第7話 ノイズの衝突

目の前が真っ暗になった。


奏多は、

左肩を上にして膝を抱えて眠っていた。


どこからか、水が1滴、落ちる音がする。


ラグマットの上に倒れたはずなのにと

ゆっくりと体を起こした。


人間には真っ暗な中でもうっすらと

見えるというトリ目という能力がある。


さっきまで頭痛がするくらいの

キイィインとしたノイズが耳に響いていた。


今は、何の音もしない。


無音だった。



壁はないかとゆっくりと歩いて、

両手を広げた。

真っ暗で何も見えない。

何も言わずにとにかく前に進む。


何もない空間で、

いつも触るルービックキューブは

どこかと考えた。

あれがないと落ち着かない。


左人差し指の爪を噛む。

ちょうど納得できないくらいの長さまで

伸びてきていた。


何か気になることがあると

無意識に爪を噛む。

ストレス発散にもなる。


爪切りがないときは便利だと思っていた。


「…奏多。大沢奏多だろ。」


真っ暗な空間で声しか聞こえない。

どこからだろうと奏多は後ろを振り向いた。


「……。」


 何の言葉を発することなく、

 声のする方へ体を向けた。


 右の人差し指を光らせて、

 顔を見せた。


 真っ黒い翼を持つ悪魔のクロンズだ。

 背格好は、奏多よりも10cm以上高い。

 口から鋭い牙を見せる。

 髪は天井に向かってツンツンと

 立っていた。

 

 大きく広げた背中の翼をゆっくりと

 閉じた。


「奏多は、話せないんだな。」


「話せないんじゃなくて、

 話したくないんじゃない?」


 ぼんやりと光るクロンズの横に立つのは、

 真っ白い翼を生やした天使のヌアンテだ。

 コウモリの光宙とハリネズミの微宙が

 じゃんけんをして遊んでいた。

 

「話したくない?」


「そう。みんなネガティブな想像するから。

 この子は用ある口しか言わないのかもよ?

 無駄だと思っている…。

 余計なスタミナ使いたくないとか。

 絶対、頭良いのよ、きっと。」


「……そうか?」


 奏多はクロンズの光る指を持って、

 独り言のように言う。


「そうか?」


 オウム返し。


「うわぁ、急に話した。」

 クロンズがいう。


「うわぁ、急に話した。」

 

 クロンズの指をつかみながら、

 不思議そうに真似をする。


「ちょ、言わないで!!」


 煩わしく感じたクロンズは翼を広げて、

 奏多から数メートル離れた。

 

「真似するの好きなんだよ。

 やまびこみたい。」


「……めんどくさいな。

 会話成り立たないじゃんか。」


 2人から離れた奏多は、

 足元でじゃんけんしている

 光宙と微宙をずっと見学していた。

 特に真似する様子は見受けられない。

 しゃがんで、じっと観察している。

 まるで昆虫観察するように真剣な目を

 していた。


「じゃんけんぽん。あいこでっしょ。

 やった、勝った。」


 光宙は嬉しくなって

 バサバサと飛び立った。


 微宙は、悔しそうに丸くなって

 ハリを逆立てた。

 まるでウニのようだ。

 

 奏多は気になったようで、

 ハリネズミの微宙のハリを

 ボールを触る感覚で左手で触った。


「い、いたッ!」


 奏多の本当の声を聞いた瞬間だった。


「ハリを触るんじゃない。

 危ないだろ!」


「奏多くん、安易に触れちゃだめ!!」


 ヌアンテの言葉を聞いて、

 奏多はしゃがみ込み、

 両耳をふさいだ。


 キィイイインとした高音ノイズが

 頭に響く。

 奏多は人のネガティブな言葉や想いが

 発生するとノイズとして受け取る癖が

 ある。

 ヌアンテが話した“だめ”というワードに

 反応し、ブラックノイズが奏多の耳に

 響いた。


 何度もその音が響き渡り、

 異空間に飛ばされた奏多の体から

 じわじわと黒く煙のようなきな臭いものが

 浮かび上がってきた。


「ヌアンテ、気をつけろ!!

 実体化するぞ!!」


「へぇ?!」


 ヌアンテは奏多のそばから勢いをつけて

 翼を広げ飛び立ち

 ずさーーと手をついて地面に伏せる。


 クロンズはヌアンテより先に

 数メートル上に飛び立った。

 ここの異空間は無限大に広がっている。

 天井はない。


 逃げ場はたくさんある。


 地の底から這い出たようなじわじわと

 重低音が響く。


 地面からだんだんと煙から実体化されて、

 大きなカラスへと変貌した。


 勢いを増して羽根をバサバサと

 動かしている。

 

 ブラックノイズのモンスターだ。


「ヌアンテ!!今日は、しっかり働けよ。」


「私は、できることしかやらないわ。」


「……!!」


 奏多は、カラスが好きではない。

 真っ黒のくちばしでツンツンと

 襲われたことがあるくらいだ。

 あたふたと恐怖を覚える。

 

「えっと、ブラックノイズには…

 高音のハーモニカだったはずだ。」


 クロンズは指パッチンをして、

 目の前に銀色の小さいハーモニカを

 出した.


「あーー、私出したかったのに!!」


「遅いんだよ。

 奏多、これ、吹いてみろ。」


「???」


 手渡された奏多は、初めてみる楽器に

 驚いて、どうやってやるんだろうと

 ルービックキューブのように

 ぐるぐると回した。


「やったことないか?

 こうするんだよ。」


「あ、それ、私する。

 クロンズの口臭で臭くなるからやめて。」


「は?!」


 ヌアンテはお手本にそっと

 ハーモニカを吹いてみた。

 大きなカラスのブラックノイズは、

 高音に反応したのか、

 大きく広げた羽根を小さくさせていた。


 「ほら、こんなふうに吹くのよ。」

 「楽器演奏はできるんですね。」

  光宙が話す。


 「これくらいできるわよ。

  ほら、やってみて。」


 ヌアンテは、奏多の手のひらに

 ハーモニカを置いた。

 加減を知らずに思いっきり吹いたら、

 逆に音がうまくならなかった。

 首をかしげる。


「そっと息を吹きかけるのよ。」


 ブラックノイズはそんなことなどを

 知らずにくちばしをこちらに向けて

 襲い掛かろうとした。


 クロンズは自分の大きな翼で

 奏多を守った。

 カキンという音が鳴る。

 まるでブラックノイズのくちばしが

 剣にでもなったかくらいに鋭く硬かった。


「俺は大丈夫だから吹いてみろ。」


 奏多は静かに息を吹きかけた。

 すると、優しい綺麗なハーモニカの音が

 全体に響いた。


 今まで、ルービックキューブ以外に興味が

 沸かなかった奏多の手には優しい音色の

 ハーモニカがあった。


「やるじゃん。」


 その音を聞いたブラックノイズは、

 大ダメージを与えたようで

 体中の羽根という羽根が抜け落ちて、

 キラキラと輝きながら

 姿を消していった。 


「お疲れ様だね。」

「拍手ーーー。」

「すごいすごい。」


 ヌアンテと光宙、微宙は奏多を労った。


「俺様のおかげだな。」


「私だって今回は真面目にやったわよ。」


「それが当たり前だ。」


「いやいやいや、でもさ。

 真面目すぎは良くないわ。

 奏多くん、じゃんけんしよう。

 ほら、じゃんけんぽん。」


 奏多がグーで、

 ヌアンテはチョキを出していた。


「…負けてやんのー。」


「むっきー。奏多くん強いね。

 もう一回しようか。」


 ただ、単にじゃんけんをした。

 人との関わりが苦手が奏多は

 2人には心を開いていたようだ。


 じゃんけんを楽しんでいる途中で、

 奏多の足元は真っ黒い空間から

 真っ白に丸く光出した。

 

 瞬時に真下へ落ちていく。

 奏多は、悲鳴をあげることなく、

 冷静に手を降って、別れをつげた。


「あいつ、度胸あるんじゃない?

 病気なのか、本当に。」


「能ある鷹は爪を隠すってことかな?」


「ほうほうほう…。

 今日はいつも通りじゃなくて

 つまらんのう。」


 クロンズの真後ろに白髭で白髪の

 神様が髭を触りながら現れた。


「神様?!

 突然ですね、いつにもまして。」


「ねぇねぇねぇ、おじいちゃん。

 今日は私、大丈夫でしょう?」


 ご機嫌取りのヌアンテになってきた。


「……あのなぁ、クロンズ。

 お主はいつになったら

 本職になるんだ?」


「無視すんじゃないわよ、このじいさん!」


 殴りかかりそうになる

 ヌアンテの行動を止めようと

 光宙と微宙は必死だった。

 神様は、体の向きをクロンズの方へうつす。


「あ?!

 俺は,別にありのまま

 動いてるだけだけど。」


「……お主は悪魔になりたくないじゃな。

 きっと。」


「見てみろよ、

 俺はれっきとした悪魔だろ?」


「…全然、気持ちまで悪魔じゃない。

 むしろ、ヌアンテの方だ。

 もっと、自分の立ち位置ってやつを

 考えるんじゃ。

 私からの忠告だ。」


 神様はそういうと、その場から消えた。

 クロンズは、

 両膝に両肘を乗せて、頬杖をつき

 舌打ちをする。


 ヌアンテは人の話を聞かない神様に

 怒り心頭でプンスカ怒っていた。

 必死でヌアンテをおさえる

 光宙と微宙だった。



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