第8話 仕置の合図

 ライベルに付き合わされていろんな店を回って今は昼。確かに俺はこの町に詳しくないが、これじゃ誰が主人かわからねぇなやっぱ。


 服屋に行っては最新のファッションだがなんだか、俺の領域外の話を延々と聞かされては着せ替え人形にされ。

 アクセサリーショップに行っては、あれこれと目利きして俺の腕やら首やらにあてがって行く始末。


 ただ、ライベルという奴はこの手の事に相当強かった。

 どれもこれも、俺が気に入るものばかり進めてきて実際気に入ったものも多い。


 とはいえだ、元々そんなに買い込む予定もないため、実際に買ったのはその内数点だけ。

 ライベルときたら落ち込んでいたが、それとなくコセルアが慰めてたな。


 この二人のやりとりからして、前々からこういう事が起こってるんだろう。コセルアも手慣れたもんだ。


 それからは広場近くのカフェへ飯を食う流れ。で、現在に至る。


「対して店を回ったわけじゃねえってのに、もう昼とはな」


「それだけ楽しまれたということではありませんか?」


「かもな」


「いや、よかったです。ぼくもオススメのお店を紹介した甲斐がありましたよ。あんまり買えませんでしたけど……」


「まだ言ってんのかよ。今日は町を見て回るのがメインなんだから、荷物なんてそんな持てねえって言ってんだろ」


「それはそうですけど……。だったらそのペンダント、気に入ってくれます?」


「はいはい、気が向いたらまたつけてやるよ」


 ライベルが自分の金で個人的にプレゼントしてくれたもの、それが俺の首のペンダントだ。


「アンタから見てどうだ、コセルア?」


「ええ大変にお似合いかと。……その点に関しては流石はライベル君だな」


「へへ~、そんなに褒められると恥ずかしいじゃないですか」


「いやそんなには褒めてないだろ」


「えぇ……、そんなばっさり」


 なんて会話をしながらカフェを訪れ、テーブルへと案内される。

 そうして俺とコセルアが席に着いた時、一人立ったままのライベルを見た。


「え?」


「おいおい、今回はお忍びだぜ? 勘のいい奴が見てたら今ので俺かコセルアのどっちかが貴族だって思うだろうな」


「……あっ。す、すいません! 屋敷では主人と一緒にテーブルにはまず着きませんから」


 屋敷でなら何の違和感も無いが、今日はバレないように町を訪れている。

 身元は出来るだけ隠せ、ってのがお袋と侍従長からのお達しだからな。


「そういうところを見ると、お袋とも一緒に町に来た事は無さそうだな」


「ええ、そうなんです。ここに来るのは休みの日に一人、もしくは同じ日が休みになった使用人の人達とだけですから」


「プライベート以外は今日が初めてってか。……そうなるとコセルアは随分と慣れてるな。屋敷で働き出してからは長いのか?」


 チラリとコセルアを見る、その佇まいは涼しくも堂々と椅子に腰かけていて、その見栄えの良さもあってか妙に絵になっていた。

 ……隣のテーブルの奴もぽーっとして見てるな。見た目からしてライベルくらいか?


「そうですね……実のところライベル君とはそれ程差はありません」


「それって短いって事か?」


「いえ、彼は幼少期から屋敷で働いています。数ヶ月ほどの差しかありません」


「ふうん。それだけしかないのに、こいつは家の人間と外に出た事無かったんだな」


「え? いやちょっと待ってください。ぼくは基本的に屋敷の中で働いていますし、侍従になってからも、記憶を無くされる前の坊ちゃまは町に来たがらなかったので……だから仕方のない事なんです!」


「そんな熱入れなくたってもよ……」


 こいつ妙なところでスイッチが入るよな、ほんと。

 だが、前の俺は町に来たことがなかったのか。単にインドア派だから?

 いや、それだったらなんで俺が誘拐されてたのか……。そういや、事件について詳しく知らないな。


「ですがライベル君の言い分も一理あります。私の場合、騎士団の所属として護衛を任される事が多いですから、必然的に慣れて行きました」


「護衛ねえ。それってお袋か?」


「確かに侯爵様の守りについた経験はあります。しかし、主にはお嬢様方でした」


 お嬢様。あの屋敷でお嬢様と呼ばれるのは、未だ顔を見た事の無い俺の姉貴二人だ。

 お袋曰く遠い街に居るらしいが、一体どんな連中なんだか。


「その中でも御長女であらせられます小侯爵様とは同い年という事もあり、良くしていただきました」


 その顔は懐かしむようで、楽しい思い出に浸っているようにも……見えなくもない。

 微笑んでるわけでもないから何とも言えないが、そう悪い思い出があるわけでもなさそうだ。


 相手の顔を見て、察する。前世で身に着けた得意技の一つだ。完璧じゃないがな。

 もし完璧だったら……初めて目があった時でなら身を引いていたのかもしれない。まだ裏切られていなかったから。


「……どうなさったのですか?」


「ん?」


「いえ、お顔が急に……暗く見えたものですから」


 つまらない事を思い出していたせいか、コセルアに怪しまれたな。それにライベルまで不思議そうな顔をしてこっちを見てる。

 せっかく飯を食おうってのにこれじゃいけねぇ。


「別に何でも……気にすんなよ。それより何食うか決めようぜ? 午後からも回るんだ、腹満たしとかねぇと楽しめないからな」


「じゃあここはぼくのオススメを……」



「おいおい! まったくなんて鼻の曲がる店だ。卑しい身分の臭いが充満してるじゃないか。こんな店が何故成り立っているのか? 理解に苦しむな」



 途端に店中に響いた癇に障る声。俺を含めて店中の人間がそっちを向くと、派手なパンツドレスを着たジャラジャラした装飾の女がいた。目に痛い、黄色の使い方にセンスの疑う恰好の女は制服を着た騎士を二人伴って店の中に入って来やがった。


「なんだありゃあ?」


「おそらく貴族の女性でしょうが、しかし見覚えがありません。この領地の周辺の出身の方ではないかと」


「卑しい身分の臭いだなんて……いくらなんでもひど過ぎますよ。ここはそもそも平民の人達が気楽に利用出来るのが売りのカフェなんですから、貴族の方向けのお店はそもそもこことは方向が全く違います。佇まいからして分かりそうなものなのに」


 そんなこと向こうは承知だろ、この店に入って来たのは単に難癖付けて楽しもうって腹か。

 これから飯を頼もうって時に……。

 

 周りの奴らも口には出さないが、相当苛立ってるはずだ。……まあ、あの馬鹿にはそれすら楽しいのかもしれねぇがな。


「ふん、しかし見れば見るほど貧相な服に醜悪な顔立ち……ん?」


 その女は店内をニタニタと笑いながら見渡すと、不意に視線を固定していた。

 その視線の先は……。


「……え?」


 よりにもよってライベルだった。


(おい、まさか……)


 嫌な予想が当たり、そいつは口元をニヤつかせながらこっちに近づいてくる。

 そしてライベルの席にやってきて足を止めて見下ろしてきた。


「ほう……これはこれは。こんな卑しい庶民の店にしては中々……」


「え、えっとなんでしょうか……?」


「へへ、随分と可愛い顔してるのがいるじゃないか」


「ひっ!? な、なんですかあなた?!」


 獲物を見るような顔でライベルを見る女の姿は見てるだけでイラつく。

 コセルアに視線を向ける、向こうもこっちを見ていた。


 そうして、こいつらをどう店の外に連れ出すかとコンタクトを取っていた時だ。


「ん? おや、こっちの男も可愛い顔をしてるじゃないか。それでいて目つきの鋭さが妖艶さすら感じる。だが……」


 女は俺の顔を覗き込むなり好き勝手言うだけ言うと、首元のペンダントを見て来た。


「こんな安物のペンダントでは全く美が引き立たないな。ふん!」


 俺が止める間もなく、ペンダントを掴むと引き切りながら無理矢理奪い取っていきやがった……っ。


「全くなんて出来の悪いものを身に着けているのか? プレゼントだとしたらセンスを疑うな、ははははは!」


 ライベルがうつむいてビクっと体を震わせていた。


 それを見た俺は、左手に着けていた手袋を脱ぎ――そのカス女の顔面目掛けて叩きつけた。


「っ!? 何!!?」


「表出なァ、クソッタレが……!」

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