第4話 クレール道場へ・後


 トミヤス道場。


 今日はクレールが特別師範として立っている。

 門弟を2人、軽く倒し、次は死霊術を見せて欲しい、とカゲミツは言う。


 クレールが最も得意とする死霊術。

 さて、何を見せて驚かせようか。

 マツの教え、いたずら心!


「あの、お父様」


「ん? 何だい?」


 クレールがにこっと笑って、


「大きいもの、小さいもの、どちらにしましょう?」


「ああ、死霊術っても、色々あるよな。

 じゃあ、分かりやすいように、まずは大きいのから頼む」


「はい!」


 向き直り、互いに礼。

 カゲミツがにこにこしながら手を挙げ、


「じゃ、はーじめー!」


 『大きいもの』と聞いて、緊張しているのか。

 ぎゅ、と門弟が木刀を握る手に力を入れる。


 くす、クレールが笑って、すっと杖を構えた。

 少しして・・・


 びたん!


「は?」


「え?」


 鯉。

 錦鯉が、門弟の足元で、びたん、びたん、と暴れている。

 クレールは鯉を指差し、


「えっへへー! お父様、どうですか! 大きいですよね!」


「・・・」


 皆が拍子抜けした顔で、のたうつ鯉とクレールを見ている。

 カゲミツも反応に困って、変な顔で、


「ああ、うん・・・でかいっちゃでかい、な・・・うん、見事だな・・・」


「ついでに、小さいのも出しておきました!

 こっちも見て下さい!」


「?」


 ん? ん? と皆が道場を見渡す。

 何もないが、ときょろきょろしていると、カゲミツがにやっと笑った。


「おい。袴、上げてみろ」


「は? は・・・あ!」


 さわさわさわ・・・

 ば! と門弟が袴を上げると、足が真っ黒だ。

 ノミのような小さな虫が、びっちりと足に着いている。


「うわっ!?」


 門弟はがらん、と木刀を落とし、足をぱしぱしと払う。

 すいっとクレールが杖を動かすと、虫も鯉も、さーっと消えていった。


「一本だ! 毒虫じゃなくて良かったな。お前、死んでたぞ」


「は、は・・・参りました・・・」


 真っ青な顔で鳥肌を立てながら、門弟が下がって行く。

 クレールはにっこり笑って、


「お父様! 今のはお遊びでしたけど、次はいつもの死霊術、いきます!」


「お! 良いねえ良いねえ!

 今のも、ばしっと虚を突いて良かったぜ!

 なんせ、俺も突かれちまったからな!

 よーし、次、お前だ!」


「はい!」


 門弟が前に立つ。

 互いに礼。


「よおーし! 始め!」


 きり! とクレールの顔が変わり、直後、ばさっと髪が巻き上がり、襟から大量の蝶。


「うお!?」


 門弟が驚いて跳び下がる。

 ふわふわふわ・・・蝶の塊が、ゆっくりと門弟に近付いていく。


「む?」


 遅い。量に驚いたが、この速度なら避けて入れる。

 蝶を避けて跳び込もうと、ぱ! と横に跳んだが、


「ぐっ!?」


 ぐぎりっと明らかに不味い音を立てて、足を引っ掛けて、ばたんと転ぶ。

 転んだ門弟の足元に、小さなレンガのような石。

 ふわふわと蝶が門弟の顔の上で止まる。

 クレールの手元に、水球が出来ている。


「はい、一本!」


 さーっと蝶がクレールの服の中に入って行き、水球とレンガが消える。

 クレールが門弟の足に手を当てて、治癒。


「大丈夫ですか?」


「はい。もう、平気です。痛みもありません」


 立ち上がって、転がった木刀を拾い、門弟が下がって行く。


「お見事! クレールさん、流石は魔術師だ! 虚を付くのが上手いな!」


「えへへ・・・」


「さ、次はお前だ!」


「はい!」


 門弟が立ち上がり、クレールの前に立って、互いに礼。


「な、クレールさん、もちょっとこう、ばーんと派手なのある?

 火ぃとかじゃなくて、死霊術でさ、派手なやつ」


「ううんと・・・色々ありますけど・・・」


 大して魔力は使っていない。

 夕方までみっちりやっても、余裕そうだ。

 何か、びっくりしそうなものは・・・何にしよう?


「よし! 次はそれ見せてくれ!

 じゃ、始め!」


「よおし・・・」


 さすがに大きいので、ぶつぶつと小さく呪文を唱える。

 お、とにやにやしていたカゲミツが顔を変えた。


 普通の魔術師であれば、今までの術でも呪文を唱える者が多いだろう。

 呪文を唱えないと、魔力を大きく消費するからだ。


 さて。ここまで、クレールは一切呪文を唱えていなかった。

 それはもう、大量の魔力があるのだ。

 そのクレールが呪文を唱えるとなると、一体何を出すのか。


「ん?」


 ほんわり、何か大きい・・・と思ったら!


「う!?」


 と、前に立った門弟が声を上げた。


「うわ!」「あっ!」


 壁際に並んだ門弟達が、驚いて腰を浮かせ、じりじりと離れていく。


「えへへへ! 今度は本当に大きいですよ!」


 虎だ! 虎がいる! 道場に虎がいる!

 門弟たちの顔は真っ青だ。


「おおー! すっげえー! これはでっかい!」


 シズクだけが喜んでいる。

 門弟達は、驚きを超えて恐怖の顔。

 クレールはにこにこしながら、


「これに勝ったら、虎殺し! かっこいいですねえ!」


「・・・」


 前に立つ門弟も、顔を蒼白にして虎を見つめる。

 じー・・・と虎が下からこちらを見ている。

 目を逸したら、やられる。


 虎の顔を見つめながら、ゆっくり・・・ゆっくり・・・

 じわじわと下がって行く。

 のそ、と虎が前に出る。


「猫ちゃーん! 遊んであげて下さーい!」


「ははははは!」


 カゲミツが笑い声を上げ、ぱん! と膝を叩くと同時に、ば! と虎が門弟に跳びかかった。


「うあっ!」


 前足を肩に乗せられ、のしかかられて、ばたん! と倒される。

 虎が口を開けている!

 牙が目の前!

 喰われる!

 思わず目を瞑ったが・・・


 ざらり。ざらり。

 顔に変な感触。

 生きている・・・


「ん?」


 恐る恐る目を開けると、門弟の目の前に虎の顔。


「う!」


 べろん、べろん、と顔を舐められている。

 舐められるたびに、ざらり、ざらり・・・


「あーはははは!」


 カゲミツの笑い声が響く。

 クレールが杖を振ると、すうっと虎が消えた。


「よおし、一本!」


「あっ、あっ、あり、がっとうござい、ございました・・・」


 腰を抜かした門弟が、這って木刀を拾い、壁まで下がって行く。


「ははは! 虎と遊べるなんて、滅多にない経験をさせてもらったな!

 クレールさん、ありがとうよ!」


 カゲミツが這いずって行く門弟の方を向き、


「おいお前! だらしねえ格好してんじゃねえ! 立て!」


「はっ、はっ・・・」


 立ち上がろうとしたが、完全に腰が抜けている。

 カゲミツが「ふう」と息をついて、


「全くだらしねえな。おい! お前らもしゃきっとしろ!」


「はい!」


 返事は良かったが、皆、顔が蒼白だ。



----------



 昼近く。

 そろそろ、朝稽古も終了。


 門弟達は散々に驚かされ、叩きのめされたはしたが、1回1回クレールが丁寧に治癒を行うし、マツのように全く見えもしないうちに、訳も分からず、などと言うこともなかったので、俯くような事もなく、驚きつつも、しっかりとクレールの魔術を見ていた。


「さあて、そろそろ飯の時間だな!

 じゃ、次が最後な! クレールさん、あれ頼むよ」


「あれ?」


「ほら、レイシクランって言ったら、あれだろ。

 霞みたいに消えちまうって、あれ!」


 やっぱり。

 カゲミツのことだから、願われると予想していたが・・・


「お父様、あの力、体中の体力を使ってしまって。

 立っていられなくなっちゃって・・・」


 シズクもカゲミツの方を向いて、


「カゲミツ様、前にマサちゃんとやった時なんか、ほんの少しでばったり倒れて、気ぃ失っちゃんだよ」


「何! マサヒデは見たのか? じゃあ俺にも見せてくれよ」


(都合の良い所しか聞いてねえ!)


 と、門弟達が困った顔でシズクを見る。

 可哀想に・・・と、クレールにも目を向けられる。


「なあなあなあ、見せてくれよ! ちょっとだけ! 一瞬で良いから!

 こいつらに勉強させてやると思ってさ、な? な?」


 ぐいぐいとカゲミツが押してくる。


「じゃ、じゃあ・・・ちょっと、だけ・・・」


 断りきれず、言ってしまった。

 あちゃー、とシズクが顔に手を当て、下を向く。


「やった! じゃあ、相手は俺な。お前ら、しっかり見とけよ!」


「はい!」


 一瞬だけ、消えるだけ。

 消えたまま、魔術を使わなければ、ぎりぎり持つだろうか?


「シズクさん、開始の合図、頼むな!」


「うん・・・」


 シズクが困ったなあ、と言う顔で、クレールを見る。

 立ち上がってクレールに向かうカゲミツの後ろから、親指と人差し指で「ちょっとだけ」と見せ、頷く。

 クレールも渋い顔で、小さく頷く。


「さ、いつでも良いぜ!」


「じゃ、始めー」


 シズクの開始の合図と同時に、さー、とクレールの姿が消えた。

 おお!? と門弟達の声が上がる。


「お? お? おお・・・」


 きょろきょろとカゲミツが周りを見渡す。

 本当に気配もない。全く、何もない。

 クレールの居た所にゆっくりと竹刀を振る。


「何だこりゃあ! こりゃすげえ・・・」


 何の手応えもない。

 これは一体、と驚いた顔のカゲミツを見て、


(ああ・・・もう駄目かも・・・)


 ぺたん、と座り込んだクレールが、カゲミツの足元にすうっと現れた。


「申し訳ありません・・・ここまでで・・・」


 駄目だ。もう立てない。


 ぺったり。

 クレールが前のめりに倒れ、床に顔をつけた。

 視界が歪んできた。


「あっ!?」


 カゲミツが竹刀を放り出して、足元のクレールの肩に手を置く。

 シズクもばたばた駆け寄ってきて、クレールの隣に座り込む。


「大丈夫か!?」「クレール様!」


「何とか・・・」


 ふう、とシズクが息をついて、


「あーあ。もう、カゲミツ様、言ったじゃないか」


「す、すまねえ! 本当に、ここまでとは思わなかったんだ!」


 朦朧とする意識で、クレールが呟く。


「ごめんなさい・・・お父様、ごめんなさい・・・」


「あ! 良いんだ! 喋るな! そのまま動くな! 口も開くな!」


 カゲミツが慌ててクレールを軽く押さえる。

 皆が驚きと、可哀想に、という哀れみの混ざった目で、クレールを見ている。

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