第6話 忍の警備・前


 トミヤス道場、本宅。


 昼餉が終わり、一服。

 茶を飲みながら、クレールがまだもりもりと菓子を食べている。


「そうそう。クレールさん、頼みがあるんだけど」


「はい! 何でしょう!」


「あのさ、マサヒデかカオルさんに、馬、借りれねえかなー。

 町のえらいさんも来るからさ、出来ればこう、さ。

 分かるだろ? なんかこう、格好つけて行きたいだろ?

 これ、頼んでもらえねえかなあ?」


「馬車はもう御用意しておりますけど、馬ですか?」


 カゲミツがにこにこしながら、


「いや、アキがいるから、馬車も借りたいんだけどさ。

 びしっと紋服着て、先頭で黒嵐とか、白百合とかに乗ってさ。

 んでこう、後ろに門弟達つれてさ、槍なんか持たせたりして!

 馬車もいいけどさ、こっちのが格好良くない? どう? どうこれ?」


 クレールは目を輝かせて、


「あー! それ格好良いですねー!

 和装のパレードみたいな感じですね!?」


「そうそう! 町の中、馬で入って行っちゃって良いかな!?

 格好良いから良いよな!? ゆっくり歩いてくしよ!」


「うんうん! お父様、それ凄く良いと思います!

 お伝えしておきますね!」


「やったっ! クレールさん、ありがとう!」


 クレールがぐっと拳を握り、


「あ、じゃあじゃあ、黒影をお借りしてきましょう!

 カオルさんの、もう1頭の馬なんです!

 すごおーっ・・・く! 大きいんですよ!

 黒くて、毛並みも綺麗ですよ!」


「ほんと!? 黒嵐も白百合も大きかったけど、もっとでかいの!?

 マツさんもそんな事言ってたけど、ほんとに!?」


「もおっと大きいんですよおー!

 黒影に乗って歩いてきたら、町の皆、びっくりしますよ!

 あ、急いで式典用の鞍、作ってもらいましょう!

 ううん、4日後ですけど、間に合いますかね」


「ああいやいや、そこまでしてもらわなくて良いよ。

 てか、さすがに間に合わねえだろ」


「ううん・・・」


 クレールが腕を組んで目を瞑る。

 馬であれば、やはり、式典用の鞍は欲しい。

 いくら馬が良くても、実用重視の旅鞍では、カゲミツや門弟、馬車に負ける。

 馬が少し負ければ、乗っている者も急にみすぼらしく見える。

 馬の方が派手、というくらいが丁度良いだろう。

 さて、何とかならないだろうか?


「あ、合う鞍で格好良いのあったら、借りれねえかどうか聞いてもらえる?

 パーティーの日だけで良いんだからさ、わざわざ買わなくても」


「いや・・・黒影に合う鞍、他にありますかね・・・

 黒影、すごく大きいから、今の鞍も、きっと特注だと思うんです」


「おいおい、そこまでかよ・・・」


 おお、とクレールが明るい顔を上げ、


「あー! そうだ! 鞍を変装しちゃいましょう!

 カオルさんや、うちの忍に、今の鞍を飾り付けてもらうんです!

 ばばんと! 格好良く! きっと、1日も掛かりませんよ!

 やっつけで飾り付けた、なんてバレませんよ!」


「おお! クレールさん、天才じゃねえの!?」


「えへへへ・・・」


「いやでも、いくら忍は変装が得意っつっても、1日ってのは」


「カオルさん、1日もかからずに紋服を作れちゃうんですよ!

 マサヒデ様が、私との見合いに来た時の服、カオルさんが作ったんです!」


「ええ?」


「手紙に、明日待ってますって書いたんですよ!

 次の日に、びしっとかっこいい紋服! ちゃんと紋まで!

 生地も最高で、これは一流! 流石だ! って、私、びっくりしたんです!

 後で聞いたら、カオルさんが手紙が届いてから仕立てました、なんて!」


「うっそ!? すげえな、それ!

 クレールさんが見てびっくりするようなのを、1日でかよ!?

 変装もすげえけど、そっちの方がすげえって感じするぜ。

 いや、忍ってすげえな・・・」


「ドレスなんかは刺繍がありますけど、2、3日あればいけますかね?」


「いや、ドレスは流石に無理だろ! ははは!」



----------



 ホテル、ブリ=サンク。


 笑顔で、カオルと貴族らしき上等な服を着た男が、ロビーのソファーに座る。

 目は全く笑っていない。


「・・・」


「参考までに、この警備配置、カオル殿であればどのように」


「ううむ・・・私では、客・・・には紛れられますまい。

 であれば、従業員、か・・・いや、従業員はいけませんね。

 警備がレイシクランでなければ、警備に紛れます・・・が・・・

 うむ、ホテルに滞在している客か・・・」


「やはり、その辺りが妥当で」


「いや、このホテルに滞在している者となれば、陰護衛があって当然。

 あちらにもおりますし」


 ちら、とカオルが目を向け、忍が目で頷く。


「私であれば、それらに紛れておきます、か・・・」


「客に紛れられないというのは、何故」


「客として入るのであれば、ここを通らねばならない。

 しかし、ご主人様、奥方様、私、シズクさんがお迎えを致します。

 ハワード様にも立って頂けましょうし、カゲミツ様も来られます。

 例え我ら全員の目を誤魔化せても、カゲミツ様は無理です。

 入ろうとすれば、その場で」


 す、とカオルが首の前で指を振る。

 ふ、と忍が笑う。


「でしょうな」


「しかし、万が一にでも入られれば、中で入れ替わる事が出来ます」


「ふむ」


「私程度がぎりぎり入れそうな侵入経路を、ひとつふたつ作っておきましょう。

 この警備に入れる者であれば、我らでは思いもよらない方法で忍び込むはず。

 そうして入られては分かりませんので・・・」


「敢えて開けておき、そこから入るよう誘い込む」


「如何にも」


「良い案です」


「『合言葉』は」


「此度は目と肩です。目2、右肩1、目1」


 口に出す言葉は使わない。

 彼らは目、肩の動きなど、小さな身体の動きで合図を送る。

 このような合図を『合言葉』と俗に言う。


「危急の合図は」


「こちらを」


 す、と何かを握らされる。

 小指よりも小さな筒。

 所謂、犬笛のような物だろう。


「1、2、1。

 我ら、レイシクランの種族しか聞こえない音です。

 鍛えて聞こえる音ではありませんので、例え獣族の忍でも聞こえません。

 1里先でも十分聞こえます。カオル殿、シズク殿には、我らから連絡を」


「1、2、1。分かりました」


 袂に入れ、周りを軽く見渡す。

 ふ、とカオルは小さく息をつき、ロビーの高い天井を見上げる。


「先日来たような忍が来なければ、これで万全でしょう」


「む」


 ぴく、と忍の目が反応する。


「まあ、あれ程の者は、世界中を探しても、片手で数えられる程でしょうし。

 敵ではありませんから・・・今は、ですが」


「我らも敵でないと分かり、後で胸を撫で下ろす思いでした」


「ええ。私もです。忍の術に戦闘術、どこをとっても勝てる気がしません。

 しません、が・・・」


「良い物を見られた」


「ですね。今は、伏して礼を申し上げたい気分です」


「我らもです。庭で見ていた者は、皆に羨ましがれる有様で。

 かくいう私も、あれやこれやと聞かれる始末」


「ふふふ」


「何とか書にまとめておきたいのですが、あれは書で表せる物でもなし。

 時にカオル殿、最も近くで見ておられたのは貴殿ですが、如何」


「私にも何とも。言葉に出来るものではありませんね。

 あれは・・・感じる、というものですから・・・

 あの域に辿り着いた時、書に出来ましょうか? 出来ないでしょうか?」


「出来ましたら、レイシクランで高く買い取りますぞ」


「ふふふ。そこは里からお許しが出ましたら」


「これはこれは。つれない返事で御座いますな」


「ま、仕事柄ということで。お許し下さいませ。ふふふ・・・」

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