第8話 紺色の獣との戦い

青く広がった空に綿雲が浮かんでいた。


柔らかな風が学校の教室のカーテンを

揺らした。


20人ほどの机と椅子が並べられた教室で

国語の授業が行われていた。

1人の生徒が席を立ち、教科書を持って、

音読をしていた。


「あめんぼあかいなあいうえお。」


と大きな声で発表している。


「蒼斗くん、上手に言えましたね。

 席に座りましょう。」


 担任の菊地美喜子きくちみきこ先生が

 クラスメイトの坂本蒼斗を褒めた。


 もう1人の補助の先生である

 木村郁子きむらいくこ先生が教室の

 影になっているロッカーの隅に座り、

 ずっとルービックキューブをくるくると

 回している奏多をじっと見守っていた。


「奏多くん、どう?

 席には座れないかな?」


 奏多は学校で一言も話さない。

 授業にもまともに参加できない。

 一度席に座ったかと思うと、

 授業の先生の一声を聞いて、

 ロッカーの方に

 逃げるようにいなくなる。

 ロッカーには大好きなルービック

 キューブが置いてある。


 郁子先生の声も無視して

 ずっとやり続ける。

 バラバラにしたキューブを揃えてると

 立ち上がり、黙って、トイレに向かう。

 授業中など関係なしに自由に動く。


「あ、奏多くん。

 美喜子先生! 

 ちょっと着いていきますね。」


「すいません、お願いします。」


 廊下の白い壁をなぞりながら、

 トイレの個室へ向かう。

 男子トイレはいつも個室に入る。

 尿だとしても個室じゃないと

 落ち着かない。

 

 母親から、お家で立って

 おしっこしないでと指導されてから

 学校でも同じ行動するようになった。

 

 掃除するのが楽になるのだから

 なんで文句あるのだろうと

 頭の中で考えていた。


「奏多くん!

 先生、廊下で待ってるからね。」


「……。」


 個室から静かに出て、

 手を石鹸から丁寧に洗った。

 指先から手首まで汚れをしっかり洗う。

 ポケットに入れていた夜空柄のハンカチで

 水気を拭き取った。


 奏多は、郁子先生をすり抜けて、

 教室ではない方へ歩いて行く。


「奏多くん!! 授業中だよ。

 教室行かないの?」


 声をかけても反応はない。

 先生は教室内の仕事があったため、

 諦めて、ついていくのをやめた。

 そのうち、戻ってくるだろうと

 タカをくくっていた。


 右ポケットに手をつっこんで、

 窓の外を眺めながら、白い壁を触れる。

 左手が白くなっても気にしない。

 少しでこぼこした壁の手触りが

 好きだった。


 奏多の進んだその先は、階段を上った先の

 2階にある図書室だった。


 ドアを開けて、

 たくさんの本がある部屋の匂いを嗅ぐ。

 爽やかな芳香剤がどこからか漂う。

 柔軟剤の香りだろうか。

 

 奏多は、文字を勉強していなくても、

 大体の本が理解し、読めていた。

 でも、音読はできない。

 択一した才能があるのかと

 感心するほど、奏多の母は驚いていた。

 

 司書の先生が受付に座っていた。


「あら、授業中ですよ。

 きみ、何年生?」


 会話したくなかった。

 黙って本棚の方に移動する。

 その行動に不思議に思った先生は

 そっと奏多の腕をつかむ。


「きみ、人の話聞いてますか?」


 怒りが見える。

 目つきが怖い。

 奏多は、掴まれた腕を振り払った。


(仕事が増えるな。

 なんでここに来てるのかしら。)

「あのね、授業中だから

 ここに来てはいけません!」


 こもった声がエコーのように響いた。

 先生の言った言葉が何度も何度も

 奏多の耳に響く。


 聞きたくない。ネガティブなワードだ。

 ガンガンと何かが響いて、頭痛がする。


 両耳をふさいだ。


「う、うるさーーーい!!!」


 奏多の後ろから、

 アコーディオンカーテンのように

 広がったネイビーの幕がすり

 抜けようとした。

 図書室にいたはずだった。

 リアルな世界から一気に異空間の中へ

 テレポートした。


 真っ暗な空間だ。


 さっきまで近くにいた先生はいない。

 ここは学校じゃない。

 別な世界だということを理解した。


 薄暗い中、壁をたどって、先に進んだ。

 どこに行けばいいかわからない。

 ただひたすらに進んでいた。


 すると、足音を立てず。

 そっと近づいてくる。

 ネイビー色の豹だった。


 じりじりとこちらに近づいてくる。

 豹は足が早い。

 奏多は知っていた。

 

 目がぎろりとこちらを向いている。

 これは、肉食動物に食べられてしまう

 のだろうかとヒヤヒヤした。


 ぱちんと指を鳴らす音がする。


「おいおいおい。

 何も持たずにいたら、

 何もできないだろ。」

 

 クロンズが真っ暗な上から

 指先を電気のように光らせて現れた。


 ネイビー色の豹は体から光を放っていた。


 ヌアンテが白い翼を羽ばたかせて、

 奏多の手のひらに楽器を置いた。

 可愛い小さなオカリナだった。


「これ、吹いてみて。

 ネイビーノイズには

 確かこれだったと思う。」


 さすがはネコ科のハンター豹は、

 ジリジリと獲物をとらえようと

 警戒している。

 一声鳴こうもんなら、耳がちぎれるような

 ノイズが響く。


 それに対抗して、

 オカリナに口をつけたが、

 音が鳴らない。

 息が通り過ぎるだけだ。

 

「そっと、優しく。

 聞かせようと思って吹いてみな。」


「大丈夫、私たちは聞いてるから。」


 失敗することにものすごく敏感に

 反応する。

 音が鳴らず、悔しくて

 床にオカリナを投げてしまう。


「諦めるのか…。」


「ちょっと、クロンズは黙ってて。」

 

 ヌアンテは、床に落ちた

 オカリナを拾った。

 確かに奏多の手を握り、優しくオカリナを

 置いた。


「大丈夫、奏多くんなら、できるから。

 諦めないで、やってみよう。」

 

 なんと言ってるか理解に苦しんだ

 奏多だったが、何か必死に

 訴えてくるなと感じたため、

 もう一度挑戦してみた。


 1回でだめだったら、次は大丈夫。

 次がだめだったら、その次はと

 自分の気持ちをあげて、頑張った。


 豹がこちらに襲いかかってきても

 クロンズの硬い翼でどうにか防いでいて、

 何十回とオカリナを吹くのを試した

 その時に高い音色が響いた。


 後から来た光宙と微宙が

 拍手をして喜んだ。


「やっと吹けましたね。」

「いいね。できたできた。」


 ネイビーノイズの豹は高音のオカリナの

 音に拒絶反応をして、手足をびりびりと

 震わせていた。動けなくなっている。

 すると、実体化したネイビーノイズは

 砂が流れるように消えていった。


「大成功!」


 ヌアンテとクロンズはハイタッチをした。

 何気ないその仕草が気に入ったのか、

 奏多は、真似して、クロンズの手を叩く。

 それが何度も続いた。


「もういい?

 これで100回目。」


「もういい?

 これで100回目。」


「オウム返ししなくていいから!!」


 そうしてる間にも

 真っ白く丸い異空間から

 リアルの世界への扉が開かれた。

 動じることもなく、手を降って、

 落ちていく。


「今日も終わったぁ!!

 てか、なんで今日は呼び出し?

 ナガティブ要素あった?」


「図書室で来るなみたいに

 言われたからでしょう?」


「ああ、あれ?

 あんなの気にしなきゃいいのに

 雑魚だから。」


「クロンズ、口悪い!!」


「ほうほうほう。

 立場が、逆転してる?

 それは良いのかつまらないか。

 いや、つまらん。

 なんで、いつものパターンしないわけ。」


 神様が頬杖をついてクロンズの後ろに

 現れた。


「神様?また突然ですね。

 いつものって、これが俺たちですよ。

 楽しんでます?」


「…人生楽しまないとなぁ。」


「いやいや、何年目で楽しんでるさ。

 もう1356年も生きてきて、

 これからどうするって。

 そろそろ展開が欲しくなりますって、

 なぁ、ヌアンテ。」


「は?なんか言った?

 今、光宙の翼むしり

 取ろうとしてたのに。」


「おいおい、勝手に俺の相棒の翼を

 むしりとるなよな。

 お前って、悪魔そのものじゃねえの?」


「お?お?

 楽しくなってきたなぁ。」


 神様が喜んで2人の様子をみていた。

 それをあまり面白くないクロンズだった。


「展開楽しむなぁ!!」

 

 ハリネズミの微宙は1人昼寝をしていた。


 



 

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