第4話

 そして、もう山一つ先に帝国の城が見えてきた頃……急に馬車は止まった。何事かと思ったが、その山の麓で兵士らしき甲冑姿の男が見張りをするように建ち並んでいた。どうやら進入禁止区域に当たったらしい。


 だけど、こんな場所にそんな地域があったかな……? ここに来たのは初めてだけど、よっぽどの脅威が現れないと封鎖なんてされないぞ。


「何ですかい? 封鎖しちまって……凶暴な魔物でも出たんですか?」


 そんな俺の内心を、御者のおじさんが代弁してくれた。


「はい。この山に危険な魔物が出たようで……現在調査中なのです。申し訳ありませんが、帝都へ行きたいなら山を迂回してくれませんか?」

「そんな! もうこちとら魔物の襲撃を何度も受けて、ただでさえ遅れてるんです。もうこれ以上皆さんをお待たせするわけにはいきません!」

「そう言われても……お客さんを死なせるわけにはいかないでしょう?」


 何やら言い争っている様子に、俺とツィーシャは馬車から出て話に割って入った。


「危険な魔物、というと何が出たんだ?」

「それが……分からないんです。あり得ない魔力……に似た何かを纏っている怪物らしいんですがね。先遣隊が全滅しちまって、この山を包囲して食い止めるのが精一杯でして……いや、情けない」


 その情報を聞いて、俺はまた嫌な予感がした。それはツィーシャも同じなようで、俺に視線を向けていた。


「その魔物、俺達が討伐するよ。それでここは通してもらえるだろう?」

「なっ……この騎士団が束になっても仕留められない魔物なんですよ!? それが君達みたいな若い子に……! 悪いけど、君には魔力が微塵も感じられない。自殺行為を勧めるわけにはいかない」


 だろうな……というわけで、ここはSランクの『スノーフェアリー』の出番だ。


「この私がいても、不可能でしょうか? ここに至るまでに、数百の魔物を屠ってきました。それは馬車内の皆さんがご存じのはず。魔力だけでいうなら、戦力になれないことはないと思うのですが」

「……た、確かに凄まじい魔力を秘めている……それに、戦える奴は一人でも多く欲しいのが現状です。ならば……」


 思い悩む兵士に、背後から歩み寄ってきた少女が声をかける。


「いいじゃない。どうせ冒険者になるつもりなら、今から戦果を残しておくに越した事はないわ。本人達が望むなら、戦場に立たせてあげるべきよ」


 その少女は身長こそ低いけど俺達と同じくらいの年頃で……身の丈も越えるような大剣を背負っていた。燃えるような赤髪をして、生意気そうな気配を感じる顔つきをしている。


「た、隊長! お戻りになられたということは……」

「ううん、仕留め損なったわ。えらく素早くてね……気配を追ってきたらここまで戻って来ちゃったんだけど、山からは何も出てきてないのね?」


 へえ、隊長。すごいな、こんな歳でそこまで上り詰めてるのか……。


「はっ! こちらには何も――」


 瞬間、俺には隊長の首が飛ぶ幻覚が見えた。その感覚だけを頼りに、隊長を突き飛ばす。軽い体は数メートルは吹き飛び、代わりにそこには四本足で大きな尾を持った怪物が舞い降りた。


「こ、こいつです! こいつが何人も人を食って……!」


 人食いか。なら、怪士だろう。それに……俺の血が騒いでいる。こいつを斬れと全身が叫んでいる。


「なるほどな、あの魔物達はこいつから逃げてきてたわけか……」

「今もそうみたいですね。山から大量の魔力を感じます」

「雑魚は任せていいか? 俺はあの怪士に集中したい」

「……気をつけてくださいね、スラッグ」


 今この場で全てを理解しているのは俺達だけ……なら、俺達が戦うしかないだろう。


「さあ、どこからでも――」


 しかし、カタナを構える間もなく神速の尾が俺の体を真横に弾いた。ついで……と言わんばかりに放たれた衝撃波が大木をなぎ倒していく。


 こいつ、速え! 俺だって『サムライ』としての目は手に入れたはずなのに、それこそ目で追うのが精一杯だ。体が全く付いていかない!


 ――侍に退くという選択肢は無い。一度刀を向けたなら、果てるまで戦うしかない。


 今まさに退こうとしていた瞬間、またあの男の声がする。


 ――古来より侍は怪士を斬って強くなってきた。それは、斬った怪士の魂を取り込み己の力としていたからだ。聞こえんか? あの角が呼ぶ声が……。


 今はもう、この声を信じるしかない……俺は馬車内に置いてあった鬼の角を取り出し、二度目に振るわれた尾をカタナで受け止めながら……。


「要は、こういうことだろ――!?」


 俺は思いきり角を腹に突き刺した。すると、鬼の角は溶けるように俺の体に吸収されて……全身に力がたぎるのを感じる。


 三度目に振るわれた尾の叩きつけ……それは、圧倒的な破壊の力……鬼と同じ筋力を持った俺の左手によって止められた。


 尾を握り、さらに攻撃の直後となれば……いかに普段が素早かろうが、掴んでしまえば関係無い。


「相手が悪かったな……」


 そして、右手で構えていたカタナで怪士の頭を真っ二つに切り裂いた。怪士は耳をつんざくような悲鳴を上げて倒れる。


 勝負が付くのはいつも一瞬だ。だけど……どうにも疲れた。帝都に着いたら、まずはゆっくり眠りたいものだ。

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