鬼と令嬢と奉行所

第10話 鬼と令嬢と奉行所・前


 パーティーは3日後。


 早朝の通りを、クレールとシズクがうきうきと歩く。

 昨晩、カオルに黒影と、鞍の装飾もお願いしておいた。

 早ければ、今日にもカゲミツの所に届くだろう。


 シズクは雲切丸を抱えている。

 タニガワに見せると約束はしているが、中には持っていけないかもしれない。

 その場合は、パーティー当日だ。


「んっふふーん」


「へへへ」


 2人とも、奉行所が楽しみで仕方ない。


 本物のお白洲! 見てみたい!

 座らせてもらえるだろうか?

 一件落着也! とか、やらせてもらえるだろうか?


 にやにやしながら、奉行所に歩いていく。

 しばらく歩いていくと、大きな敷地の前。

 ずっと壁が続いていく。

 奉行所はこの中だ。


「お! クレール様、あれだよね!」


「あれですね!」


 門前に、棒を持った男が2人、左右に並んでいる。

 てくてくと歩いて行くと、は! と門番の2人がこちらに気付く。

 シズクを見てか、険しい目を向ける。


「おはようございます!」


「おはようございまーす!」


 にこにこしている2人に対し、門番は険しい顔。


「奉行所に、何ぞ用か」


「私、クレール=フォン=レイシクランと申します!

 本日は、お奉行様にご挨拶に参りました!」


「な!?」


 レイシクラン!? レイシクランが何故ここに!?

 改めて見てみれば、輝く銀の髪、紅の瞳。

 間違いなく、レイシクランの特徴はある。


 鬼の方は護衛の者か。

 鬼族を護衛に従えるなど、間違いなく本物であろう。


「これは、レイシクランのお方でしたか。ご無礼をお許し下さい」


 と、門番が頭を下げる。

 あ、とクレールは自分が冒険者姿をしている事を思い出し、


「申し訳ありません、この格好では、レイシクランだって信じてもらえませんね。

 私達、マサヒデ=トミヤス様の所で過ごしておりまして。

 貴族の格好では目立ってしまいますので、普段はこの格好なのです」


「あ、トミヤス様の所で」


 奉行所は金貸し殺しの件で、マサヒデに随分と世話になった。

 マサヒデの所の者と聞いて、門番の顔の緊張が解ける。


 なるほど、この鬼族は、町で噂のマサヒデの家臣か。

 このレイシクランの娘の護衛にと、マサヒデがつけたのだ。


「お目通りを願いたいのですが、叶いますでしょうか。

 お約束はありませんし、急なお訪ね、誠に申し訳ないのですが。

 お忙しいようでしたら、日を改めますので」


 門番は綺麗に45度にぴたりと頭を下げ、


「大変申し訳御座いませんが、こちらにて少々お待ち頂けますか。

 タニガワ様に、御来訪をお伝えして参りますゆえ。

 お断りになられる事はありますまい」


「あ、あ! そうでした! ちょっとお待ち下さい! あの、これ」


 クレールがシズクが抱える袱紗の包を指差す。


「これ、中はマサヒデ様の刀なのです。

 珍しい物で、お奉行様にお見せすると、以前お約束した品です。

 お目通りが叶うのであれば、中に持って入るお許しも頂けますでしょうか」


「おお、トミヤス様の御刀で、珍しい物ですか!

 ううむ、それはタニガワ様もお喜びになりましょう。

 お聞きして参りますが、お約束の物でしたら、何の問題もありますまい」


「よろしくお願いします!」


 ばたばたと門番が駆け込んでいく。

 もう1人の門番に、シズクが棒を前に出し、


「これ、私の得物だけど、中には持っていけないよね」


「はい」


「あの、ここで預けるけどさ、中まで鉄だけど、大丈夫かな」


「は!? 鉄張りではないので!? 中まででござるか!?」


 差し出されても、こんな鉄の棒、預かれない・・・


「う、う、ううむ・・・」


 門番の困惑の顔。


「あ、じゃあ、ここに立て掛けておけば良いかな」


「申し訳ござらん。それでお頼み致します」


 どすん。ごとん。

 門の脇の壁に、棒が立てかけられる。

 地面が沈んでいる。立てかけられた壁が、少しへこんでいる。

 本当に、中まで鉄なのか・・・


 門番が驚いていると、クレールが腰から杖を抜いて、


「これ、私の得物です。よろしくお願いします!」


「は。しかとお預かり致します」


 小さな杖を、恭しく受け取る。

 レイシクランの持つ杖。

 一体、いくらする杖なのか!?

 門番の額に、脂汗が浮く。


 門番が門の中の脇の番所に歩いていき、中の者に杖を渡す。

 ぎょ! と中に居る男がクレール達を見て、箱を取り出して杖をしまう。


 少しして、番所から門番が戻ってきて、


「そちらの、鬼族の方・・・」


「あ、私、シズクです」


「む、シズク殿、これは、拙者の好奇心でお聞きするのでござるが」


「何々?」


「その鉄の棒、少し触らせてもらっても良かろうか」


「どうぞどうぞ! あ、倒れて潰されないようにしてね!」


「気を付けます」


 門番がすたすたとシズクが立てかけた棒に近付き、軽く押してみる。

 微動だにしない。

 しゃがみこんで、立ち上がって、すーっと手を滑らせる。

 思い切り押しても倒れそうもないが・・・


 こんな物を、片手で持ってくるとは。

 これ程の重さを持ってくるとなると、シズク自身の重さも相当あるはず。

 人族と違い、見た目とは違ってすごい体重なのだろう。


「・・・」


「すごいでしょ! それ、只の鉄じゃないんだ!」


 ん? と門番がシズクに顔を向ける。


「只の鉄ではない?」


「鍛冶族に作って貰ったんだ!」


「なんと!? これは鍛冶族が手掛けた物で!?」


「うん。大きさは同じでも、普通の鉄より重いよね。

 何て言うか、こう、ぎゅーっと、ぎっちり鉄が詰まってる感じ」


 門番が腕を組んで棒を眺める。

 鍛冶族の品と言えば、頑丈で、斬れ味も長持ちで有名。

 当然、値もはる。

 ナイフや包丁のような小さな物でも、かなりの額がする。

 これは棒だから斬れ味は関係ないが、材料費だけでかなりの額になるはず。

 銘刀が何本買えるであろう・・・


「あはは! 型作って固めるだけだろって怒られちゃったよ!

 頼み込んで、何とか作ってもらったんだ!」


 シズクはへらへら笑っているが、門番の顔からは血の気が引いている。


「ううむ・・・シズク殿、ありがとう御座いました。

 や、これは珍しい物を見せて頂きました」


 普通の鉄でも十分だろうが・・・

 わざわざ鍛冶族に頼んで作ってもらうとは、武術家であろうか。

 鬼族。それも武術家となると、奉行所総動員でも抑えられる気がしない。

 門番に、小さく鳥肌が立つ。


 そうこうしていると、奥からもう1人の門番が駆けてきた。

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