第9話 日常に潜む暗澹

校庭で高学年の生徒たちが、サッカーボールを蹴って遊んでいた。

はじにあるブランコやジャングルジムでは

黄色い帽子をかぶった一年生の生徒たちが

遊んでいる。


「息吹ー、ほら、受け取ってみろよ!」


1年生になって

まもなく1ヶ月は経とうとしていた。

プールで溺れてからすぐに回復して、

元気になった息吹はいつも通りに

学校に通っていた。


 今日も仲良しだったり喧嘩したりと

じゃれ合う拓人とバス待ちの

校庭で遊んでいた。ボールが無いからと、

いつも通学の黄色い帽子を投げよう

としている。


「拓人、遠くに投げすぎだって。」


本当はやりたくなかったが、

その場のノリで遊びに付き合うしかない。


息吹は、それを断ったら、

機嫌悪くするのは目に見えている。

自分の帽子じゃないからいいかと

タカをくくっていた。


「おいおいおい、

 俺のばっかり投げてどうするんだよ!!」


拓人は地面に落ちた自分の帽子を拾って、

かぶっていた息吹の帽子を遠くに投げた。

勝手に人のものを持って行かれた。

嫌だったのに、嫌だと言えずに投げられた。


「拓人!!遠くに投げ過ぎーー。」


笑いながら、交わす。我慢した。

遠くに飛んだ黄色い帽子を取りに走る。

落ちた場所は雨上がりに溜まった水たまり。

帽子はびしょびしょで

どろんこまみれになった。

これからバスに乗るというのに、

泥だらけ。ものすごく不快に思った。

それでも嫌われたくない思いが強く出て、

笑って返した。


「もう、たっくんったら、

 ほら、見てよ。

 ビショビショじゃん。」


 怒らなかった。

 怒れなかった。

 本当は、汚されて悔しいし、

 嬉しくないし、楽しくない。

 笑って大丈夫なようにした。


 先生に気づいて欲しかった。

 辛い思いしているのに

 わかってくれない。

 ここは校庭。

 子供達しかいない。

 職員室は遠くの方にある。

 誰も大人は見ていない。

 どうして辛い思いしているのに

 わかってくれないのか。


「ははは…、息吹、だっせーの。」


 飛ばしたのは笑っている拓人なのにと

 モヤモヤした気持ちがたまっていく。

 そう言われても笑ってごまかした。

 

 バスの時間になる。

 びしょびしょになった帽子は

 かぶれなかった。

 汚れた部分だけ少し手で拭って、

 ずっと持っていた。


 バス待ちの行列にいた補助の先生がいた。


「はいはい。バスの時間ですよ。

 あ、あれ、息吹くん。

 黄色い帽子かぶらないといけないよ!」


 名前も知らない先生は、

 帽子が汚れていることを知らないのか、

 手に持っていた帽子をくいっと頭に

 かぶせた。

 帽子の内側は拭えなかった泥が

 たくさんあった。


「息吹、最悪だなぁ、

 マジウケるんだけど!」


 頭にかぶせた帽子からタラタラと泥が顔に

 落ちてくる。

 さすがに笑ってごまかすには、

 無理があった。

 息吹は無表情のまま、殺気だった目で

 拓人を睨んだ。


「ごめん、息吹くん。

 帽子汚れてたのわからなかったよ。

 泥、取ってあげるから。」


 先生は持っていたティッシュを

 取り出して、泥を拭おうとした。

 だが、全ては取れなかった。

 帽子は拭っても顔の泥は

 取ってくれなかった。

 息吹は先生も信用できなかった。


「うわーーーーーー!!!!」


 我慢していたストレスを解放したかった。

 バスの中には運転手さんに

 高学年や中学年のお兄さんお姉さんも

 乗っていた。

 騒ぐのはただ1人息吹だけだった。

 周りにいた大人や子供たちは騒然とする。


 指を鳴らすパッチンという音が響いた。


 目の前に広がる世界が

 すべて青と白のマーブリング模様に

 切り替わった。


 

 息吹だけ異空間に飛ばされた。



 これ以上、その場に居合わせるのは

 苦痛だろうとクロンズが瞬間移動させた。



 公共の場の学校という

 叫んではいけないところで大きく叫んだ。

 

 呼吸が早くものすごく荒くなる。

 なんで、我慢しないといけないのか。

 体裁が気になるのか。

 大人しくしていないからか。

 真面目な良い子を演じていなければ

 ならないからか。

 友達に嫌われたくないから。

 自分の体や服が汚れてもいいから

 自分を守り続けたのか。

 どうしたいのか分からなかった。


 青と白のマーブリングの世界から

 すべて真っ白な世界へと切り替わった。

 そこには真っ黒な翼のクロンズ

 真っ白な翼のヌアンテ、

 コウモリの光宙ひかちゅう

 ハリネズミの微宙びちゅうがいた。 


 四つん這いになって、呼吸を整えるが、

 なかなか落ち着かない。

 仰向けになって、深呼吸をしようとした。


「来るぞ!!!!」


 クロンズは気配を感じたのか、

 バサっと大きく翼を広げて、

 空中に飛び立った。


 息吹は気持ち悪くなってえずいた。

 嘔吐物から、茶色の泥がどんどん

 大きく広がっていく。

 その泥は背の高い人型を作って、

 息吹たちに襲いかかろうとする。


 クロンズは両手で息吹を抱え込み、

 翼を広げて、上へと上昇した。

 

 そんなヌアンテと

 ちびっ子光宙と微宙は、

 泥まみれになりながら、

 服や体の汚れなど気にせずに

 いかに綺麗な泥団子を作れるか

 競い合っていた。


 空中に浮かんで、息吹を抱えながら

 ため息をつく。


「ったく、また俺が戦うのかよ。

 まぁ、いいや。

 よし、息吹、泥は土だから、

 弱点は水だ。水で洗い直す勢いで

 やるぞ。」


「え、ああ、うん。」


「息を大きく吸って吐くんだ。」


「すぅうううぅうううう…。」


クロンズは、指パッチンを鳴らす。


『ウォーターブレス』


たちまち、泥のモンスターは、息吹の吐いた息とともに出てきた大量の水で流されていく。泥の中で遊んでいたヌアンテたちは

光宙が1番綺麗な泥団子と喜びながら、

泥から抜け出し、空中に浮かんでいた。

遊んでいて

何のミッションをこなしていない。

わなわなと相変わらずイライラする

クロンズだった。


また息吹は

新しい技『ウォーターブレス』を習得した。


いつものパターンで足元が

ブオンと丸く広がった穴ができ、

その中に息吹は

吸い込まれていく。


「もう、下に落ちるのも慣れてきたよ。」


そう言いながら、手を振って、

別れを告げる。


「これだよ、これ。

 やっぱり、この状態が1番好きだわ。」


 神様が寝転んびながら頬杖をついて言う。

 クロンズは呆れ顔だ。


「はいはい。

 どーせ、望んでいたんでしょう。

 すいませんね、

 俺ら、おかしなバディで。」


「いいじゃないかのう?

 まともなバディは

 見飽きてきたところじゃからな。

 楽しいのぅ。」


「ですよねぇ、そうですよね。

 違う展開って面白いって私も思います。」


「誰が言うか。誰が。

 ちなみに、もちろんのこと。

 おやつ抜きでコーラも抜きね。

 ヌアンテよ。

 アディオスじゃ。」


 手をパタパタして、神様は杖を振って、

 その場からパッと消えてしまった。


「えーーー、ちょっと待ってよ。

 私のオヤツのポテチは

 活動の原動力なーのーにーー!!

 コーラもーーーー。」


 誰もいない天井に叫ぶヌアンテだった。

 ざまぁないなと思ったクロンズは、

 奏多がよく遊ぶルービックキューブを

 パッと空中に出して、

 クルクルと色を合わせながら

 瞬間移動した。


 光宙は自分で作ったキラキラと

 光る綺麗な泥団子を

 いつまでも眺めていた。




 



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