第5話

「本当に助かったわ……あなたが居なければ、あたし達は全滅してた。特にあたしは……あ、まずは自己紹介よね。ようこそ帝国へ、あたしは騎士隊長のイオリ。よろしくね」

「俺はスラッグ。こっちはツィーシャだ。あそこで氷漬けになってる魔物はツィーシャが対処してくれたんだから、そっちにもお礼を言ってくれな」


 俺がそう言うと、イオリは赤い髪を振り乱して慌てて、ぺこりとツィーシャにも頭を下げた。ツィーシャは特に対応をしなかったが、どこか微笑ましいものを見ているような表情をしていた。


「何かお礼をさせてくれないかしら。騎士団でも刃が通らず捉えられず殺せなかった魔物を討伐できたとなれば、国から何かをもらってもいいくらいよ?」

「そうだな……俺が討伐したわけだし、その素材が欲しい……っていうのは無理なんだろ?」

「……ごめんなさい。この怪物についてはもっと研究する必要があるわ。貴重なサンプルを手放すわけにはいかないの」

「だよな。じゃあ……騎士団に口利きしてくれないか?」


 そんな俺の提案に、イオリはパチクリと。


「……機密情報は流せないわよ?」

「そんなもんはいいさ。俺は見ての通りの田舎者でね。帝都での情報源が欲しいんだ。騎士の噂話を教えてくれるだけで十分だよ。勤務後に酒を飲みながら話せるような相手なら大歓迎だ」

「それなら……心配いらないんじゃないかしら。あたしの部下達は……少なくとも、ここに詰めてた奴は誰だってあなたに協力するわ。お酒ならあたしも好きだし、仕事終わりの一杯くらいは付き合うわよ?」

「なら、それでいいや。よろしくな、イオリ」


 話は付いたと馬車に向かって踵を返すと……そこには、やけにキラキラとした目で俺を見つめている兵士達と目が合った。


 ――聞いたかよ、あんな化物を瞬殺して望むものが話相手だけって……。

 ――きっと、優秀過ぎて程度が釣り合う奴がいなかったんだろ。俺達だって並び立てるなんて言わないけど、お喋りと酒くらいはな。

 ――つーかあんなすげえ奴と知り合いになれるだけで十分過ぎるだろ! 何だよあいつ、聖者か何かか!?


 ……何だか、また妙な方向へ話が転がってる気がするな。だけどまあ、ようやく念願の帝都入りができるんだ。華々しいスタートを切れたと思えば問題無い。


「皆、無事だったか?」


 俺が馬車の中にいた人達に声をかけると、彼らは一様に目を見開き口もぽかんと空いていた。


「……どうした。何かあったか?」

「どうしたものこうしたも……お前さん、すげえな! 正直、嬢ちゃんのお付きか何かだとばかり思ってたぜ! あの化物がただ者じゃない事くらいは分かるさ……お前さんはきっとどこまでも成り上がれるさ。ああ、ここで出会えた事が奇跡みたいだ!」


 そこまで持ち上げられてもな……ただ勇者の幼馴染みだっただけで、ただのハズレ職業の俺がこんな扱いを受ける日が来るなんてな。


 そして、ダストは俺の手を固く握り身も乗り出して続ける。


「帝都に着いて落ち着いたら、鍛冶ギルド『ルフタ』まで来てくれ。ダストの客だって言えば話は通るはずだ。絶対、絶対だぜ!」

「待って、そんな事していいならうちの酒場『ハーベスト』にも……お酒を飲む場が必要なんでしょ? うちなら二階席も用意出来るわよ! ミーシャの紹介って言ってもらえば通してくれるわ!」

「お、お前ら遠慮がねえな……な、なあ。できたらアクセサリーが必要な時には俺の所に来てくれよ。あんたが身につけてるってだけでそのうち価値が高騰しそうだ」


 それからも続く勧誘の嵐。全てを覚えきれた自信はないが……確かに馬車内では絆が生まれるものらしい。


 良かった。あの時……職業を授かった日、諦めなくて本当に良かった。


 それもこれも全ては、俺を立ち上がらせてくれたツィーシャのおかげだ。そう思って視線を移すと、いつの間にかパンを手に持っていたツィーシャが褐色の頬を膨らませながらもぐもぐと食べている様子が目に入った。


「……ん? 何ですか? 魔力を使いすぎたので、回復中なんですが……」

「いや、やっぱりツィーシャと一緒で良かったなって思ってさ」

「そう思うなら……このパンのお店で蜂蜜パンを買ってください。すっごく甘いらしいんですよ」


 欲が無いのは、お互い様か。だけど、俺がここで過度なお礼を受け取らなかったのにはもちろん理由がある。


 今度こそ、あの怪士を倒したのは俺だという情報が少なくとも騎士団には伝わるだろう。


 そうなれば、怪士狩りで食っていけないかと考えたからだ。帝都に来てまず食い扶持を稼ぐのに苦労すると聞いていたから、早く仕事が欲しかったのだ。


 怪士が出た事を帝国の情報力で仕入れて怪士を狩って強くなり、さらには報酬もがっぽり受け取ろうという算段なのだ。


「完璧な計画だ……!」


 俺の計算に狂いはない。これで俺も、帝都の一員として安泰な暮らしを……。

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