第11話 鬼と令嬢と奉行所・中


 オリネオ奉行所門前。


 クレールとシズクが、門前で待つ。

 来訪を伝えに行った門番が、ばたばたと駆け出てきて、ぴし、と頭を下げ、


「クレール=フォン=レイシクラン様、お待たせ致しました。

 オリネオ奉行所、ノブタメ=タニガワ様より、面会の許しを得て参りました。

 ご案内致します。さ、どうぞこちらへ」


 やった! と、クレールとシズクが笑顔を見合わせる。


「よろしくお願いします!」


 じゃ、じゃ、と綺麗に敷かれた玉砂利を踏んで、案内に付いて行く。

 お? とクレールが指を差し、


「あ、シズクさん! あれみて下さい! 小さな蔵が一杯」


「ほんとだ。何で分けてあるんだろう? 小さいね?」


 案内が頷いて、


「捕物にも色々ございますので、こういう場合はこの蔵、と分けてあるのです。

 危急の際などに、さっと出られるようにした訳です」


「なるほどー!」


「奥に、もっと小さな蔵がございますな」


「ありますね」


「あれは蔵ではなく、仏を置く所でして」


「ええ!?」


「中は魔術で冷えておりまして、しばらくは腐らず置いておける訳です。

 建物は小さいですが、地下に広く、部屋がいくつもございます。

 仏の検分などを行ったり、身元不明の仏を預かったりと」


「へえ・・・」


 じゃり、じゃり、と進んで行くと、案内役が前を指差す。


「御覧下さい。あちらがお白洲でございます」


「おおー!」「あれがお白洲!」


 クレールとシズクが声を上げる。


「あちらで、ご裁決を下される、という訳ですな」


「わあ! 初めて見ました! 感動です!」


「すごいねえ!」


 2人が目を輝かせ、ふ、と案内が顔を顔を緩める。


「ささ、こちらへ」



----------



 奉行所の建物内。


 クレールとシズクが廊下を歩いて行く。

 いくつもの部屋で、何人も同心が書類に向かっている。


「こんなに沢山・・・」


「ええ。中々、見廻りや捕物だけで終わる、というものではありませんもので。

 実際は、訴えの処理だとか、報告書だとか、書類仕事の方が多いのです。

 見えない所で、奉行所も大変なので御座いますよ」


「へえ・・・」


「奉行所って、そういうもんだったんだね」


 奥まで進んで行き、


「こちらです」


 と、案内が部屋の前で正座する。

 クレールとシズクも正座する。


「失礼致します。タニガワ様。クレール=フォン=レイシクラン様、シズク様をお連れ致しました」


「お入り頂け」


「は」


 すー、と襖が開くと、部屋の奥に座ったノブタメが頭を下げる。


「此度は、わざわざのお運び、誠にありがとう御座います」


 虎徹で呑んでいた時とは大違い。

 きりっとした表情で、あの楽しげな笑顔は微塵も見えない。

 そこにあるのは威圧感。


 クレールが手を付いて頭を下げ、


「お忙しい中、お時間を頂きまして、ありがとう御座います。

 クレール=フォン=レイシクランで御座います」


 う! とシズクも慌てて頭を下げ、


「ありがとうございます!」


 すーっとノブタメが頭を上げ、ぴしりと背筋を伸ばす。


「どうぞお入り下さい」


「失礼致します」


 クレールが静かに立ち上がり、用意された座布団に座る。

 は、とシズクも立ち上がって、


「失礼します!」


 と、座布団に座る。

 ノブタメが廊下で頭を下げている案内役に、


「お客人に、茶をお持ちせよ」


「は」


 すー、と襖が閉じられ、案内役が下がって行く。

 襖が閉じると、


「ふ、ふふふ」


「んふふ」


 と、ノブタメとクレールが小さく笑う。

 はて、とシズクがノブタメを見る。

 笑顔で、先程の威圧感がない。


「や、これは申し訳ない。

 部下の手前、きりっとした所を見せねばならぬもので」


「うふふ。分かっておりますとも」


「して、本日はどのようなご用件で」


「本日は、ご質問に参りまして」


「お聞かせ下さい」


「パーティーの当日なんですが、お父様、あの、カゲミツ様です。馬に乗って、門弟の皆様に、槍とかを持たせて、馬車も連れて・・・ええと、小さなパレードみたいな感じでしょうか。そうやって、格好良くブリ=サンクへ参りたいと。門弟の皆様も、20人は超えるか、という所で」


「ふむ」


「大人数ですから、こういう場合、こちらや、役所にお許しが必要かと思いまして、お尋ねに参りました」


「ふむ、門弟の方々にお持ち頂く得物には、お気を付けて頂きましょう。

 抜身でなく、しかと鞘に納めておいてもらえれば、特に問題はありません。

 念の為、一筆書いておきましょう」


 ノブタメが立ち上がり、引き出しから紙と封を取り出し、さらさらと書いて、


「うむ。こちらをカゲミツ様へお渡し下さい。

 万が一、何か咎められた際は、これを見せれば問題ありません。

 当日が楽しみですな。町の者が大騒ぎしましょう」


 にこにこと笑いながら、す、とクレールに封を差し出す。


「ありがとうございます!」


 礼を言って、クレールが腰のポーチに封書をしまう。

 ノブタメは軽く頷いて、


「ははは。町中を見回して御覧下さい。

 冒険者の方々が、得物を下げて、ぞろぞろと歩いておりますな。

 この町は、そういう所にあまりうるさくはありません」


「ああ、そういえばそうですね!」


「そうか! そういやそうだよね!」


 うむ、とノブタメが頷いた所で、襖の向こうから、


「お茶をお持ち致しました」


 びし、とノブタメの空気が変わる。

 きり、とクレールも顔を締める。


「入れ」


「は」


 3人の前に、茶とまんじゅうが置かれる。


「ご苦労。下がって良い」


「は」


 すー、と後ろで襖が閉まると、また空気が緩む。


「ふふふ。奉行所務めも肩が凝るというものです。さ、どうぞ」


「頂きます」


「いただきまーす!」


 ぱくん! もくもく・・・ごっくん。

 クレールとシズクがさっくりとまんじゅうを飲み込み、ずずっと茶を啜る。


「ははは! お二人共、さすがの食いっぷりですな!」


「えへへ・・・」「いやあ・・・」


「さて、本日はお約束の物を見せて頂けるとか」


 笑顔でノブタメがシズクの脇にある袱紗の包に目を向ける。


「あ! そうでした! んっふっふっふ・・・

 これには、お奉行様もびっくりですよ!」


「だね! 私達も、腰抜かしちゃいそうだったもん」


「綺麗な所は根本だけで、後はあまり綺麗じゃないんです。この方が斬れるとか」


「ほう。寝刃研ぎにしてあるのですか」


「さ、シズクさん。見てもらいましょうよ!」


「むふふ」


 シズクが袱紗の包をすすーっと差し出す。

 ノブタメが皆の前の湯呑を取って盆に乗せ、部屋の隅に避ける。

 にやっと笑って、クレールが懐紙をポケットから取り出す。

 む、と頷いて、ぱらりと袱紗を開け、ノブタメが箱の蓋を開いた。

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