育ち盛り

 「もう少しで森を抜けれるのか?」


 「そうだ。森を抜けたら平原に入る。そこからは帝国領だ」


 翌日、リク達は再び森の中を歩いていた。昨夜、野営場に戻ってきてから、3人は川での出来事を会話することは無く、夜を過ごしたのだった。リク自身も、あまり彼女達に深入りする気は無いので、ルナの身体については尋ねずにいた。


 「2人は、今まで帝都にいったことはあるのか?」


 「姫様と私は立場上、これまで何度か帝都を訪れているが、悪くない都だ。ただ、王都とは雰囲気が違うがな」


 「違うって、どう違うんだ?」


 会話の流れで質問をしてみたが、自分は実際の所、これまで王都を訪れたことが無かったりする。


 「これは私の意見でもあるのだが、私達の王都は他の国の都に比べれば非常に美しい場所だと自負している。犯罪などは比較的少ないし、冒険者達の気性も荒くはない。それ故に軍事面では多少劣るかもしれないが、他国との関係性も良好だ」


 「犯罪が少ない、か」


 「なんだその物言いは?王国への文句があるなら、騎士である私が聞くが?」


 思わずこぼれてしまった小言にアメリアが反応する。王国の平和を維持する騎士である彼女からすれば、今の自分の言葉は嫌味に聞こえたかもしれない。村での出来事のせいで多少過敏になっているのかもしれない。


 「いや、悪かったよ。それで、帝都の雰囲気はどうなんだ?」


 「ふむ、帝都はだな。一言で表すのであれば、混沌だな」


 「混沌?あまり良い意味には聞こえないぞ」


 「帝都もそうだが、そもそも帝国は武力に重きを置いている。それ故に帝都内では頻繁に小さな小競り合いが起きるのだよ。逆に言えば力さえあれば、誰でものし上がれる。帝国はそのような国だ」


 続けてアメリアの説明は、帝都内には非常に多くの種族が住んでいるという事だ。王都に比べても、開放的である帝都には多くの種族が訪れる。武具の製作を得意とするドワーフや、戦闘に優れている獣人。極めて稀だがエルフも帝都に足を運ぶことがあるらしい。


 「それだけ多くの人種がいて、小競り合いも起きているってなら、帝都外から来た犯罪者が隠れ住むには丁度いいんじゃないか?」


 「前皇帝は、他国との外交を積極的とは言わんが行っていたらしい。そのおかげで王国から逃れた犯罪者を確保することもできていたのだが、現皇帝はそうはいかない。帝都内での犯罪率も上昇していると聞く。リクも気を付けるんだな」


 「――そうさせてもらうよ」


 偶然にも良い情報が聞けた。自分が帝都に辿り着けば、村での冤罪で拘束されることも無くなるだろう。これで変に警戒をすることも無く、帝都内を自由に動けそうだ。


 そのまま歩いていると、前方が徐々に明るくなってく。これまでは木々が生い茂っていた為、昼でも多少暗かったのだが、


 「姫様、ようやく森を抜けましたよ」


 「……ん」


 「それじゃあ、ここからが帝国領って事か」


 森を抜け眼前に平原が広がる。そして平原の先に小さくだが、何かが見える。壁のように見えるが、この距離からでも見えるという事は、相当に巨大な壁だろう。


 「あそこに見えるのが帝都、なのか?」


 「そうだ、帝都は王都と同じように防壁によって囲まれていている。だが王都に比べれば帝都の防壁は遥かに巨大で強固だ。軍事力を周囲に見せつけるにはうってつけだな」


 「間違いないな」


 あの防壁も現皇帝になってから、更に増築が重ねられているらしい。確かにあの防壁を見れば、皇帝がいかに軍備増強を推し進めているのは見てわかる。


 「それでは、あそこの道を歩いて行こう。帝都までつながっている。さ、姫様、こちらです」


 「ん」


 アメリアが指さした方向には舗装された道があり、それは帝都の方向まで続いている。この道に沿って行けば、明日には帝都に辿り着くだろうか。




 * * * *




 「しかし、王国領は森だったのに、なんで急に平原になるんだ?」


 「帝国側としては、木材を確保した結果と言っているがな。私達は帝国が王国からの侵入者を防ぐため、意図的に森を伐採したと考えている」


 森内では不穏な動きは察知できない。それでも隠れる場所の無い平原がここまで広がっているのなら、仮に襲撃が行われるとしても、帝都に辿り着く前に間違いなく察知されるだろう。


 「王国って帝都とそんなに仲が悪いのか?」


 「歴史的にそこまで深い因縁は無いはずだ、王国と帝国は過去、共に魔王を封印している」


 「帝国にも勇者の子孫がいるのか?」


 「あ、ああ、いるには、一応、いるんだがな」


 なんだか歯切れが悪い言い方をするアメリアだが、勇者にも色々とあるのだろう。それこそ武力が大切とされている帝国の勇者だ。恐らくは帝国の人々からその力を敬われる存在なのだろう。


 「――おい、あれ魔物じゃないか」


 「え?……確かにそのようだな」


 会話をしている最中に頭の隅で気持ち悪い感覚がした。これは魔物を察知した時の感覚だ。そのまま道の先を見ると、豆粒程度の大きさだが、何かががいる。


 「なあリク、あの魔物、こちらに向かってきていないか?」


 「確かにそうだけど、なんであんなに走って―、」


 「竜車」


 「ルナ?竜車が何だって?」


 「ありゃー、あの魔物は竜車を追ってるみたいだね」


 いつの間にか現れていたルーチェが鼻を動かしながら呑気にしゃべる。見た目が狼なだけじゃなく、この精霊は鼻も狼のように利くのだろうか。


 「ってそんなことを考えてる場合じゃない……あの魔物を倒して、追われてる竜車を助ける」


 「姫様、私達も―」


 「いや、ルナとアメリアは気付かれたらマズいんだろ。あれは俺が倒す」


 恐らく竜車には人が乗っている。彼らに彼女達が戦っている様子を見せるのは良いとは言えない。それに魔物は1体だ。自分だけで討伐は容易だろう。


 「そう?それじゃあ、頑張ってね~」


 呑気な精霊の言葉を受け、一気に走り始める。走り始めるとすぐに竜車が見えた。ただ走りながらふと疑問に思ったことがある。自分もアメリアもそうだが、魔物の姿はすぐに目視できたにも関わらず、竜車の姿はすぐには見えなかった。道の形状もあるのだろうが、妙だった。竜車が追われながらこちらに来ているという事は竜車の方がこちら側にいるはず。ならば普通は竜車が先に見えるはずで、


 「魔物は俺に任せろ!」


 「無茶だ!兄ちゃんも逃げな!」


 こちらに向かってくる竜車に向かって叫ぶが、御者は自分にも逃げる事を催促しながら行ってしまった。その場で立ち止り、前方に見える魔物を待ち構える。


 「――そういうことか」


 やってくる魔物は中々こちらに到着しないが、徐々にその姿が大きくなっていく。そこで先程までの違和感の正体が判明した。あの距離から竜車が見えなかったのではなく、魔物が見えていたと言った方が正確だった。


 「ガアォォォォォォォ!!!」


 「こいつは中々に大物だな」


 それはオーガと呼ばれる魔物だった。優れた知能を持ち、魔物の中でも強い力を持ち、オークを喰らうこともあるそうだ。ただ大物は大物でも、別の意味でも大物だ。


 「お前……何を食べたらそうなるんだ?」


 恐らく5mを遥かに超えるであろう巨体。一瞬気圧されたが、たかが魔物1体倒せなくてどうするのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る