第3話

「おい、こっちにも魔物が出た! 頼むぜ嬢ちゃん!」


 そんな馬車の御者の声と共に、馬車の上からツィーシャが氷の槍でウッドウルフを射貫く。群れ相手にそれはどれほどの効果があるだろうか、と思うかもしれない。だが……一発が一匹を仕留めるそれが、数十重なれば……。


「仕留めました。素材を狩っていきますか?」

「助かった! いや、悪いが早くこの地域を抜けたい。馬車賃は無しでいいから素材は諦めてくれ!」


 御者のムチと共に、馬がいななき馬車は速度を上げる。馬車の中に戻ってきたツィーシャは疲れの色も見せずにすっと俺の隣に腰掛けた。


「お疲れ様。やっぱりすごいもんだな、『スノーフェアリー』ってのは」

「そんな事はありませんよ。ここに来るまでに対処してきた魔物達は皆、何かから逃げているような様子でしたし……的を撃ち抜くだけなら、誰にでもできます。それでも、氷魔法の異常な威力向上には驚きましたが……」


 ツィーシャは自分の綺麗な手を広げてまじまじと見ると、チラチラとこちらを盗み見るように目線を送る。俺はいつものように軽く髪を撫でてやる。ツィーシャは髪を撫でられるのが好きらしいことは、勇者パーティ時代から俺しか知らない秘密だ。


「今まで頑張ってきたもんな。すごく心強いよ。こんな女の子が俺の仲間で、本当に良かった」

「……そうですか。それは良かったですね」


 言葉こそ素っ気ないものの、褐色の肌に浮かぶ朱を見逃すほど俺の目も腐ってはいない。その様子を馬車内にいる十名ほどに温かい目で見られるのはむず痒かったが……。


「おい兄ちゃん。随分仲がよさそうじゃねえか。お前さんの女か?」


 と、既に数度の会話を交わしている男……ダストから声をかけられる。馬車内で絆が生まれることもあるとは聞いていたけど、冷やかされるとまでは聞いてない。


「いや、そんなわけがないよ。俺なんかにゃもったいない奴さ」

「……ふんっ」


 俺が躱すように言うと、隣のツィーシャが肘で俺の横腹を抉った。


「スラッグを悪く言うのは、スラッグ本人でも許しませんから」

「はははっ、大した惚れ込みようじゃねえの。あーあ、俺にもお前さんみたいな女が欲しいぜ。随分強えとは思ってたけど……戦闘の熟練度で言えば職業に就いたばかりか?」

「そうです。つい一週間ほど前に」


 その言葉には、流石に馬車内の全員が驚いたような顔を見せた。ダストはそれでもニヤリと笑い、なるほどなるほど、と何度も頷く。


「そりゃ、将来有望才能人って奴だな。お前さんらみたいな連中が帝都の力になってくれると思うと頼もしいや。俺らみてえな職人や商人は魔物に襲われたら逃げるしかできねえからな」

「そのために私達がいるんです。いつでもどこでも、とはいきませんけど……少なくともこの旅路はキッチリ守りますよ」


 ふんす、と言い切って鼻息を漏らすツィーシャに馬車で大きな拍手が起こった。


 一方、俺は遠距離砲撃で全ての魔物を討伐されるが故にやることもなく、カタナの手入れに手こずっていた。


 錆びくらいは落とそうと思ったのだが、削ろうが拭こうがどうにもならない。


 そんな俺を見かねたように、ダストが揺れる馬車の中で立ち上がって様子を見に来てくれた。


「珍しい剣だな。これがお前さんの得物か?」

「ああ。そうなんだけど……見ての通り悲惨な様子でさ。手入れの一つもできない奴のもとに来ちまって、可哀相な奴だよ」

「どれ、貸してみな。俺もこう見えて鍛冶はかじってるんだ。カジだけに」


 どうしよう、あり得ないくらいに不安になった。その冷えた空気を気にする様子もなく、ダストは続ける。


「まあ、といっても俺は鍛冶ギルドの中でも下っ端でよ。武器に触れるのは軽いメンテナンス程度がほとんどだ。だけど、代わりにありとあらゆる武器売買には詳しいぜ。鑑定くらいはできらぁ」

「へえ……それなら、見てくれよ。本当に謎の武器なんだ」


 俺はダストにカタナを預けると……ダストは取り落としたように刀身を床に沈めてしまった。


「こら! 馬車を傷つけて良いとはまでは言ってないぞ!」

「わ、悪い悪い。だけどこりゃ、めちゃくちゃ重いぞ……グラディエーターの大剣でさえ運んできたってのに、全く持ち上がる気がしねえ!」


 俺は見かねて、すっと床に刺さっていたカタナを抜き取る。


 んん……そんなに重くは感じないんだけどな。


「ああ、一つだけ分かったぜ……そりゃ、お前さんにしか使えねえ武器だ。たまにあるんだよな、使い手を選ぶ武器ってのがよ。『織り紙師』って職業を知ってるか? ただの紙で大木を切り裂いちまうんだけどよ。その紙を常人が使ってもただの紙なんだ。多分、それと同じ現象だな」


 使い手を選ぶ、か……元がどこからともなく現れた武器だもんな。そのくらいの制約はあっても仕方ないか。俺にとってのデメリットはないわけだし、構わないけど。


「帝都に着いたら俺のギルドに紹介してやるよ。格安で上位職人を紹介するぜ」

「ありがとう……助かるよ。このカタナは俺の生命線だからな。折れても困るんだ」


 そう話が落ち着いた所で……。


「おい、魔物だ! 今度はサリックバードだ。助けてくれ!」


 ……帝都に着くまで、この調子だろうか。この魔物の動きも帝国に報告しないとな……。

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