日記17 地竜と対峙しました

――シン視点――


「……。こ、ここは」


 徐々に視界が取り戻されていく。

 転移魔法陣のトラップに引っかかってしまったが、どうやらまだここは迷宮内らしい。


 不幸中の幸いというやつか。

 迷宮の外に転移されたり、もしくはここから遠く離れたところに転移させられたらどうしようもなかった。

 これならすぐにセレーヌたちのところへ合流できる。


 さて、どうしようか……。

 このまますぐにでも、嗅覚を頼りにセレーヌたちと合流したいところだが。

 目の前の相手はどうにもそうはさせてはくれないようだ。

 

 広い空間だ。

 ただ1匹を囲うようにして、ところどころに迷宮を支える柱がある。

 天井は高く、サッカースタジアムを彷彿とさせる広さだ。

 その空間の中央。俺の目の前。


 そこには、地竜が佇んでいた。


 金色の双眸が俺を捉えて離さない。

 数ある竜の中ではその地位は低いが、地を這う魔物の中ではこいつの右に出る者はいない。

 背中には翼、見上げるほどの巨体。肉を覆う頑丈な鱗。

 嫌な奴に出会ってしまった。

 どうやら、俺の予想は当たっていたようだ。

 しかし、何故こんなところに。そしてどうやって。

 セレーヌの言う通り、迷宮の周辺には足跡などはなかった。


「転移魔法陣か……」


 おそらく、転移魔法陣を仕掛けた何者かがこの迷宮内に潜んでいるな。

 そして地竜をここに召喚した。

 しかし、何故?

 なんの目的が。頭の中で疑問が湧き出てくる。


「シャァァァァァ!!!!!」


 地竜が咆哮する。

 俺は全身の毛が逆立つような感覚に襲われた。

 犬として、動物としての本能が、「逃げろ」と叫んでいる。

 

「これは……。やはりシアーシャがいるな」


 地竜の中、厳密に言えば腹の中に、イリーシャに似た匂いを俺は確かに嗅ぎ取った。

 シアーシャがこの地竜の腹の中にいる。

 間違いない。


 厄介なことになったな。

 しかし、こいつを倒せばシアーシャを助けられる。

 手っ取り早い。

 問題はどうやって助けるか、だ。

 まともにやりやって勝てるのか? 今の俺で。

 そりゃあ地竜を倒して、腹を切ってシアーシャを助け出せれば簡単だ。

 そう易々とはさせてくれないだろう。

 作戦が必要だ。

 

 だが、地竜は俺に考える暇をくれないようだった。

 翼を広げ、咆哮し、巨体には似合わぬスピードで突進する。


「お、うぉぁ、速すぎだろっっ!!!」


 地竜の鉤爪が、勢いよく俺の目の前に降り注いだ。

 砂埃が舞い上がり、地面が隆起する。

 

 とてつもない威力だ。大型トラックに突っ込まれるより破壊力があるぞ。


 ギリギリのところで俺は人間の姿になり、そのまま壁を走り抜ける。

 

「【鮮血たる血の眷属】」「【英雄候補】」


 ドキリと心臓の拍動が速くなり、全身から力が溢れ出す。

 身体能力が向上し、俺はラミアさながらのスピードで走り抜けた。


 壁を蹴り上げ、剣を抜き、地竜に肉薄する。

 砂埃が薄まる中、ギロリと地竜が首鎌をもたげる。

 いける。捉えた! そう思ったが。


「シャァァァァァ!!!!」


 奴は避けることなく、ただ咆哮した。

 俺の剣が目の前に迫りながら、ただ目を見開き、威圧する。

 俺はその威圧を真正面から受けた。


 体全身を突風が襲い、キーンと耳の奥で鳴り響く。


 体から力が抜けていき、固有魔術、【鮮血たる血の眷属】の効果が薄まっていく。


「な、なんだと……!」


 俺の剣は地竜に届かなかった。

 否、確かに届いた。しかし、なんのダメージにもならなかった。

 斬撃がいとも簡単に鱗に弾かれる。

 地竜が大きく首を回し、俺は勢いよく壁に叩きつけられた。


 竜が持つ固有魔術、【最高種の咆哮】。

 それは全ての固有魔術の効果を半減、もしくは無効化させる。


「やべぇな」


 俺の固有魔術も例外なく、竜の前で無効化されてしまった。

 ラミアーーーー!!

 早く起きてくれぇぇ!!!!



――セレーヌ視点――



「シ、シン君! ど、どうしよう」


 シンが転移魔法陣により転移させられた後、セレーヌは呆然としていた。

 ノゾミは顔を青くさせ、動揺を隠し切れていない。


「一旦引きましょう。私たちでは、この先に進むことはできません」


 この広い部屋には扉が前と奥で二つある。

 一つは入ってきた時の扉。つまり入口である。

 そしてもう一つは、次へと進むための扉だ。

 全てのアームスパイダーを倒した後、カチャリと、確かに奥の扉の鍵が開く音がした。


 それからだ。

 今に至るまで、凄まじい瘴気が溢れ出ていた。

 確実に、誰かいる。

 何かではない。誰か、だ。


 セレーヌはそれをひしひしと感じていた。

 シンがいないこの状態でこの扉を開け、前を進むことはできない。


「分かりました。一旦引きましょう。イリーシャ、シアーシャはこの扉の先にいる?」


「この先にはいないと思います。たぶん、別の場所」


 ノゾミが訊ねると、イリーシャは首を横に振った。


「それではまずはシアーシャの救出を優先して、シン様と合流してから、この先に進みましょう」

「それが良いですね」


 セレーヌの提案に異議を唱える者はいなかった。 

 広々とした空間を三人は歩き、入り口の扉に手を掛けた時だった。


「嘘……」


 扉が開かない。

 鍵がかけられているわけではない。

 そもそも鍵穴はついていない。

 魔術結界だ。それもかなり強固な。

 セレーヌはその時、全てを察した。

 

「アームスパイダー自体が罠だったということ……?」


 アームスパイダーを全て一掃すると、自動的に入り口に魔術結界が施され、その場にいる者の中からランダムに転移魔法陣が出現する。


「私たち、このまま前に進むしかなくなったということ……?」


「そういうことになりますね」


 セレーヌは意を決したのか、鋭く剣を抜いた。

 この程度の緊急事態、彼女は幾度となく乗り越えてきた。

 騎士団に入団する前、まだ彼女が剣の師の元で剣を振るっていた時。


 幾千もの戦いを制し、剣を極め、入団後は副団長にまで登り詰め、今では王国随一の剣士と言われるまでになった。


「ノゾミ様。イリーシャ。私のそばから離れないようにしてください」


 三人は固まって奥の扉の前に立つ。

 心臓が早鐘を打っている。

 


「……。ネズミが転がり込んだと思えば……お前たちか」



 扉を開くと、男が立っていた。


「ひゆっ」


 セレーヌは思わず息を吸った。

 体を落ち着けるために深呼吸をしようとするが、うまく呼吸ができない。

 ノゾミ、イリーシャはただ顔を青白くさせて棒立ちになっている。


 そこには、魔族がいた。


 人間のような姿だが、セレーヌには一目見てすぐにわかった。

 魔力の質、といえば良いのかもしれない。

 

「魔族がどうしてこんなところにいるのですか?」


 先陣を切って問いかけたのはセレーヌだ。

 ノゾミは手が震えているものの、すぐに落ち着きを取り戻せている。

 

「ふむ。知る必要はないだろう。お前たちは」


 壁の至る所に魔法陣が描かれていて、隅には大きな水晶のようなものが置かれていた。

 魔族はただ一人、セレーヌたちを見ることなく、その水晶を眺め続けている。


 何をしているのか、さっぱり分からなかったが、放置しておくのはまずい、セレーヌはそう思った。


「しかし、ここまで到達できたからな。少しは教えてやっても良いだろう。そうだな、端的に言えば実験だ」


「実験……?」


「我が魔王、ギデオン・シリウス・ララフェードの命令である」


「魔王ギデオン……!」


 魔大陸はその広大な領土を、三人の魔王がそれぞれ統治していた。


 北の魔王ギデオン・シリウス・ララフェード。

 東の魔王クレナ・ルールー・ジェスティア。

 西の魔王ダリウィル・マレニア・アルベルト。


 魔王ギデオン・シリウス・ララフェードは、数いる魔王の中で、唯一人間の存在を良しとしない魔王とされている。

 近くの人間領に突然現れては都市一つを壊滅させ、蹂躙し、気が済むと帰っていく厄災。

 

 未だギデオンに勝てる人間は現れたことがない。


「あなたたちが何を企んでいるかは分かりませんが、ギデオンの部下である以上、好き勝手にはさせません」


 セレーヌはそう言うと、剣を脇構えの形で構え、魔族と対峙した。

 腰まで伸びた青銀髪。スラリとした体型。背中からは凄みが感じられる。

 これが『雪原の剣鬼』の圧力だ。

 

「魔王軍副幹部、アルファベータ」

「ルラルド王国聖騎士団副団長、セレーヌ・ディアベルリア」


 しばらくの静寂の後、二人の剣は激突した。

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