第5話 親馬鹿


 道場での稽古が終わり、本宅。


 クレールががつがつ飯を口に運び、カゲミツもアキも驚いた顔で見ている。

 次々と「お代わり下さい!」とクレールが椀を差し出す。

 シズクの為にと用意しておいた大量の米が、どんどん無くなっていく。

 シズクも飯を口に運びながら、カゲミツを見て、


「ね? こうなっちゃうんだよ。身体中の力、すっごい使っちゃうんだから」


「おう・・・」


 シズクはアキの方を見て、


「アキさん、何でも良いから、食べ物お願いします。

 クレール様、これじゃ全然足りないと思うから」


「全然!? もっとですか!? 分かりました、何か、すぐ」


 アキが立ち上がって下がって行く。

 シズクがクレールの椀を受け取り、大盛りに米を盛り、クレールに差し出し、


「カゲミツ様、1回見れたから、もう良いよね。

 カゲミツ様からお願い! って言われたら、断れないに決まってるじゃん。

 もうお願いしちゃ駄目だよ。次はこんな程度じゃ済まないかもしれないよ」


「う、ううん・・・クレールさん、すまねえ」


 ごくん、と飲み込み、クレールが頭を下げて、


「あ! あ! 良いんです。もう少し、私が精進してれば」


「いや、無理に押しちゃってさ、今回は俺が悪かった!

 しかし、それにしてもありゃあ何だ?

 姿どころか、気配も無くなって、全く手応えもねえしよ。

 あれで攻められたら、たまらねえぜ」


「どうしても! って時の、とっておきですから!

 攻めるなんて出来ませんよ! 使う時は、何とか逃げろって時です!」


 クレールが口に飯を放り込む。


「そうか・・・いや、でも本当にすごかったぜ。

 どういうからくりでああなるんだ? 魔力とかなのか?

 完全に消えてたのに、すっと戻って来るし、訳が分かんねえ」


「さあ・・・生まれつきですから、何とも・・・」


「あのさ、俺が振った竹刀、当たってた?」


「はい。ここをまっすぐ通って行きましたよ」


 クレールが箸を置いて、肩から少し下の所をすうっと手刀で横に払う。


「まじかよ! 通って行ったのかよ!

 ううむ・・・全く手応えがなかったが、ちゃんと当たってはいたのか・・・

 いや、当たってたってのもおかしいけど」


 ずず、と味噌汁を啜る。


「あれ、どうやると出来るんだ? 練習したら、俺でも出来るかな?」


「ううんと、出来るんでしょうか・・・えっと、ん! って力をこめるんです。

 私は、喉と胸の間くらいの、ここらへんの所ですね。

 ここに、何と言いましょうか、んーっ! って。

 人によって、力を込める場所は違うんですけど」


 とん、とクレールが喉の下に指を置く。


「ほう、この辺か」


 カゲミツも自分の喉の下に指を置く。


「そうするとですね、ふあーっと身体の力が抜けていくんです。

 力を入れてるのに、どんどん抜けていくんです」


「ふむ。次は?」


「それだけです。力が抜けていくと、消えてるんです」


「なるほど。力が抜けていくと、消えてるのか・・・ん! んんっ!」


「あははは! カゲミツ様、無理じゃない?

 レイシクランの人じゃないと、出来ないって!」


「そうかなあ? ・・・ん! んんーっ!」


「ううん、人によって違うから、お父様は別の所かも。

 何となくここだっていうのは、レイシクランだと、皆、分かるんですけど」


「ううむ、なるほど。俺はここじゃねえのかな・・・

 ん! んー! んー!」


 うんうんとカゲミツが唸っていると、アキが盆に山盛りの菓子を持ってきて、


「あら。喉でも詰まったんですか?」


 と盆を置いて、カゲミツを見る。


「いや、俺もクレールさんみたいに、霞になれねえかなって・・・んー!

 ここじゃねえのかな・・・やり方、教えてもらったんだけど・・・

 ここら辺りかな・・・むんっ!」


「あははは! カゲミツ様、もし消えちゃったら大変だよ!

 クレール様みたいに食べられないでしょ!」


「ううむ・・・それもそうか・・・んーっ!」


 くす、とアキが笑って、


「ささ、クレールさん、こちらも」


「ありがとうございます!」


 クレールがひょいひょいと菓子を取って口に入れ、あっという間に山盛りの菓子が消えていく。


「・・・何でそんなに食えるんだ? シズクさんよりも食ってるよな?」


「さあ・・・何ででしょう?」


「見たとこ、腹も全然盛り上がってねえし・・・一体、どこに消えてくんだ?

 知ってはいたけど、不思議だよなあ・・・」


 クレールは首を傾げて、


「魔力とかになっちゃうんでしょうか?

 それか、この力の源みたいなのになっちゃうんでしょうか?

 自分でも、良く分からないです」


「でもよ、普段から消えてるわけじゃねえだろ?

 てことは、いつも食わなくて良いんだよな?」


「力を使わなければ、大体、月に1回、たくさん食べれば大丈夫ですよ!」


「へえ・・・何もしてなくても、月に1回くらいは食わないと駄目なのか」


 ぽん、とシズクが手を叩き、


「あー、あれじゃない? クレール様、動物の声とか分かるじゃん。

 何も考えなくても、少しずーつ、力を使ってるんじゃないの?

 それで、月に1回くらい?」


「あ、その力、聞いた! ううむ、なるほど、そうかもしれねえな」


「そうかもしれませんね!」


 ひょい、ぱく。ひょい、ぱく・・・



----------



 一方その頃、魔術師協会。


 カオルが浪人姿の忍と縁側で図面を広げ、点々と指を差しながら、


「ここに何人?」


「3名です」


「ふむ」


「この上に1人置きます」


「なるほど。上に1人・・・いや、1人で大丈夫でしょうか。

 万が一、事がありました時に」


「ふむ。ご指摘の通り、1名増やした方が安心ですか。

 では、1名増やし、さらに巡回の者を・・・このように・・・」


 ホテルの見取り図を見ながら、真剣な顔で配置の確認をしている。


「4人、3人、4人。ここに2人・・・」


「でありますから、カオル殿が・・・」


「今回はシズクさんがいるから・・・」


「外には・・・」


「巡回は・・・」


「客に紛れて・・・」


「ここは・・・」


「となりますと・・・」


「始まりましたらば・・・」


「従業員は・・・」


「部屋に・・・」


「搬入口は・・・」


 部屋の隅には、シズクの荷物の横に、畳まれた羽織袴。

 邪魔になっては、とマサヒデは床の間の前で寝転がって静かにしている。

 ふわり、と団扇でタマゴに風を送ると、黒いもやがふわっと乱れる。


(ふふふ)


 ふわり。


(気持ちいいだろう)


 ふわり。


(タマゴの中じゃ分からないかな? 少しは分かるかな?)


 ふわり。


(皆、お前を見て驚くかな? 驚くだろうな)


 ふわり。


(機嫌を損ねるなよ。最初だけだから)


 ふわり・・・


「ご主人様」


 カオルが声を掛けて振り向くと、マサヒデがにやにや笑いながら、タマゴを団扇で扇いでいる。

 ん、と浪人姿の忍も顔を向け、にこっと笑った。

 カオルがそっとマサヒデの横に座ると、気付いて頭を上げ、


「あ、カオルさん。終わりましたか」


「いえ、これからブリ=サンクへ参りたいと。

 レイシクランの皆様と会場を目で見ながら、再度確認をしたいのですが」


 よ、とマサヒデは起き上がって、カオルに頭を下げ、


「すみません。お世話をおかけして。よろしくお願いします」


 浪人姿の忍にも、向き直って頭を下げる。


「よろしくお願いします」


 忍が手を振り、


「あいや! マサヒデ様、これが我らの仕事ゆえ。さ、頭をお上げ下さいませ。

 もっともっと顎で扱き使って頂いても良いくらいで、お気になさらず」


「とんでもありませんよ、そんな事。

 本当にいつもいつも、この通り、感謝しております」


 マサヒデがぐぐっと頭を下げる。

 こうだと知っているが、面と向かって自分に頭を下げられると、慌ててしまう。


 クレールが忍に頭を下げる事は絶対にない。褒めを頂けるくらいだ。

 ずっとそうだったから、主筋にこう丁寧に礼を言われるのは、おかしな気分だ。

 だが、悪い気分ではない。


 クレールも、元々良い主だった。

 マサヒデと結婚して、さらに良い主になった。

 直属ではないとは言え、この人に仕えるのは、幸せだ。

 クレール付きの忍になれて、本当に運が良かった。


 カオルが慌てる忍を見て小さく笑い、


「では、私達は行って参ります。

 ハワード様の所にも参りまして、騎士の皆様の配置などもご相談したく」


「はい。よろしくお願いします」


 カオルと、レイシクランの忍は去って行った。

 マサヒデはまた寝転んで、タマゴを団扇で扇いでやる。

 ゆるっと風が吹き込んで、ちりん、と風鈴が鳴る。


(今日はちょっと風も暑いよな。ほら)


 ふわり・・・ふわり・・・

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