第20話 アフターケア







  出口の扉の開く音を合図にして、戦闘は終了したものの未だガスは晴れていない。


 催涙ガスの中和剤を召喚魔法で発注し、付近にばら蒔いてからしばらく時間を置き、そろそろ頃合いかとガスマスクを外してみれば、特に問題は無さそうだ。


 ようやく息苦しさから解放された俺に倣い、ナギ姐も空いた片手でガスマスクを脱げば、すっかりメイクが崩れてしまっていたのは仕方ないとして、無抵抗の相手にトドメを刺したことで涙を禁じ得なかったのだろう。


 マスカラと混ざった黒い涙の跡が、せめてもの弔いの証であることを願いつつ、もう片方の震える手には、握り締めたまま手から離れようとしない血塗れの鎧通しは、本来の輝きを失ってどす黒く変色している。


「ナギ姐、お疲れ様……手伝うか?」


「……ああ、カスガ、すまない」


「気持ちはわかるが、あんたは相変わらず優しすぎるよ」


 ナギ姐と初めて会ったときから変わらず、姉御肌の彼女は先頭に立って戦い、味方を奮い立たせる最高の現場指揮官であったものの、無抵抗の相手に対し、一方的な暴力や殺戮を行うことをよしとしないのは、彼女の矜持でもあり、心理的な抵抗は大きかった。


 それを曲げてまでも生存の為に仕方なくやっているだけのことであり、鎧通しを握り締めたまま震える手から離れようとしないのは、彼女の中にあるパラドックスそのものか。


 ナギ姐の震える手を両手で包み、一本ずつ丁寧に指をほどけば、ようやく解放された鎧通しは、ダンジョンの床に落ちて鈍い金属音を一つ響かせた。


「……ありがとう、カスガ……すまない、すまない……」


 その後、俺よりも背の高い彼女は、少し身体を屈ませて俺と抱擁を交わし、耳元ですすり泣く声を聴きながら、「大丈夫……ナギ姐はよく頑張った……」等と励まし、彼女の背中をさすりながら落ち着くのを待った。


 ナギ姐を落ち着かせているとき、視界の先に映るガスマスクを被ったまま立ち尽くすヒナコに、何度かアイコンタクトを送れば、ちゃんと伝わったのか、律儀に待ってくれているようだ……大丈夫、俺はお前をちゃんと見ているからな?


 ようやく落ち着きを取り戻したのか、ナギ姐の方から「カスガ、ありがとう……ヒナコを頼む」と耳元で囁かれれば、グラマラスなチョモランマの感触とおさらばか。


「……あたしはウィラたちを呼ぶから、ヒナコのケアを頼んだぜ」


 ナギ姐はウィラたちに合図を送るべく俺の側から離れていき、辛抱強く待っていたヒナコの方へと歩み寄れば、手にした血塗られた魔法の杖を手品のように消し去り、両手を広げて大歓迎のポーズ。


 ああ、それよりもさ、まずはガスマスクを外そうか。


 小さな小さな身体の彼女に合わせてしゃがんでからゆっくりとガスマスクに手をかけて外せば、散々と泣き腫らしたのか、メイクは崩れているし、ハンカチでも使うか?


 腫れぼったい目の周りを少し冷やしたいところ、まずは清潔なハンカチを水で濡らして、涙の跡を優しく触れるようにして拭ってからナギ姐の時と同じく、落ち着かせる為に熱い抱擁を交わした。


 落ち着くまで背中をさすりながら、静かになにも言わず、ただただ彼女のすすり泣く声を聴いているうちに、沢山の足音が近付いてきたことで中断かな?


「トラチヨ、そのままでええ。ギルドにはウチが報告しとくから、あんたはヒナコちゃんの気ぃ済むまでな、一緒にいたってや? ナギならうちがちゃんとケアしたるから、あんたはヒナコちゃんのケア、頼むで……あんたにしか勤まらへんし、方法はなんでもええ。二人でどっか行ってゆっくりしてくるとええわ。ほんで終わったらな、うちに連絡してくれればええからな」


 背中越しに聞いたウィラからの頼みだけれど、ヒナコ、お前はどうして欲しい?───。








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