第14話

 そして、同時刻。街を襲う牛鬼を今目の前にした『ドルイド』のレイラは死を覚悟した。


 味方は全員逃げてしまった。普段から騎士団員たる者は、とうるさい上司は腕を刺されただけで街を見捨てた。


 だけど、まだ住民の避難は終わっていない。最後にレイラを取り残していったパートナーは「誰もがあんたみたいに命知らずじゃないの!」と泣き叫んで盾の役割を放棄していった。


 そうして改めて周囲を見回すと、もはやモノノケ……牛鬼とまともに戦おうとしている人間はレイラ一人になっていた。


「分かるけど……この、絶望感」


 派遣された騎士は百ほどだった。百の剣と百の魔法と百方向からの攻め。それなのに傷一つ付いていない牛鬼を目の前にして、もはやレイラは指先さえ動かせなかった。


 そこまで戦いきった理由はもちろんある。レイラは元々孤児で騎士団で育てられたのだ。大恩ある騎士団の名を汚すような行為は出来なかった。負け戦の場に騎士団の死体が一つもないのでは恥になる。


 せめて、次の増援が来るまでは、もしくは死ぬまでは戦いきろうとしたのだ。


 レイラは幸いにも近年まれに見る魔力量の持ち主だった。だが、その魔力の放出口が小さすぎて、初級魔法しか扱えなかった。もちろん、それを馬鹿にしてくる人間は居た。それはもうそこら中に居た。


 例えば、仮死状態にして魔力タンクにした方が役に立つんじゃないか、とか。


 自分の存在価値がそのくらいな事くらいレイラだって分かっている。今こうして死ぬその時まで牛鬼と向かい合ってるのは、意地だ。


 自分の魂に値段を付ける時が来たということ。なら、死んだ後くらい「よくやった」という一言が欲しいじゃないか、とそれだけの意地だ。


 ――わたしは、最期まで諦めない! 天国で誰かが褒めてくれるなら……ッ!


火の樹木ローワン雷神の樹木ナラ!」


 それは『ドルイド』が用いる自然の力を借りた魔法。どれもこれも、職業に就かなくても使えるような初歩中の初歩の術だ。だが、今この状況でレイラの使える最も高威力な魔術だった。


 そして、その放出される数が異常。火を纏った雷撃は牛鬼の全身を包み込み、焼き焦がし、周囲の家が焦げるほどの連撃……やがて煙が晴れると……そこには無傷の牛鬼が。


「そ、だよね……わたしが今更意地張った所で、ヒーローになんかなれない……」


 これまでも冷静を保っていたレイラの意思が崩れようとしていた。それでも断末魔さえ上げまいと唇を噛んで血を流す。


 そして、牛鬼の爪が轟風と共に落ちてくる。それはまるで、道ばたのバグを潰すように。


 その瞬間、レイラは悟った。


 ――ああ、違う。冷静なんかじゃない……わたしはいつの間にか、鈍感になってたんだ。命知らずじゃない、命の価値を分かってなかったんだ。


「誰か、助けて!」


 死を前にして、ようやくレイラの口から、もしくばその魂から叫びが出た。


「了解」


 ギィン! と甲高い音がしてレイラと牛鬼の間に、疾風のようにやってきた黒髪の少年は見たこともない武器を持って、魔物の群れを走り抜けたように傷だらけで、牛鬼化物相手に怯むこと無く二の太刀を叩き込む。


 そんな攻撃……とレイラが思った瞬間、牛鬼の腕が一本宙を舞っていた。


「よくここまで耐えてくれた。偉いぞ……後は俺に任せろ」


 その気難しそうな顔つきで、傷だらけで、だけど優しい笑顔をした少年はレイラが十年以上欲していた言葉をあっさりと告げて……もう気力の限界だったレイラはただ目を閉じた。


 願わくば、これが夢ではありませんように、と願いながら――。

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