第24話 ラビリス防衛計画


「団長さん! お元気ですか。付いてきちゃいました。モウカエレマセンヨ」

 私が笑顔でそう言ったら、

「ありがとう」

 と、一言だけ団長さんは言った。いっぱい言いたいことがありそうだけど胸にしまっている顔だった。




 私たちは、ラビオリ領の領都ラビリスに着いた。高さ4mほどの石壁が周囲を囲んでいる堅牢な城塞都市だ。入り口はもう通行止めされていて、門の上や城壁の上には武装した兵士が弓を構えている。迎撃準備がすでに始まっているのが分かった。私は門の少し前で魔道バイクから降りて収納し、団長さんの馬に乗せてもらっている。セリーナはアルマさんが乗せてくれている。


 貴族門で団長さんが顔を見せ訪問理由を話すと直ぐに入れてくれた。さすが、顔パスである。門兵の一人が城に向かって馬を走らせるのが見える。


 しばらくすると城から馬が一騎駆けて来て、武人らしい人が馬から降りてやって来るのが見える。


「ルーク、まさかと思ったが来てくれたのか。助かるぞ」

「兄上、ご無沙汰しております」


「うむ。こちらのご令嬢は、どちら様かな?」

「お初にお目にかかります。サリー・グレアムと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


「遠い所をよく来られました。私は、ルークの兄でアーノルド・ラビオリと申す」


 ルーク団長の長兄、アーノルド・ラビオリ様は、ルーク団長と同じように銀髪で青い瞳が印象的な人だった。とにかく、好意的に迎えられて良かったと思った。


「兄上、状況把握をしたいのですが、教えていただけますか?」

「城に行って話そう。付いてきてくれ」


 そう言って、アーノルド様は、馬に乗り先導してくれる。

 私たちも、後に続いた。


 城の会議室で、話は始まった。テーブルには地図が広げられている。


「現在オークは、ここからあと1日の所をこちらに向かって移動中だ。数は約5000ほどだ。我々の防衛拠点は城にした。領の町民村民は、全員この領都に集めてある。領兵全員で城を守るというのが作戦になる」


「ならば、自分の土魔法でこの城壁の周りに堀を作ったらどうでしょう。防衛力が高まります」

「それはいい。土魔法使いのルークが帰って来てくれて助かった。堀を作ったら水を入れておぼれさせるか、杭で刺したい所だが、あと1日だと間に合わんな」


「それならば、堀の中に毒ガスを入れて、落ちたオークが死ぬようにするのはどうでしょう」


 今まで黙っていた私がいきなりそう言ったからか、毒ガスなどという物騒なものを撒かれたくないと思ったのか、アーノルド様が目を見開いてこちらを見る。


「その毒ガスというのをもう少し詳しく聞かせてくれ、住民への問題や、後始末に問題は無いのだろうか?」


 アーノルド様が、うさんくさいものみるような目で聞いてくる。

 全員の視線も一斉にこちらに向く。こんな景色は久しぶりだ。さあ、うらら先生の登場だ。


「詳しくは説明できませんが、空気中に入っている成分ですので、少し吸うなら安全なガスです。空気より重たい性質があり、物が燃えると出来るガスでもあります。これが堀の底にたまっていると、まるで空気がなくなるような状態になって、呼吸ができなくなり死ぬと思います。色もにおいもないですし、強い風を送って追い出せば後始末に問題はありません」


 アーノルド様の顔がホッとしたような顔になった。だが、みんなの顔がそんなガスは聞いたことが無いと言っている。そこで、もう少し付け加えた。

 

「このガスがたまっていると火が消えます。そこで、古い井戸の中や鉱山の採掘現場に偶然このガスがたまっていると死ぬこともありますから、用心のため火の付いたカンテラなどを持って行くこともあるようですよ」


 そう言ったら、ようやくみんなの顔が納得したような顔になり、うなずいている。


「だが問題がある、そのガスをどうやって堀の底に、それも大量に仕込むのはどうするのだ?」


 またも、目を細めたアーノルド様から質問が来る。


「それに関しては、私の魔法でできますが、固有魔法のため詳細は秘密です。申し訳ありません」


「兄上、サリー嬢は私が信用できると思っている方です。ここは信用してこの策に乗ろうではありませんか? それに、毒ガスを使う方法を提案していましたが、決して悪人ではありません。私と孤児院の訪問を重ねている、心優しき女性であります」


「ルーク様……」


 まるで告白されたような衝撃が私の心にズキンと来る。


「よし、その作戦を採用しよう」

「あの……、もうひとつ策があります」


 おずおずと口を開くと、みんなの視線がこちらに集まる。


「ルーク様が、空堀を掘られると大量の土が出ます。それを城の壁のように積み上げます。入り口は広くして、城壁に近づくほど狭くなるようにします。奥へ行くほど狭くなる谷を作るようなものです。そうすると大群だったオークも谷から出て来る時には少なくなりますので、各個撃破が容易になります」


「なるほど。それは興味深いな。それで、出口で待ち構え、上からも攻撃するのか?」


 アーノルド様は、今までと違って、体を乗り出すようにして聞いてくる。


「その通りです。矢を射かけるのもいいですが、他にも方法があります」

「ほう。申してみよ」


「はい。私は今回、油と小麦粉を大量に持って来ています。上から油を撒けば人工的に作った山でも滑って登りにくくなります。油を入れて投げやすくしたビンもありますので、それに火を着けて投げればたくさんのオークを火だるまにすることができます」


「なかなかエゲツナイのう。しかし小麦粉とは何をするのだ。オークを料理するのは間違いないだろうがな。ハッハッハ」


 少し冗談めいたやわらかい口調に変わってきたなと思いながら次を話す。


「はい。粉塵爆発というものを利用します。大量の乾いた小麦粉が空中を舞っている状態で、小麦粉に火を着ければ一瞬で全体が燃え、大爆発を起こします。とても危険ですが、やる価値はあると思います」


「なるほど、これもエゲツナイが、タイミングが大事であるな。先に火があれば、小麦粉を撒いたとたんに爆発して、味方に損害が出るであろう」


 このお兄さん、ちゃんとわかっているなと思いながら話を続ける。


「その通りです。効果が高い分、こちらの指揮命令系統が大事になります。順序としては、油を撒く、小麦粉を撒く、火を着けるの順番でしょう。火の着いた物がある状況で小麦粉を撒くのは非常に危険です」


「これは面白い話を聞けた。ルークお前の知り合いのお嬢さんはなかなかの切れ者だな。大事にせねばな」


「はい。大事にしたいと考えています」


 2人の会話を聞きながら、一気に顔が熱くなって、とてもいごこちが悪くなった私だった。

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