第13話 出産報告、国王陛下宛


 魔術師協会、居間。


 机の上。

 最高級の紙。

 最高級の墨。

 国王から下賜された印。


 マサヒデが座って、じっと紙を睨んでいる。

 国王陛下宛、マツのタマゴが産まれたという報告。


 どう書いたものか・・・


『マツさんにタマゴが産まれました。

 陛下のお陰です。

 ありがとうございました』


 これで良い訳がない。

 だが、マサヒデには全然文が浮かばない。


 御前試合を銘打った試合で300人に勝ち抜いた男。

 元王宮魔術師、人の国で最高峰の魔術師の女。


 どちらも、陛下に名も顔も知られている。

 直に話してもいる。

 その間に子が産まれました。


 きっちりした文章で書かねば・・・

 たまに送っている、半分以上日記のような報告とは違うのだ。


 さてどうする。


 マツはここ数日、仕事を溜めてしまったため、忙しい。

 パーティーの日も仕事は出来ないから、その分も終わらせねばと大忙しだ。


 カオルは黒影の蔵を飾るための材を、と、うきうきと買い物に行った。

 パーティーは3日後。

 それまでに、黒影を飾り付けるという。今日は忙しいはずだ。


 では、クレールを待つか?

 執事にも一緒に考えてもらうか。


 いや、レイシクランのホテル組も、大忙しのはず。

 パーティーの食材の調達、内祝い。

 警備もまだまだ詰めたいと言う。


 クレールを待つしかないか。

 しかし、クレールはこういう報せを直に書くのか?

 文章は部下に任せ、最後に書くのは直筆という形ではないだろうか。

 となると、同じ貴族のアルマダも同じだろう。

 アルマダにも頼れない。


(ううむ)


 下書き用の紙を広げ、適当に文章を書く。

 び、と斜めに線を引き、空いた所に文章を書く。


「・・・」


 ぐしゃぐしゃ。

 ぽい。


 下書き用の紙を広げ・・・ぐしゃぐしゃ、ぽい。


「はあー・・・」


 頭を抱え、がくん、と机に肘をつく。

 もっと学問に励んでいれば!

 いや、それでは今の剣がなかったか・・・


 がっくりしながら、縁側に座り込む。

 そうだ。庭にレイシクランの忍がいる。聞いてみようか?

 こういうのは、流石に忍でも無理だろうか?


「あの、すみません」


「は」


 見えない相手からの声。


「ご相談があるんですが」


「何なりと」


「国王陛下に、タマゴが産まれたと書状を書かないといけないのですが」


「文にお悩みのご様子」


「はい・・・」


「マサヒデ様。ギルドでご相談なされては」


「ギルド? そこの冒険者ギルドですか?」


「はい。ギルドには書記官がおります」


 書記官!

 ぱあっとマサヒデの顔が明るくなった。


「お、おお!」


「ギルドの書記官は貴族間の親交書類も扱います故、頼りになりましょう。

 国王陛下に直々となれば、流石にお断りされるやもしれませぬが。

 ご相談だけでもされてみては」


「ありがとうございます!」


 ば! と頭を下げ、マサヒデは勢い良く立ち上がった。



----------



「おはようございます!」


「あ、トミヤス様! おはようございます!」


 受付嬢の笑顔が、いつも以上に輝いて見える。


「マツモトさんはいますか?」


「はい! すぐにお呼びしますね!」


 ぱたぱたぱた・・・

 にこにことマツモトが出てくる。


「マツモトさん! おはようございます!」


「おはようございます。

 ははは。今日はまたお元気ですね」


「マツモトさん! 依頼をお願いしたいのです!」


「おや。何かお困りで」


「はい。こちらには、書記官の方がおられますよね」


「ええ。勿論」


「国王陛下へ送る、手紙の文章をお願い頂けますでしょうか。

 文章を考えて頂くだけで結構です。

 書くのは私が筆を取りますから」


 う、とマツモトの表情が固まった。

 横で受付嬢も驚いている。


「国王陛下に・・・ですか・・・」


「はい」


「ううむ・・・マツ様にお子が産まれたとのご報告ですか。

 いや、確かに報告せねばなりませんね」


「はい! ですが、私では全然文章が浮かばず!

 マツさんも、ここ数日仕事を溜めてしまって、大忙しで」


「む・・・むう」


 マツモトが顎に手を当てる。

 形式に沿った、報告や申請などの類ではない。

 これは手紙となる。


 だが、たまに扱う貴族間の手紙ではない。

 国王陛下へ直に届く手紙!

 このギルドの書記官で書けるか!?

 下手な手紙を書けば、マサヒデもマツもこのギルドも赤っ恥だ。


「ううむ・・・少々お待ち下さい。

 書記官に聞いて参ります」


 厳しい顔で、マツモトが奥に入って行った。



----------



「あ、あの・・・」


 マツモトが下がって行ってから、恐る恐る、受付嬢がマサヒデに声を掛ける。


「国王陛下に、お手紙って」


「ああ、私、陛下に顔も名前も知られています。通信でですけど、顔を合せて喋ったこともあるんです。マツさんも、元王宮魔術師ですし。ですから、タマゴが産まれた事、陛下には、ちゃんと報告しないと」


「な、なるほど、確かに・・・」


「たまに私がここで出してる書簡も、陛下宛ですよ」


「あ! あの、民の暮らしを直に知りたいって、あれですね!」


「ええ。でも、あれは日記のようなものですからね。

 こんなことがありました、それでこう思いましたって程度の。

 こういう時のまともな文章なんて、私には全くで」


「顔が広いのは良い事だと思いますけど、お付き合いが大変ですね・・・」


「ええ・・・祝い事となると、こうも大変だなんて・・・」


 ふう、と息をついて、マサヒデが俯く。

 この話は変えよう。

 ぽん! と受付嬢が手を合せて、


「あ! そうそう、ご招待状、頂きました!

 私なんて誘ってくれて、ありがとうございます!」


 ふ、とマサヒデが少し明るくなった顔を上げ、


「いつもお世話になってますから、当然ですよ」


「でも、大丈夫でしょうか。私、パーティーなんて不安で・・・」


「大体、この町の人達です。他はトミヤス道場ですか。

 御身分のある方でも、身近な方ばかりでしょう。

 食事も立食だから、マナーとか気にしなくて良いですし。

 職人さんも来る席だから、平気ですよ。多分」


「最後に『多分』って付けられると、すごく不安になります・・・」


「・・・正直に言いますけど、私も不安です。

 マツさん、クレールさん、アルマダさん、皆すごく綺羅びやかだし・・・」


「でしょうね・・・」


「マツさんのドレス、見せてもらったんですよ。

 特に何か付いてる訳ではないのに、やたらきらきらしてるんです。

 何ですかって聞いてみたら、なんと銀の糸が編み込まれてたんですよ」


「ええっ!? ちょっと・・・それは、すごくお高いのでは・・・」


「想像もしたくありませんね。

 編み込まれてる銀の糸も特注で、錆びないです! 生地も痛めないんです!

 ・・・なーんて、うきうきして自慢されましたよ。いくらしたものやら」


「王宮魔術師やってた時に、頂いたりした物でしょうか?」


「かもしれませんね。

 マツさんも、ご実家は貴族ですから、家を出る時に持って来たとか」


「ふぇええ・・・トミヤス様、何か、魔の国の貴族って、人族の貴族より凄くお金持ち! ってイメージありません? 私、そういうイメージがあります」


「あ、それ分かります。私もですよ」


「人の国で言う大貴族が、向こうだと辺境の小貴族くらいな」


「あー! しますね、それ! 実際、どうなんですかね?

 クレールさんに聞けば分かりますかね?」


「あー、貴族かあ・・・憧れちゃいますね・・・」


「いや、貴族ってすごく大変らしいですよ」


「そうなんですか?」


「ええ、マツさんに聞いた話ですけど・・・」


 マツモトを待つ間、2人はどうでも良い話で盛り上がっていた。

 奥では、マツモトが書記官達を集め、頭を寄せ合っている。

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勇者祭 20 パーティー準備 牧野三河 @mitukawa

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