女の子と

 「ガアォォォォォォォ!!!」


 オーガーは2mを越える巨体が特徴の魔物であり、優れた知能を持つ。だがこれほどまでに大きい個体は聞いた事が無い。身体の大きさ故に放たれる圧も凄まじい。


 「……」


 集中し、桜楓おうかを引き抜く。この巨体のオーガの攻撃を一度でも喰らってしまえば、それだけで命が危ない。基本は回避に徹し、反撃を加えていく。


 「ガァァァァ!」


 「こい」


 オーガがこちらに突進してくる。単調な突進でさえ、質量差があればそれは一撃必殺となる。冷静に相手の動きを見極めて横に跳び回避する。オーガは再びこちらに身体を向け、今度は右拳を振り下ろすが、回避。そのままの流れで左足で蹴り上げてくるが、寸前の所で躱す。オーガーの蹴りは眼前を通りすぎるが、今のは回避が間に合わなかったのではない。この動きで十分だと判断をしたからだ。


 「ほら、そんなもんか」


 「オォォォ!」


 手招きをして挑発をしてみたら、これまで以上に攻撃が激しくなる。こちらの挑発に反応をしたのを見るに、奴の知能が高いのは本当らしい。だが怒りに任せての攻撃はより単調で大振りとなる。そんな攻撃を見切るのは非常に容易だ。


 「――お前、鬼って呼ばれてるらしいな」


 「オォォォォ!!」


 冒険者の間ではオーガは鬼とも形容される強力な魔物。集団で現れた時には銀等級冒険者を筆頭に討伐隊が組まれるほどだ。そのオーガの中でも特別に巨大な個体。本来なら銀等級の冒険者が数人がかりで討伐をするのだろう。


 「笑わせるなよ」


 最初は大きさから一瞬だけ、気圧されたが少し動きを見れば理解できた。この魔物は今の自分にとって、脅威ではない。身体が大きいだけのただの魔物だ。


 「本当の鬼は、こんなもんじゃないぞ」


 こんな魔物よりかも、かつては此奴と同じように鬼と評された自分の母親の方が遥かに強かった。この程度の魔物は身体強化で十分対応できる。


 「ガアォォォォォォォ!!!」


 「……」


 振り下ろされた左拳を最小限の動きで回避する。土煙が上がった瞬間、腕の陰に入り、オーガの視界から姿を隠す。こちらを見失ったオーガには隙が一瞬だけできた。その一瞬で十分だ。そこから一気に跳び、奴の頭の真横を跳び抜ける。


 「出直して来い」


 着地と同時にオーガの頭が落ちる。暫く頭を失った身体もその場で静止していたが、肉体は灰となり、魔石だけがその場に残された。この大きさの魔石ならギルドでいい値段で買い取ってもらえるだろう。帝都到着前に資金源が手に入ったのは運が良い。


 「ふぅー」


 以前だったら苦戦していたかもしれないが、今の自分には物足りないと言える相手だった。自覚は無いが、自分は着実に成長しているのかもしれない。


 「おーい!大丈夫か、兄ちゃん!」


 オークに追われていた竜車が戻って来た。見た所、地竜も御者も無傷のようだ。停止した竜車の後ろからルナとアメリアも降りて来る。


 「お嬢さん方の連れの兄ちゃんのお陰で助かりました。本当にありがとうございます」


 「礼をするなら、彼にするといい」


 「本当にありがとうございます。お名前を聞いてもよろしいでしょうか?」


 「リクだ」


 「リクさん、それにお嬢さん方。お礼と言っては何ですが、よければ帝都までお送りしましょうか?」


 どうやら彼らは商国から帝都に向かっている最中、帝都を目前にしてあの巨大なオーガに遭遇してしまったらしい。冒険者も乗っていたが、あのオーガに対抗できるほどの冒険者はおらず、魔法を使える者が竜車から魔法を放ち、時間制限をしながらここまで逃げていたそうだ。


 「それじゃあ、頼む。えーっと」


 「自分の名前はミュラーと言います。因みにですが、御二人のお名前は?」


 「彼女はレナ。私の名はエメリーと言う」


 どうやらルナだけでなくアメリアも偽名を使うらしい。他の人がいる場で名前を呼ぶときは注意しなければ。




 * * * *



 「そんなに若いのに凄いな!」


 「冒険者のランクはどれくらいなんだ?」


 「俺の見立てだと、銀……いや金等級だろ」


 「万年銅等級のあんたが言っても説得力の欠片も無いわよ」


 ミュラーの好意で帝都まで竜車に乗せてもらったのはいいが、どうやら竜車に乗っていた冒険者達も自分の戦いを見ていたらしい。こんな質問責めにあうとは思っていなかった。


 「えっと、その……」


 「「「……」」」


 自分が一言発しただけで、それまで騒いでいた冒険者達が全員黙り込む。勘弁してほしい。


 「……ふふっ」


 微かにアメリアの笑い声が聞こえたきがする。文句は後で言うとして、これからの自分の発言によって周りが更に質問をしてきそうで怖い。


 「その……冒険者登録は、まだしてないんだ。これから帝都に行ってからしようと思ってて」


 「「「……」」」


 沈黙が続く。村では殆どの人を幼い頃から知っていたため、気づかなかったが、まさか自分は大人数相手に喋る事が苦手なのだろうか。


 「なんだって!?冒険者登録してないのにその実力なのか!!!」


 「だ、だったら、俺が冒険者登録を手伝ってやるよ!なんなら一緒にパーティでも!!!」


 「おい!!!抜け駆けはすんなよ!!!それにお前にリクはもったいねーだろ!!!」


 「ちょっと!リク君が困ってるでしょ!どうリク君?私と一緒に冒険を……」


 「は、ははは、は」


 自分の事を無視して騒ぎ続ける冒険者達。困っているこちらを無表情で見ているルナの視線が突き刺さる。因みにアメリアは大笑いしている。


 「勘弁してくれよ」


 この状況をどうしようか考えていると、竜車が止まった。どうやら助け船が来たようだ。


 「冒険者の皆さん、帝都に到着しましたよ!」




 * * * *




 「それじゃあ、リク。もしまた会ったらよろしくな!」


 「ああ、わかったよ」


 冒険者達はこちらに手を振り、帝都の人混みに消えていった。もし彼らが自分んと同じタイミングで冒険者ギルドにいれば、何か助けになってくれるだろう。


 「それにしても、意外と簡単に中に入れるんだな」


 「一見簡単そうでも、対策はしっかりされてるんだぞ」


 「そうなのか?」


 「ここに入る時、質問されただろ?」


 「あんな質問に意味があるのか?」


 竜車を下りて帝都に入る際、帝都の兵士に質問をされたが、それは過去に罪を犯したことがあるかどうか、と言うものだった。指名手配されているのは事実だが、自分の中で罪を犯したつもりは無かったので、無いと答えたのだが問題なく中に入ることができた。


 「あれは嘘を見抜ける魔道具を使って判定をしているんだ」


 その魔道具は帝都で広く使われている物で、人の発言の真偽を見抜ける魔導具だそうだ。王都には数が限られているので、限定的な場面でしか使われていないらしい。魔道具の力には驚かされるばかりだ。


 「じゃあ、その魔道具のお陰でそれが犯罪者は中に入れないってわけか」


 「いや、それがそうではないのだ。賄賂を受け取る兵士がいるらしくてな」


 全く嘆かわしい、と憤るアメリア。兵士の質も王国と帝国では大きく異なるのかもしれない。何はともあれ無事に帝都に入ることができて何よりだ。


 「それじゃあ、ここでお別れだな」


 「ああ、これからどうするんだ?」


 「取り敢えず、宿を見つけてから冒険者ギルドにいってみるよ。そっちは?」


 「私達はこのまま城に向かう。リク、こっちの都合でここまで同行させて申し訳なかった」


 「大丈夫だ、結構楽しかったよ。2人共頑張れよ」


 「……」


 別れの時だというのに相変わらず無表情のルナ。結局森から帝都までの間、彼女と殆ど喋ることは無く、むしろルーチェと会話したことの方が多かった気もする。1つだけ印象に残っていることはあるが、その事は胸にしまっておくとしよう。


 「もし王都に来ることがあれば、是非とも騎士団を尋ねてくれ」


 「あ、ああ、そうさせてもらうよ」


 王都どころか、現状は王国に戻る事すら予定していないのだが。いつかは無事に戻りたいとは思っている。それがいつになるのかは現状分からないのだが。


 「それじゃあ、俺はこっちに……ん?」


 彼女達に別れを告げ、宿があるであろう方向に歩き始めたのだが、不意にローブを後ろに引っ張られた。後ろを振り向いてみると下からルナがこちらを覗き込んでいた。以前もこんなことがあったような気がする。


 「どうしたんだ、レナ」


 「……」


 念のために偽名で呼んだのだが、反応が全くない。相変わらず彼女が何を考えているのかが分からない。アメリアは彼女が笑っているのを見たことがあるのかどうかが非常に気になる。それは置いといて、ルナが何故自分を引き留めたのかが、まだわからない。


 「――と」


 「ん?」


 よく見るとルナの口が動いている。ただ周りの声にかき消されてよく聞こえない。中腰になり、彼女の口元に耳を近づけてみる。


 「あ……ありがとう」


 ありがとう。どうってことはない、ただの感謝の言葉。時には感謝の気持ちを込めずに口だけの時さえある。


 「――」


 これまで自分はルナには感情があるのかどうかすら分からなかった。この2日間で彼女が感情らしきものを見せたのは、川での拒絶の感情だったからだ。だが、この瞬間にこれまでの自分の彼女への認識が間違っていたことに気付く。


 「――ルナ、俺はルナの仲間だ。また会おうな」


 「……ん」


 今度こそ別れを告げ、人混みの中を歩き出す。暫く歩いた後に、立ち止り後ろを振り返るがもう彼女達は見えない。それでも、未だに頭の中では先程見たルナの顔が忘れられずにいた。


 「なんだよ……ただの女の子じゃないか」

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