日記18 救出
「ひゅっはッッッ……!!」
強烈な勢いで壁に叩きつけられ、俺は意識を失いかけた。
幾数もの傷を受けたが、瞬時に傷は癒え、強制的に意識が取り戻される。
俺は枯葉のようにひらひらと落ち、地面に着地した。
まずいまずいまずい。
俺は焦っていた。
俺はラミアの力を受け継いでいる。だから即死レベルの攻撃を受けない限り、永遠と傷は癒え続けるが、確実に消耗はしていた。
固有魔術は奴の咆哮で半減させられるし、俺の剣術では首も落とせない。
そもそも鱗が硬すぎて刃すら通らないのだ。
俺はひたすらに魔術で攻撃し続けていた。
氷魔術『
俺の背後で長さ30センチ程度の氷柱が円状に形成され、銃弾のように高速で敵を穿つ。
いくらやつの鱗が硬いとはいえ、ダメージは与えられていた。
しかし、このままではジリ貧だ。
俺の魔力が尽きるのが確実に早い。
魔力が尽きれば風魔術で回避もできないし、距離を取ることもできない。
『うー。騒がしくて寝られんわ!』
『起きたかラミア!』
『……。なに地竜如きで手間取っておる。そやつは竜の中でも雑魚な部類じゃぞ』
『んなこと言われても剣が通らないんだ!』
ようやくラミアの声が聞こえてきて、俺は内心叫びまくった。
これほど安心したものはない。
我ながら情けない。正直、俺一人でこいつを片付けたかったし、自信はあった。
剣術がまだまだだったな。
魔術は接近戦に弱い。
俺のイメージ自体が接近戦の想定に乏しいというのも原因の一つかもしれない。
援護射撃ならいけるが、ワンオンワンになるとどうにも動きづらい。
武術か剣術を習っとけばよかった。
『ラミア、どうしたらいい』
『肉体の主導権は今、シンにある。主導権を私にすれば、私が倒してみせるが……』
『が?』
『この体は本来シンのもの。交代できる時間は短いし、そう何度もできるわけではない。この地竜を倒すのが本題ではないじゃろ?』
『ああ。だから後は俺に任せてくれ。今度こそやってみせる』
『はあ。面倒臭いが、シンのためじゃ。助けてやっても良いぞ』
『恩に着るよ』
俺はこの体、そして魂をラミアと共有している。もちろん体の主導権は本来俺にあるが、場合によっては彼女に渡すことも可能だ。
その場合、もちろん制限時間はあるし、一度やって仕舞えば当分の間は交代できないだろう。
そして、交代には互いの承諾が必要となる。
俺は初めて、この体をラミアに渡した。
ゲームで言えばオートモードってか?
俺はラミアを信頼している。
彼女も俺を信頼している。
だから大丈夫だ。俺たちは二人で生きていくと、あの時誓い合ったからな。
目の前の地竜が勝機を逃さぬと言わんばかりに、俺に爪を浴びせようと距離を詰めてきた。
視界がぼやけてくる。
地竜の姿が二重に見えてきた。
朦朧とした意識の中、俺の視界はプッツリと、暗くなった。
◇◆◇
迷宮内で、大きな衝撃波が生じた。
あまりに凄絶な威力のせいか、地震が起きたかのように内部が揺れる。
「ふむ。その程度か。まあ、予想通りといったところか」
地竜の爪。シンという名の男の顔面を抉り取るはずだった爪は、何が起きたのか、たった一本の人差し指によって阻まれていた。
見た目は同じだ。しかし、明らかに先ほどまでとは雰囲気が違う。
ラミアはニヤリと、さぞ面白そうに笑った。
地竜の爪は、ラミアの顔を抉ることはできず、せいぜい彼女の人差し指の皮一枚を切る程度だった。
たらりと、一滴だけ、血が滴る。
しかし、それだけだった。瞬時に傷は癒え、元に戻る。
地竜は後ずさった。
身を低くし、足をバネのように縮め、いつでも跳躍出来る格好になる。
「ふん、トカゲ風情が。巷では最高種という名で呼ばれておるらしいの」
「それは人間の中でか? はたまた魔物の中でか? 魔族の中でか? それにしてもあまりに視野が狭すぎる。世界を知らなすぎる」
「私が最高というものを一度教えてやろう」
吸血鬼は街は愚か、国一つ、いや二つでさえ、その気になれば容易く滅ぼすことのできる力を持つ。
彼女は今や全盛期の力を持ってはいない。
力は半分以下だろう。
体を借り、魂を共有しているにすぎないのだ。
しかし。
目の前のトカゲ1匹を容易に惨殺できる程度の力は、持ち合わせている。
固有魔術【鮮血なる女王】
空気が、一変した。
肌を焦がすような緊張がほとばしり、冷気が辺りを覆い尽くす。
ラミアの眼光はさらに鋭くなり、髪は燃えるように赤く染め上がる。
「ギャぁァァァアァァ!!!」
地竜が咆哮するも、それは瞬時に虚空に消えた。
トカゲ程度の咆哮など、女王の前では産声同然だった。
「……」
ラミアは一歩、地竜に詰め寄った。
地竜は一歩、後ずさった。
ラミアは剣を抜き、再び距離を詰めた。
地竜はさらに一歩、後ずさった。
地竜の背後の空間はいつしかなくなり、地竜は後ろ足は壁にくっついていた。
もう、逃げられなくなってしまったのだ。
「ギャァァァアァァ!」
逃げられないことを悟った地竜が次に考えたこと。それは賭けだった。
一か八か、ラミアを切り刻んでしまおう。
そう思ったのかもしれない。
空気を切り裂き、鋭い音が響く。
鮮血が舞った。
地竜の腕はいつのまにか切り落とされ、あまりの痛さに地竜は雄叫びを上げる。
地竜は生命力も強い。
瞬時に止血し、傷口を癒すが、無駄だった。
ラミアは目にも止まらぬ速さで地竜の懐に潜り込むと、剣をアーチのように描いた。
ぼとりと、まるで食材でも切るかのように、地竜の首は落とされた。
「ふう。あとは……」
ラミアは完全に息絶えた地竜の腹を斬ると、中から少女を引っ張り出した。
水魔術で綺麗に洗い、風魔術によって水分を飛ばす。
シアーシャはまだ息をしているようだった。
眠っているらしい。
「よく生きておったな、小娘よ」
シアーシャはイリーシャと違い、髪は少し赤みがかっていた。
同じなのは、エルフ特有の尖った耳くらいか。
双子なだけあって顔立ちはよく似ている。
ラミアはゆっくり、シアーシャの頭を膝に乗せ、撫でる。
彼女の優しい声のみが、迷宮内で静かに響いた。
◇◆◇
目が覚めると、目の前に無惨に細切りにされた地竜が放置されていた。
「わぁーお」
うん。なんというか、見るだけでなんか可哀想になってくる。
どんな戦いが繰り広げられたのか分からないが、なんとなく予想できる。
また、ラミアに頼ってしまったな。
これは俺の力量不足だ。しかし、やるべきこと、課題はすでに分かった。
あとは努力あるのみって感じか。
セレーヌの稽古をもっと増やしても良いかもしれないな。
「おっと」
今の今まで気が付かなかったが、俺の膝の上に頭を乗せ、仰向けですやすや寝ている少女がいた。
イリーシャにとてもよく似ている。
薄い赤色の髪の毛。尖った耳。
成長途中のささやかな胸。
ラミアはシアーシャも助けてくれたのか。
なんだかんだ言って優しいやつだ。
しかしこれ、逆のシチュエーションが良かったな。
まあ、これでもなかなか刺激的だが。
「……」
「あ、あんた誰よ!」
まじまじと見ていると、パッチリと目を開いたシアーシャと目があった。
目、大きいな。
「お、俺は怪しい者じゃない」
「本当かしらね!」
シアーシャはさっと飛び退いて、俺の方を向いて構えた。
武術家か? 構えが様になっている。
しかし、シアーシャはイリーシャとは正反対の性格かもしれない。
イリーシャは静かで、俺の後ろに隠れているタイプだが、シアーシャは違う。
少し吊り目で、声が大きい。堂々としている。
言いたいことはハッキリ物申すタイプだ。
双子だから見た目はかなり似ているが、内面はかなり異なるようだ。
「俺は、いや、俺たちはこの迷宮の攻略にきた」
俺は事の顛末を全て話した。
転移魔法陣によって俺だけこの場所に転移された事。
セレーヌ、ノゾミ、そしてイリーシャは別のところでおそらく何者かと対峙しているであろう事。
シアーシャは俺の話を黙って聞いていた。
色々突っかかってきそうな気配だったが、意外だった。
「シン! あたしを助けてくれて、感謝するわ!」
「ああ。厳密に言えばちょっと違うが。まあ、無事でよかったよ、イリーシャ」
「それじゃあ、助けに行くわよ!」
「いや、お前は先に地上に上がった方が……」
シアーシャは俺と一緒にセレーヌ達の元へ行くつもりらしい。
しかし、危険だ。
「舐めないで頂戴! あたしは戦えるわ!」
「うおわっ!!」
シアーシャはそう言うと、ダッと地面を蹴って俺に肉薄した。
鋭い踏み込みと、軌道の見えにくい拳だ。
俺はバックステップで、威力を殺し、彼女の拳を受け止める。
「あんた……。なかなかやるわねっ!」
「シアーシャこそ」
拳を受けた手がジリジリと痛む。
かなりの威力だ。
これも精霊の加護だろうか。よく分からん。
だが、少なくともイリーシャは回復系の精霊の加護。
シアーシャは武術系の加護らしい。
二人合わせるとかなり相性が良いだろう。
『よし。じゃあ行くか。みんなが待ってる』
「あ、ちょっと待ちなさいよ!!」
擬態を解いて、俺はすぐに駆け出した。
匂いで場所は分かっている。
セレーヌがいるから持ち堪えられると思うが、心配だ。
俺はシアーシャの救出に成功した。
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