースです。先日××で発生した土砂崩れにより発見された男性の遺体の身元が確認されました。死亡したのは××県在住の○○さんと見られ、警察は確認を進めています。またこの土砂崩れにより男性と共に発見された遺体は、調査の結果数年前より行方不明届けの出されていた男性の妻とみられ――』

「これ、この前俺たちの出動したヤツですよね」

 昔ながらの定食屋。十分な厚みを持った木製の台に、なんとなく不安定に載せられた薄いテレビがお昼のニュースを映し出している。

「……だなぁ」

 そこの一角では数人の男が机を囲み、昼飯をかっ込んでいた。しかし、ニュースを見た男達の顔は皆一様に曇っている。

「あの骨、奥さんの骨だったんすね」

 その中の若者が言えば、周囲の年配の男達は益々表情を曇らせながら顔を顰めた。

「……あれ、何だったんすかね」

「ああいうのはな、深入りするべきじゃねぇ。珍しいこともあったもんだと軽く流してすぐ忘れる。それが一番なんだよ」

「でも……」

「でももヘチマも無いんだよ」

 ペシ、と頭をはたかれた若者が大げさに頭を抑え恨みがましげに男を見上げる。

「……にしてもこの警報出るような大雨の中、なんであんなトコ彷徨いてたんだか」

 それまで黙って話を聞いていた男がぼそりと呟けば、

「そりゃこの大雨でてめえの埋めた女房が『無事』か気になってしょうがなかったんだろうよ」

 と別の男が返す。

「おい、流石に口が過ぎるぞお前!」

「だってよ、そうでもなきゃあんな……」

「あの男、女房が行方不明になってからずっとあちこちで人探しのビラまき続けてたらしいぞ。ようやく手がかり見つけて、天気も何もうっちゃって大急ぎで駆けつけたんじゃねぇか?」

「そんないい旦那だったってんならそれはそれで後味悪いだろうよ」

 卓がシンと静まり、重い空気が降りる。雨の降り続く音がやけに響いて聞こえる。

「ま、あれだ。過ぎた事件のことをここでやいのやいのやってもしょうがねぇ。問題はこの後のことだ」

 若者の頭を叩いた男が場の空気を仕切り直すように大きな声を上げる。

「ここ暫く降り続いている雨のせいでまた土砂崩れやなんかが起こるかもしれん。もしそうなったら迅速に対応し、一人でも多く巻き込まれた人を助けるのが俺らの仕事だ。そのためにもややこしい事は考えず今はとにかく昼飯を食って英気を養うのが肝要だ。なあ、そうだろう」

「……そうだな。それもそうだ」

「げ、昼休みそろそろ終わるじゃねえか。早く食わねえと」

「間に合わないなら俺が食ってやろうか」

 男の一言に場の空気が和らぎ、喧噪が場を満たす。そんな中、若者は自分のコップを持って席を立った。

 セルフサービスのお冷やを注ぎながら若者は土砂崩れの現場を思い出す。あんなの、忘れられるわけがない。あんな現場――。

 連絡を受け急行した現場では、一台の車が土砂崩れに巻き込まれ大破していた。土砂の中から車を掘り出し、割れた窓から流れ込んだ土砂に呑み込まれた男性を引き摺り出そうとした。

 背中側から脇の下に腕を差し込み、引っ張る。と、男が両手に抱えていた茶色の丸い固まりが転げて落ちた。しゃがんで拾おうと手を伸ばし、それの正体に気がついた瞬間、思わず動きを止めた。

 転げたそれは、まぎれもない人の頭蓋骨だったのだ。首の骨に金のネックレスを絡め、痛みきった黒髪はしとどに濡れて泥にまみれながら頭部にぺたりと張り付いている。息を呑んで男に視線を向け、そこで若者は更に信じられない光景を目にすることとなった。

 一対の手の骨が、男の首を掴み絞めていた。固く男の首を絞める土に塗れた指の骨の下で、男の肌が青黒く変色しているのが見えていた。

「忘れられるわけないって……」

 呟き、小さな窓の外に広がる空を見上げる。重苦しい曇天からはしとしと、しとしと、雨が降り続いている。

 若者の脳裏をよぎるのは、泥を拭った男の遺体の顔、その表情。

 泥にまみれた遺体の顔は、安らかに微笑んでいた。髑髏を抱きしめ、骨に首を絞められながら、穏やかな微笑みと共に男は死んでいたのだ。

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