日記16 転移魔法陣は突然です

 俺たちは第四階層まで足を進めていた。

 この深さまでくると、序盤に出てきた魔物はほとんど姿を見なくなった。


 言うまでもなく魔物の強さは上がっていっているが、俺たちの歩みは順調そのものだ。


 セレーヌとノゾミは一歩も怯む様子はないし、いざとなったら俺が援護に回れる。


 イリーシャの回復もあるので、万が一の時にも安心だ。

 心の余裕は行動にも影響する。

 セレーヌとノゾミも、だいぶ動きにしなやかさのようなものが出てきた。


 気が付いたことだが、第四階層になって、突然迷宮内の構造が変わった。

 最初はまるで自然にできた洞窟のような感じだった。

 今はまるで人工物だ。

 地面は石畳のようなものが巡らされ、天井や壁も多少の凹凸はあれど、初めに比べればよほど整地されていた。

 古代の遺跡に来たみたいだ。


 これはセレーヌ曰く、「迷宮の力が高まった」と言うことらしい。

 迷宮は深くなればなるほど、エネルギーが大きくなる。

 迷宮の核へと近づくためだ。


「これは……。アームスパイダーの巣ですね」

「うわぁ。気持ち悪い……」

「うっ……」


 突き当たりを曲がると、一面蜘蛛の巣だらけだった。

 カサカサカサカサと、蠢く音がする。

 パーティメンバーの女性陣は各々顔を青くさせていた。

 もちろんそんな生優しい蜘蛛じゃない。

 3メートルくらいの大きさだ。


 俺は見る分には平気だ。

 しかし、なまじ聴力が優れている分、耳が気持ち悪いな。

 耳の中に虫を入れられたような感覚だ。


「す、水没させましょうか」


 ノゾミが恐る恐る言う。

 俺の土魔術で壁を作り、隙間からノゾミの水魔術で奴らを水没させるという作戦だ。


『流石に無理があるな』

「うう。斬りたくないよぉ」


 とまあ、多分それは無理だな。

 完全に隙間なく埋めることなんてできない。

 水圧で土の壁が崩れて、俺たちも水に流される危険がある。

 それに、地盤が緩くなるとやばいだろう。


「それではいっそのこと焼いてしまうのは?」


 今度はセレーヌが提案する。

 さすがのセレーヌもこの数のアームスパイダーを剣で斬るのは躊躇いがあるらしい。


『それもダメだ。焼くとどうしても毒が充満する』


 燃やすのも言うまでもなくダメだ。

 一酸化炭素中毒になる可能性が高い。

 それに、アームスパイダーは毒を持っているしな。


「凍らせるのは、どう」

『凍らせる……か。いけそうだな……」


 イリーシャもどうにかして魔術で仕留めたいようだ。しかも、悪くない提案だな。

 アームスパイダーの巣の向こう側には、扉があった。


 あそこが最深部へ続く扉だろう。

 なんでこんなところに扉が? という疑問はひとまず置いておこう。

 迷宮内の疑問は考えても仕方ないしな。


 だが、あの扉に鍵がかかっている可能性もある。

 目の前の敵を全て一掃しなければ鍵が開かない。

 なんてオプションがあるかもしれない。

 きっとそうなんだろうな。


 そもそも魔術以前に、接近戦でこの数のアームスパイダーを相手取るのはいくら俺たちでも厳しいだろう。


 ならばイリーシャの案を採用しよう。


「よし、ノゾミ、水魔術ができるって言ってたな?」

「うん。シン君ほどじゃないけどね! やっぱ水没させることにした?」

「いや。ちなみに氷魔術に応用できるか?」

「できるよ。でも、あんまり威力は期待できないかも」

「十分だ。俺と一緒に、あの部屋全体を氷付けにするぞ」

「あいあいさー!」


 個体ごとではなく、その部屋全体を氷付けにする。

 その後、風魔術で粉々に吹き飛ばす。

 そのためには、かなりの火力が必要となってくる。

 ノゾミと二人でやれば、なんとか行けるだろう。


静寂たる氷河ヘルメスフローズンでいくぞ」

「わ、分かった! できるかわかんないけど、やってみるよ!」


 静寂たる氷河ヘルメスフローズンは氷魔術でも最高位の魔術とされている。

 魔術に才がある者が最初に挑戦し、そして習得するのに苦労する最高位魔術だ。

 俺もかなり時間がかかった。

 ノゾミならできる気がする。俺はそう思った。

 すでに彼女の水魔術の熟練度はかなりのものに達している。

 あとは、絶対にやるという自信だけだ。



「同時に行くぞ!!!」


 アームスパイダーが俺たちに気が付いた。

 一斉に距離を詰めてくる。

 俺とノゾミは手を掲げて、目を瞑る。


「行けるよ! シン君!」



「「静寂たる氷河ヘルメスフローズン」」


 

 一気に、気温が下がった。

 じめっとした空気も、毒のような匂いも全て消え去り、あたり一面が氷の世界になる。


「よくやった。ノゾミ」

「やった……! できたよぉ……あれ……急に、眠気が」


 ノゾミはふうと、一息つくとそのまま倒れるようにして地面に膝をついた。

 表情には嬉しさが残っているが、魔力切れで立っていられなくなったらしい。

 よくやったと、思った。

 これで彼女は水魔術に関してはかなりの腕前になっただろう。


「回復しますね」

「ありがとう、イリーシャ」


 イリーシャが駆け寄り、ノゾミに治癒をかけた。

 通常の治癒魔術では、魔力まで回復させることはできない。

 しかし、精霊の治癒魔術、治癒の精フェアリアルはそれを可能にする。

 しかもこれでもまだ能力の半分も出しきれていないと言う。

 イリーシャが加護を完全に使いこなせるようになったら、最強のヒーラーになること間違いなしだな。

 さすがは俺のイリーシャだ。可愛い。


「これほどの水魔術……お二人とも、成長なさいましたね。セレーヌは嬉しいです」

「あはは。剣術はまだまだだけどな」


 ガチガチに凍って動かなくなったアームスパイダーを、風魔術で砕いていく。 

 セレーヌは目にも止まらぬスピードで切り刻んでいた。

 まるで豆腐のように切れていく。

 そうだ、まだまだだ。

 この程度で満足していては、この国を守ることはできない。

 

「剣術すらこされてしまったら、私落ち込んでしまいますよ~!」

「いつか追い越すさ。必ずな」


 とはいえ、剣術でセレーヌを超えられるのはずっと先のことだろうな。

 できれば、生きているうちに一本くらいは彼女から取りたいものだ。


「ゆっくりでいいんですよぉ。その間はシン様をじっくりモフモフすることができますからぁ」

「……お、お手柔らかにどうぞ」


「セレーヌ様、シン。回復終わったよ」


 ノゾミの回復を終えて、イリーシャが手を振った。

 ピョンピョン跳ねて手を振っているのがなんと可愛らしいことか。

 よし、後で存分に匂いを嗅ごう。


 と、その時だった。

 突如、俺は嫌な予感に襲われ、セレーヌの方を見る。


「セレーヌ!」

「ま、魔法陣……!?」


 セレーヌの足元が光っていた。

 文字列が浮かび上がり、円を書いた紫の光が浮かび上がる。転移魔法陣だ。

 俺は咄嗟に飛んで、セレーヌを押した。

 どこに飛ばされるか分かったもんじゃない。

 セレーヌが踏むまで俺はまるで気が付かなかった。

 一体誰がこれを。


「ま、まずい……、逃げ……」


 もう時間がない。

 俺は咄嗟に飛び退こうとしたが……。

 体がふわりと浮くような感覚に襲われ、視界が暗くなる。



 ――俺は、転移した。

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