第2話

「さて、これからどうするかな……」


 鬼の死体を前に、俺とツィーシャは向かい合っていた。だけど、ツィーシャはどこか不機嫌そうに……というか拗ねたように頬を膨らませた。


「どうしたんだよ、ツィーシャ」

「……泣き顔、見られました。みっともないです」

「そんな事気にすんなよ。これで、儀式の時に俺が晒した無様とチャラだ」

「無様、無様って言いました!」


 それより今は気にすることが沢山あるだろうに……。と、とりあえずは。


「逃げなきゃな……」

「え、どうしてです? というか、何から?」

「アーサー達が大群率いてやって来るなり様子を見に来るなりするだろ。その時、お前が生きてたら口封じされる可能性がある。栄誉ある勇者様が仲間を囮に逃げ出したなんて前代未聞の醜態だからな」


 必ずそうするとは言えないけど……あのアーサーの様子を見ているとしかねない。もしもの時は俺が斬ってもいいが、仮にも幼馴染みだ。何より、人間を斬るなんてことしたくない。


「怪士が出たって事は報告してくれるだろ。後は死体を残していけば解剖なり何なり……そういうのは任せようぜ。事後処理くらいはしてもらわないとな」

「でも、そんな事したら……この大手柄を盗られるかもしれませんよ?」

「別にいいんじゃねーの。俺は俺なりに戦えるって分かっただけで収穫だからな。それに、サムライなんて得体の知れない職業の俺が勇者さえ逃げ出す怪士を倒したなんて、誰も信じてはくれないだろう」

「……その、あやかしっていうのは何なんです?」


 ああ、そういえば説明してなかったか……と俺は脳内に響いたあの声の事を話した。


 すると、ツィーシャはじっと考え込んで、一つの答えを見つけ出した。


「先祖返り……かもしれませんね」

「ん、何だそれ?」

「過去の英霊をその身に宿したと言ってもいいかもしれません。貴方は職業ではなく、過去の偉人と同じ力を手にしたのですよ。職業に意思があるなんて聞いたこともありませんし、今回の……その、怪士の事も知っていたなら、旧文明の英霊が取り憑いたのかもしれませんね」


 ふむ、なるほど……それは、何というか……燃えるな。この巨大な怪士を殺してきたサムライが俺の中に眠っているなんて。


「旧文明の資料なんか残ってるかな……」

「多分……帝国にならあると思いますよ。多くの冒険者や職人、学者にハンター……様々な人種が集まる場所です。旧文明についての研究も進んでいるでしょうし、怪士についても知ることができるかもしれません」


 そう言うが、ツィーシャの顔は晴れなかった。彼女が懸念しているだろう事は俺にだって分かる。


「……成り立てとはいえ、Aランクの『狂戦士』の攻撃が通じなかった。そんな怪士が世界各地に現れたとしたら……手を付けられないな」

「そうですね。魔法で足止めはできるでしょうが……もし本当にこの世界にある全ての武器が通じないとなると……そして、圧倒的な数で押し寄せられたら、この大陸は終わってしまいます」


 そうなると、頼れるのはこのカタナだけか……。そう思い、再びカタナを顕現してみて、驚いた。


「……さっきは必死で気付かなかったけど、随分ボロボロだな。ちゃっちく感じたのはそのせいか。あちこち錆び付いてるし、刃も欠け放題だ。よく鬼を斬れたな……」

「どこかで拾ったものでもないのでしょう? なら、貴方の成長と共に綺麗に、より鋭くなっていくはずですよ。勇者の聖剣なんかが良い例です。アーサーはそれを出す戦意さえ失っていた様子ですが……」


 そういうものか……まあ、いきなり最終形態の化物になっても面白みがない。職業がもたらしてくれるのは力の方向性だ。多少の強化はされど、これからその道を極めていくのが普通だ。


「急ぐか……ここから帝国まで、どのくらいかかるかな?」

「馬車を乗り継げば二週間もあれば着くと思いますよ。それと……この巨体は無理ですが、角くらいは持っていきませんか? 帝国に報告する上で一番手っ取り早いと思いますよ。こんな赤黒い角を持ってる魔物なんてどの文献にも載っていませんでしたし……」

「そうだな……」


 と、見てみればツィーシャはあまりに自然と鬼の角をナイフで抜き取っていた。


「き、斬れるのか?」

「あっ、そういえば……死んでしまえば、脆くなるのは魔物と同じことでしょうか……?」

「まあ……何でもいいか。脆くなってるなら戦闘で壊れても困るし、ツィーシャが持っていてくれよ。重いか?」

「持ち運べないほどじゃありません。どうせ私は魔法しか使えませんから……荷物持ちくらいはしますよ」

「はは、Sランクの『スノーフェアリー』が何言ってんだよ」

「実績が全てですから。私に倒せなかった鬼を貴方が倒したんです。それ以外には何もいりませんよ」


 そうして……俺達は帝都へ向かうことを決めたのだった。幸いにもあの街は帝国と流通経路が出来上がっている。整備された道を行くだけなら、そう大きな事故は起きないだろう。

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