第7話 忍の警備・後


 夕刻。


 カオルが郊外のあばら家へ向かう。

 ブリ=サンクでクレールの名を出し、特別に弁当を作ってもらう。

 クレールの執事に頼み、ワインも1本用意。


 がさがさと草をかき分け、顔を出した番の騎士に頭を下げる。


「お疲れ様です。こちら、皆様への差し入れをお持ちしました」


「や、これはカオル殿、ありがたい。

 ささ、お入り下さい」


「では」


 あばら家の縁側で、アルマダとトモヤが棋譜を見ながら指している。

 騎士2人は、奥で馬の毛を梳いている。

 騎士に頭を下げ、縁側に向かい、


「ハワード様、トモヤ様」


 2人が顔を上げ、


「ああ、カオルさん」


「お、カオル殿。今日もきりっとして決まっておるの!」


 にこりと笑って、弁当とワインを置く。


「本日は豪華に、ブリ=サンクで作って頂きました。

 このワインは、レイシクラン産を分けて頂きました」


「これはこれは!」


「なんと、ブリ=サンクといえば、あのでっかいホテルじゃな?

 おうおう、パーティーより前に試し食いが出来るとはの!」


「ふふふ。お楽しみ下さい」


「それで、マツさんの様子はどうですか?

 シズクさんは、大丈夫だなんて言ってましたが」


「全く平気です。もう酒も呑んでおりますし」


「酒!?」「何!?」


 驚いて2人がカオルを見る。


「ご出産の様子ですが、陣痛も一切なく、何かタマゴが動いたような? ときたら、ことりと小さな鶏卵ほどの大きさのタマゴが落ちまして、終わりです」


「ええ・・・」「何じゃそれは・・・」


 2人は驚きで物も言えない。


「産まれた直後、タマゴが少し大きくなりまして、このくらいに。

 その後、安定して、大きさは止まっております」


「・・・」「・・・」


「タマゴの中には、既に小さな赤子が。

 お医者様が魔術の器具を使い、私も中の赤子を見せて頂きました」


「そうですか・・・」「そうか・・・」


「ふふふ。タマゴを初めて見た時の、お二方の驚きの顔が目に浮かびます。

 かく言う私も、あのタマゴを見た時は、最初は火でも吹かないかと」


「火を吹く? どういう事です? タマゴが火って」


「まあ、そこはご覧になってみてのお楽しみ、と言う事で」


「カオル殿、気になるではないか! 教えて下さらんか?

 熱いのか? 赤いのか? 光っておるのか?」


「そこまで気になるのでしたら、今からでもご覧に行ってみては?」


「そうですね。元気だと聞いても、マツ様も気になります」


 さ、とアルマダが立ち上がったが、


「あ、ハワード様と騎士の皆様方には、少し当日の警備でお話が」


「む・・・」


 ちら、とアルマダがワインを見る。


「折角のワインを無駄にしてはいけませんね・・・」


「申し訳ございません」


 トモヤは自分を指差して、


「ワシは行っても構わんの?」


「ええ。ご主人様も見てきて下さい。

 ふふ、私の口から言うのもなんですが、あれは親馬鹿というもので。

 にやにやしながら、今日は暑かろうとタマゴを扇いでいた始末。

 私が横に座るまで、お呼びしても気付かない有様でした」


「はははは! 殻の外からか! マサヒデの親馬鹿、見せてもらおうかの!

 では、アルマダ殿! お先に失礼! わーっははは!」


 トモヤがぶんぶんと腕を振って出て行った。

 出て行くトモヤを見送って、アルマダが座る。


「ふう・・・で、当日の警備のお話とは」


「まあ、簡単なものです。騎士様方の配置と、ハワード様にお願いを・・・」


 がさ、と見取り図を出して、アルマダの前に広げ、


「ハワード様、騎士様方は4人。配置に迷っておりまして。

 ここは武門であり、貴族でもあるハワード様のご意見をと」


「なるほど」


「置くとすれば、ホテル入口。玄関。ロビー。レストラン入口」


 ひとつひとつ、カオルが指を指していく。


「騎士様方は4人。それぞれ、入り口左右に置きますと、2箇所。

 ハワード様から見まして、最も箔が付くのはどこでしょう。

 そこに、皆様に配置をお願いしたいと思います」


「ふむ」


 アルマダが顎に手を当て、


「レストラン入口は、警備面もありますから外せない。

 まあ、警備の実質は、カオルさんとレイシクランの皆さんですが・・・

 これは、招待客の皆様へ、安心感を与えるためですね」


「おお、なるほど! そういう役目ですか!」


「もう1箇所は・・・玄関、ですかね。

 ホテル入口だと遠いし、馬車からでは見過ごす方もいるでしょう。

 こういうのは、見えるというか、見せる、と言う所が大事です」


「見せる。ううん・・・流石はハワード様です」


「マサヒデさん達は、ロビーで出迎えをしますよね」


「はい」


「であれば、ロビー内はいりません。

 マサヒデさん達に目が行くから、騎士を置いてもあまり、という訳です。

 人数がいるなら、ずらりと並べますが」


「なるほど・・・分かりました。

 それから、ハワード様にも、出迎えに立って頂きたいと考えておりますが、引き受けて頂きますでしょうか」


「それは構いませんが、私で良いんですか?

 マサヒデさんの家族でもありませんし、招待客の1人ですよ」


「カゲミツ様には、身分のある御方にも、態度は変わらずとお聞きしております。対面でお話し合い、という場であればともかく、初めてお会いして、さらっと挨拶をして、と言う場合、ご身分のある方には、どうかと思う方もおられるかと」


「ははあ、そういう時に私が前に出て、という訳ですね」


「奥方様、クレール様もおられますが・・・奥方様は、世にも有名な元王宮魔術師。一般の町民には恐れられておりますが、オオタ様、マツモト様とは普通にお付き合いしておりますから、他のギルドや協会などの役職の方々も、そんな方ではないとご存知でしょう。クレール様においては、魔の国随一のレイシクラン。お二人共、この機会に何とか仲を、と、我も我もと囲まれると思いますから」


「目に浮かびますね」


「ご主人様は、御身分のある方だと、がちがちになってしまいましょうし」


「ははは! クレール様とのお見合いを思い出しますよ!」


 くす、とカオルも小さく笑い、


「そういう訳で、ハワード様におかれましては、私と一緒に、そこを捌いて頂ければ・・・と」


「ええ、分かりました。引き受けます。

 出来る限りの事はしましょう」


「助かります。で、こちらがレイシクランの皆様の配置です」


 もう一枚、カオルが見取り図を出す。

 点や丸、人数、巡回経路が書いてある。


「良いんですか?」


「許可は頂いておりますので、御覧下さい。

 ハワード様から見て、警備の穴などあればご指摘を頂ければ、と」


「ふうむ・・・」


 アルマダがじっと図面を見つめる。


「レイシクランの皆さんが、ここまでの配置・・・ですか」


「これは暫定でして。厳しく固めすぎす、ぎりぎりゆるい箇所を、ひとつふたつ作っておきます。ここまでの警備に忍び込もうとする輩を誘い込む為です」


「そうですか・・・しかし、こんな厳しい警備なんて、必要ないと思いますよ。

 カゲミツ様に、マツ様に、招待客にはコヒョウエ先生も来られるでしょう。

 そんな所に忍び込もうとする輩は、いないのでは。

 適当に招待客や従業員に混ぜておくくらいで、構わないと思いますが」


「実は先日、魔術師協会に、堂々と玄関から入って来た忍がおりまして」


「え!?」


 驚いてアルマダが顔を上げる。


「魔術師協会は、レイシクランの皆さんで固めているではありませんか!

 家の中には貴方も居るのに、そこに堂々と玄関からですか!?」


「ハワード様は、既にお会いしておられます。

 試合の時の、あの無刀取りの忍です」


「あの男か! ううむ・・・尋常ではないと思いましたが、そこまでとは」


「我らに敵意はないと分かりましたので、今の所、問題はありません。

 ですが、世にはそういった者もおります。

 私も、レイシクランの皆様も、気を引き締め直した、という所です」


「ふむ。魔術師協会に、堂々と正面から入ることが出来る忍がいる。

 そういう者がいると分かれば、この厳重さも良く分かりますね」


 アルマダが険しい顔で見取り図に目を戻す。


「ハワード様でしたら、この警備、どう攻めましょう。

 味方に、私が10名つきます。この配置図も入手済み。

 目標は・・・そうですね、マツ様が抱いているタマゴの奪取」


「・・・」


 見取り図が切り裂ける程の目で、アルマダが図面を見つめる。


「カオルさんを2名・・・レストラン、調理場へ。

 見つかっても構わないので、スタッフを殺しに向かわせます。

 まあ、殺せなくとも構わない。とにかく、暴れさせます。

 警備の忍が来たら、逃げる。完全に振り切らないように」


「ふむ」


「あと2名。これも見つかっても構わない。騎士を襲わせる。

 これも同じく、警備の忍を振り切らないように逃げる」


「・・・」


「こうして、警備の忍を少しでも離れさせます。

 そして、1人は窓の外。もう1人、反対側の窓の外。

 騒ぎが招待客に広まった所で、残りで会場内へ入る。

 変装したカオルさんに近付いてもらい、味方を装って避難を指示。

 急ぎの避難を理由に、口八丁で、何とかマツ様からタマゴを受け取ります。

 即看破されるでしょうから、受け取ってすぐに窓へタマゴを放り投げる。

 逃げ切る事が出来れば、成功ですか・・・1割もないですかね」


「成功率が五分もあれば、十分に脅威です」


「静かに行くなら・・・客に混じって忍び込む事が成功したら、ですが・・・

 変装はしますが、マツ様に堂々と近付きます。

 どうせ看破はされますから、使いのふりです」


「使いですか?」


 アルマダが頷き、


「『魔王様からマツ様に通信が』と言って、パーティーを離れさせます。

 通信機は、ギルドか魔術師協会にしかありませんが、魔王様からの通信です。

 これは、パーティーを抜けてでも出ないといけないでしょう。

 そこを狙う・・・か・・・ううむ・・・今浮かぶのは、この程度です。

 ふう、いや、我ながら情けないものです・・・」


「いえ。上手い手です。参考になりました」


「ふふふ。そうですか? では、ワインを頂きましょうか」


「は」


 カオルは立ち上がり、配置の書かれた見取り図を焚き火にくべてから、ワインの栓を抜いて、アルマダのグラスに注いだ。


「流石、レイシクランのワインだ・・・香りが段違いですね」


 アルマダのグラスが、沈みかかった夕陽をきらりと反射する。

 目を閉じて、アルマダがワインを口に含む。

 開けた瓶の口から、ワインの香りがふわりとカオルの鼻をくすぐった。

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