第9話 身の程を知るのはどちら?

 外出の際、過度な露出を控える事で貴族――特に男性は――としての品性と謙虚さを現すのだと言われ、半ば強引にライベルから持たされてつけていたが、こういう時にはいい名分になるもんだ。


「お前、貴族だったのか!」


「それがどうした? こうなった以上もう収まらんぜ」


 そいつが床に捨てたペンダントを拾いながら、ガンを飛ばす。


 どんな理由であれ、手袋を投げつけられたら決闘に応じなければならない。

 ライベルとの会話の中で拾った古い習慣だ。

 実際の所、そんな事は一生の内に一回あるかないかレベルの頻度でしか起こらないらしいが。


 この女の驚く顔、全く経験が無いのは確実だろう。


「いけません坊ちゃま! 元々ここにはお忍びで来たんですし……」


 酷い目に合ってもなお俺を心配するライベルだが、その頼みだけは聞いてやる選択はない。


「ペンダント……」


「え?」


「ペンダント分ブチのめさねえと気が収まらねぇ」


「いいんですそんなの! どうせそんなに高いものじゃないし、坊ちゃまの身にもしもの事が」


「あるかどうかは終わってから確かめなァ……!」


 懇願するライベルを余所に、目の前のクソアマを睨みつける。

 一瞬身を竦めたように見えたが、それも直ぐに立ち直って胸を張って鼻で笑って来た。


「いいだろう。私も一人前のレディとしてジェントルの必死の頼みは聞いてやる。だが、こちらが勝ったらお前達は二人共私の言いなりになってもらうがいいな?」


「出来るもんならな」


「ふん、所詮貴族と言っても騎士爵程度の準貴族だろう? いっそ我が子爵家にその身を捧げたほうが裕福に生きられるというものだ。ははははは!」


 コセルアが懐に手を入れようとするのを見て、俺がそれを手で押さえた。

 お忍びの為に剣を持って来てねぇが、その服の下にはナイフが仕込まれている。


「坊ちゃま……」


「家を馬鹿にされたんだ気持ちはわかる。だからその分も俺がやってやる。黙って見てろ」


 癇に障る高笑いを続けるその女。そうしていられるのも今の内だぜ。


 ◇◇◇


 店を出て広場へと出る。

 女の騎士二人が広場の人間に向かって偉そうに指示を出していた。


「散れ貴様ら! 今から神聖な決闘が始まる」


「平民共は我がお嬢様に感謝しろ! 見届け人を許可を出された事をな」


 不満に思いつつも人が離れて行くのは、単純に関わり合いになりたくないからだろう。


「一体なんだよあいつら? どこの騎士の制服だ?」


「それにあのお嬢様。見た事無いが、よくも余所の領地に来て騒げるもんだな」


 そんな事を言う連中が回りにいる、本人達が小さな声で話しているんだろうが俺にが聞こえていた。正確に言えばそんな事を言ってる奴らをかき分けて前へと出たからなんだが。


「ん? まさかあの男の子とやろうってのか!」


「嘘だろ? こんなの見せしめじゃねえのか!」


 俺と女の体格差から見てそう思うんだろうな。俺が見物人の立場なら似たような事を考えていたかも知れないが。


「もう引っ込みはつかんがそれでもいいんだな? しかし安心しろ、これは互いの優劣を明白にするものであり、決して命までは取らない」


「一々うるせぇ女だ。ガタガタ抜かしてねぇでとっととやろうぜ。それとも本当はビビり散らして引き延ばしでもしてんのか?」


「ッ……。その減らず口、ますます気に入ったぞ。調教のし甲斐があるというもの!!」


 口では余裕をかましているが、内心腹が立っているのが手に取るようにわかる。

 女は腰に差している派手な鞘に入ったナイフを抜くと、俺に向けて突き付けて来た。


「さあ、そちらも獲物を取れ! 神聖な決闘ならばそれが礼儀だ!」


「さっきから……何が神聖だ? テメェ相手に気負うつもりなんざハナからねぇんだよ俺ァ……!」


「ぐっ……ほ、ほざけえええ!!!」


 ついに切れたクソアマが勢いをつけて突進をしてくる。

 ……俺の計算通りにな。



「こ、コセルア卿!? 今からでも止められませんか? このままでは坊ちゃまが……!」


「ライベル君、こんな事を君に言っては余計に心配させるだけかも知れないが……それ程気にする事はない」


「え? な、なんでそんな事!」


「あの方は、何も単に血が上ってこんな事をしたのでは無い。畏れ多くもこの二ヶ月坊ちゃまの訓練に付き合ってきた私だ、だから言える。――勝利は揺らがない」


「……っ」



 なるほど、自信があるだけあってか中々に足の速いもんだ。

 だがこんな動き、仕留められるのは素人だけだ……!


 単調で何の繊細さも無い、この二ヶ月鍛えてくれたコセルアとは月とスッポン以上に差がある。

 散々手加減してくれたあいつの足元にも及ばない。


 距離を詰める直前、引いていたナイフを前へと突き出すクソアマ。


「貰ったぞッ!!」


「――くれたんだろ?」


 半歩程身を躱し、相手のサイドから突き出したナイフの手首を掴むと、その勢いを生かして腕を後ろに引きながら足を引っかけて投げに入る

 宙を勢いよく回転しながら、その女は背中から地面へ叩きつけられた。


「ぐえッ!?」


 受け身も取れずに背中を強打した女が、肺から空気を吐き出しながら悶えている。

 俺はすかさずナイフを奪って仰向けのその女の喉元に突き付けると――。


「ほら貰った」


「……っ!」


 俺の宣言を聞いたクソアマが青ざめる。


「おおすげえ!!」


「なんだよあの兄ちゃん! 自分よりデカい女を投げ飛ばしたぞ!!」


 だがすぐに怒りに満ちた顔で睨んで来た。


「この……ひ、卑怯だぞ! そんな小汚い手を使って恥ずかしくないのか!!」


「何言ってるかわからねぇな? 丸腰相手に負けた言い訳くらい、もっとうまく考えろ間抜け」


「何だと! ――がああっ!?」


 無理に体を起こそうとするが、ナイフを握っていた右腕に激痛が走る女。


 あんな強引な投げを受けたんだ、肩から肘に掛けて相当な負担が掛かった事だろうな。靭帯もかなりイってるはずだ。いい医者に見せたって数日は痛みが残るだろうぜ。派手な音を立てた背中もな。


「今テメェがやるべきは、俺に対する文句じゃなくて医者に見てもらう事じゃねぇのか? 勝った人間の忠告も素直に聞けねぇたァ、とんだ子爵令嬢様だな」


 顔を真っ赤にするのは屈辱の証。

 この手の無駄にプライドの高い相手は殴り飛ばすよりも馬鹿にされる方が効くもんだ。


「ぐ、ぐぐぐ……! おいお前達!! この田舎者の成り上がりに身の程を教えてやれ!!」


 見守っていた騎士二人に向かって情けない台詞を吐く令嬢様。

 その言葉を受けて剣を抜こうとする二人だったが……。


「な、何!?」


「坊ちゃま、制圧完了致しました」


「ああ。仕事が早くて助かる」


「いえ。坊ちゃまこそ、まことに立派でございました」


 剣を引き抜こうとした瞬間に素手のコセルアに気絶させられる。

 涼しい顔をしてるところを見ると、本当に格下だったようだな。


「き、貴様! 決闘で騎士を使うなど! ――がっ!?」


「もういい、眠ってろ馬鹿」


 先に騎士を使った分際で無茶苦茶な事をほざきながら無様をまき散らす。流石にもう相手してられなかった為、腹を殴って気絶させる事にした。


 周りがまた歓声を上げる。体のいい見世物になった気分で、正直好きじゃないな。

 自分から喧嘩売っといて何言ってんだって話だが。


「さてと……このナイフって売ったらどれくらいするんだろうな」


「それは止めた方がよろしいかと。柄の方に家紋らしき模様が描かれていますので、無断の売却は余計な問題になりかねません」


 なるほど、確かにそうだ。仕方ねぇ。

 手に持っていたナイフを気絶したそいつの鞘に納めると、代わりに髪飾りを一つ戦利品として奪う事にした。


 そうしてやかましいその場を移動する。

 戦利品を空に掲げれば、陽の光が当たって眩しく見える。でもなぁ……。


「これくらいならいいだろ? 迷惑料として文句は言わせねえ」


「決闘の末の報酬ですので、そのくらいならば抗議は来ないかと。しかしそれをどうするのですか?」


 流石のコセルアといってもこの意図までは分かんないようだな。ま、そりゃそうか。


「ペンダント……」


「え?」


 隣を歩くライベルの声が耳に入る。俺は構わず続けた。


「これ売れば修理代にはなるだろ?」


「ちょ、ちょっと待って下さい!? それは明らかにぼくの上げたペンダントよりも高価なものですよ! つり合いが取れません!」


「ああ? 俺が気に入ったもんを壊されたんだ、安いもんだろ。残った金は迷惑料として貰っとけ」


「で、ですけど戦ったのはぼくではなくお坊ちゃまですし。畏れ多いといいますかその……」


「ライベル君。坊ちゃまがそうしたいと言うんだ、させてあげなさい。それに、一番傷ついたのは君なのだから」


「コセルア卿……」


 二人掛かりの説得だ、流石に受け止めるしかないだろう。

 そうだ。この喧嘩、俺はあくまでライベルの代理として仕掛けたに過ぎない。


 気に入ったもんをぶっ壊されて腹が立ったが、それ以上にこいつの気持ちを踏みにじられたのが気に入らなかった。


 何も出来無かった昔の俺みたいにはさせたく無かったからな。


「しかし、飯食いそびれたな。いまさらカフェに戻るのも、俺が貴族だってバレちまったし」


「あの、もしよかったら近くに屋台が――」



「素晴らしい!! そういう事だったんだね!!」



「――え?」


「何だ?」


 人の通りも少ない裏通り、背後から見知らぬ女の声が聞こえてきた。

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