第15話

 牛鬼の爪を一本切り飛ばした俺は、少しだけほっとしていた。


 どうにか牛鬼を食い止めていた最後の騎士は守れたようだ。他の騎士はこいつから逃げてくる魔物の対処で精一杯だったみたいだし……。


 ツィーシャにはその助力を頼み、俺だけが迅速に走ってきたのだ。


 水色の髪を伸ばした魔法使いらしき騎士は意識を失ってはいるものの、大した傷は見当たらない。きっと、それだけこの子が優秀だったのだろう。


 間に合ったのは、きっとあの王都に来る前に斬った素早いモノノケ……カマイタチというらしい……あのおかげだ。


 ――だぁから、オレ様の話は聞けって言ったろ? 斬ったモノノケはお前さんの力になるんだから大事な事だぜぃ?


「分かってる。だけど、急に力を得ても使えないだろ。モノノケのどんな特徴が自分のものになってるか分からない。しかも、一歩間違えれば戦えなくなるくらいには疲れる……便利なのか不便なのか分からない力だ」


 だけど、あの魔物の群れを突破できたのは間違いなく『カマイタチの俊足』のおかげだ。ソニックウェーブで服が破れそうになるくらいには素早く移動できる。


 まあ、自分でも理解出来ない速度で走るものだから、その辺の調整が下手なせいで戦闘には使えそうもないけど……。


「こうしてみると、モノノケって奴は厄介だな。俺がたどり着くまでの時間がどうしてもかかる。やっぱり、他の人間じゃ太刀打ちできないのか?」


 ――そうだなぁ。ニンジャでも居れば話は変わるんだけどよぅ。今のところ致命傷を与えられるのはお前さんだけだぜ。オレ様が知らねえだけかもしんねえけど……いいじゃねぇの。世界で唯一無二のハンターだ。


「いいわけあるか……俺が間に合わなかったせいで他人に死なれるのはゴメンだ。気分が悪くて飯もまともに食えなくなる」


 ――なら、死者を出さねえ事に尽力するしかねえやな。来るぜぃ、相棒。


 まるでその言葉が試合開始の合図だったかのように、急に牛鬼は俺に向かって飛びついてきた。こんな巨躯が襲ってきても避ければ……ッ、ダメだ!


 俺は後ろで倒れている騎士を抱いて思い切り後方へ向かって回避した。


 すると、すんでの所で踏み潰されずに済んだ。そうだよな、体がデカい、重いって事は落下の衝撃も死に至るほどのものだろう。


「アイツ、この騎士に向かって来てやがった……嫌な奴だぜ」


 ――そりゃ、ついさっきまで殺し合いしてた相手だからだろ。気をつけろよ、第二波が来るぜぃ。


 重量勝負じゃ話にならない。なら……とまた跳ねた牛鬼に向かってカタナを突き刺しそのまま――。


 と、ピタリと空中で俺の後ろへ跳んだ牛鬼が、その隙を逃すかと言わんばかりに鋭い爪が俺の横腹に突き刺さった。


「こいつ、知性を――!」


 ――化物たるもの、喋っちゃならねえし考えなしじゃいけねえよなぁ? そのお荷物を捨てちまえば一撃だろうに、何故そうしねぇ?


 ちっ。知ってたなら先に言えって話だ。そして、当たり前の話もするな。だが、どうするこの危機……!


「スラッグ。外の魔物はあらかた片付きました! 私もフォローを――」

「流石だ、ツィーシャ! 受け取れ!」


 俺は腕に抱えていた騎士をツィーシャに向かって投げ飛ばす。一度地面にバウンドしてしまったが、あの鎧があれば大丈夫だろう。


「治療してやってくれ、今回の英雄だ!」

「わっ、わっ……承りました……でも、貴方は!?」

「片手じゃ力が出なかっただけだ……ちょうど今、モノノケの方から俺に近づいてきてくれてる……!」


 そう言って、俺は両手でカタナを握ると腹がさらに抉られる事も構わず爪を振り払い、あのオリハルコン塊を破壊した時のように牛鬼に向かって振り下ろした。


 大層な音なんてしない。カタナが光ったりはしない。ただ、それが過ぎ去った後には完全に破壊され尽くしたモノノケの死体のみが遺る。


 それは良かったけど……頭がクラクラして足もまともに動かない。これは……毒か?


「スラッグ、スラッグ!? し、死なせませんからね……!」


 そんな声がいやに遠く聞こえる。だけど、何故か安心できる思いだった。





 ――相棒、『サムライ』になるってのはな……カタナを持つだけの話じゃねえんだぜぃ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る