反魂香

 なあ、誰か香根屋への行き方を知らないかい。俺ァここにくるのが随分と久しぶりでさ。ここは一本道だがややこしいだろう。急いじゃいないが迷いたくもねェんだ。

 ――あっち? いやそれは知ってるんだがね。もっと詳しい……、あン? なんだい? え、兄さん知ってるって。しかも店まで案内してくれる? ああ、ありがてぇありがてぇ。恩に着るよ。地獄に仏たァこのことだ。なに、ここは地獄でもないし自分は仏でもないって? ははは、知ってるよ。そういう言い回しだ言い回し。

 ――ああ、いやね、俺の相方が一緒に作った財産の隠し場所を俺に伝えねェままぽっくり逝っちまったもんで、こりゃいっちょ黄泉から引き摺り出して在処を聞かねぇことには俺もおまんまの食い上げだってんで……。

 ――いやァ、本当に香根屋の香は大したモンだよ。なんせ本家本元みてェに方角や日の善し悪しも大仰な儀式も全部すッ飛ばしてすぐに呼び出してぇヤツを呼び出せるンだから。

 ――そうそう、呼び出して話聞いてついでに不手際出してンじゃねェよって一発喰らわせて……うン? それで終わりだよ。聞いたらまた追い返してハイサヨナラ。これで俺もいよいよ一匹狼もとい一匹ね――。

 ――なんか兄さん勘違いしてねぇか? 香根屋の香で反魂は出来るが呼び出した魂を永久に留めておくことなんざ出来ねェよ。かのイザナギ様ですらひっくり返せなかった、絶対に揺るがねぇこの世の理なんだから。

 ――ああ、アレな。香根屋の反魂香な。あれは凄い。何が凄いってェ呼び出した魂を媒介に記憶を具現化しちまうンだから。そうそう。呼び出せるのは本当の魂。その後香を焚いた術者の手元に残るのは記憶を具現化させた影。ま、愛しい愛しい存在の、自分が一番愛しいと思って残していた記憶が形になって側に居るんだ。本物だろうと偽物だろうと大して変わりゃしないだろうさ。

 ――え、どうやってって? 俺が知る訳ァねェだろうよ。知ってりゃ今頃あの店で香練って働いてるよ。ありゃ一子相伝門外不出の秘伝技だって聞くぜ。まああの反魂香には呼び出す対象の死体の一部が必要だって言うから、普通の香よりずっと濃く強く実体をあっちから呼び出すことで、それに触発された記憶と煙となんちゃらが混ざり合って影の姿で実体化――とか、そんなんだろ。知らんけど。

 ――なんだい兄さん、やけに声が沈んでるじゃないか。え、前に人に嘘を教えた? 飼い猫が死んだらしい人間に? あ~、死んだ猫が生き返るってそう言っちまったのか。まあ、確かにそりゃあ落ち込むのも道理だわな。しかしまま、そう気にすることもあンめぇよ。

 ――何でかって、そりゃあ、誰も傷ついていないだろう。その人間は死んだ猫のことを大層可愛がってたンだろうきっと? そんな様子だった? だろうだろう。猫を溺愛する人間の愛の深さは海より深いたァよく言ったもんだよ。だからこそよ、考えてみねェ兄さん。そんな愛しい存在をだぜ? 己の都合で理ィ捻じ曲げてまで手元に留めておくってなァ随分と残酷な話じゃねぇか。

 ――その人間はそんな非道をせずとも大好きな大好きな愛猫を毎日感じながら生活できるンだ。人間も幸せ。死んだ猫も理に沿った先を辿る。映し出されるのは紛れもない己の記憶なンだから本物との差異なんか出ようもない。その上万が一気がついたとてまた香根屋に赴き話を聞けば、俺が話した様な話をもっと理路整然と語って貰えるだろうぜ。

 ――だからま、ほれそんな落ち込むなって。兄さんが親切なんは俺にもよーく伝わってっからよ。っと、話してる間に看板が見えてきたな。道案内助かったぜ、兄さん。ありがとよ。この後、なんか用事でもあるかい? 無い? ああ、それは丁度よかった。この後どっかで酒でも飯でも奢らせてくれよ。なぁに、俺も兄さんと話すのがやけに楽しかったからお礼にかこつけて、って具合さ。そうだ兄さん、名前教えてくれよ。名前。

 ――俺? 俺はトメ吉。ネコマタのトメ吉さ。ちょいと待っててくンな。すぐに香を買って戻ってくるからよ。そしたら俺の一押しの店に案内しよう。

 ――ああ、あの店は美味い。なんてったって猫の鼻は繊細で贅沢なんだ。まあ行って食やァ分かる。あの店で使ってる素材はどれも一級品だ。兄さんの舌を唸らせること間違い無しだぜ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る