日記15 通達、届く
翌日、イリーシャが迷宮病に罹った。
最初は風邪か何かだろうか、と思ったが、どうやら違ったらしい。
迷宮病とは、初めて迷宮攻略に挑む冒険者が罹りやすい、メジャーな病である。
具体的には未だ解明はされていないが、迷宮内に長時間いることで方向感覚を失い、酷い頭痛を引き起こすというものだ。
迷宮内は魔力密度が高く、その上魔力を消費する。
魔力の出入りが激しい上に、同じような光景が永遠と続くのが原因とされているが。
治癒魔術も効かない厄介な病ではあるが、幸運なことに、一日もすれば回復すると、セレーヌは言った。
それなら安心だ。
今日は俺にできることをするとしよう。
「シン、ごめんなさい……」
『気にするな、イリーシャ。急がば回れって言うしな。今はゆっくり休んだほうがいい』
俺は優しくイリーシャの頭を撫でる。
彼女は顔を赤くさせて、されるがままになっていた。
可愛いなこのやろう。
「シン君! 看病は私に任せて!」
『よろしく頼むぞー、ノゾミ』
「シン様っ! 行きましょう」
俺はセレーヌと一緒に、迷宮周辺の探索に出かけることにした。
迷宮周辺、特に魔物が溢れ出した区域を調べれば、今回の魔物が迷宮から溢れ出た要因が少しばかり、分かるかもしれないからだ。
『セレーヌは、今回の迷宮を見てどう思う?』
俺は森を歩きながら、セレーヌに訊いた。
「そうですね……。何とも言えませんが、少なくとも、普通の迷宮じゃないと思います。感覚的にですが」
『だよな。俺もそう思う』
「何か匂いとかは感じませんでしたか?」
『匂いはな、正直わからん。罠の匂いはわかるけど、色んな匂いが混ざりすぎてて』
「イリーシャが、シアーシャの位置情報が分かるのが幸いですね。しかし、時間はありません。シアーシャの体力は有限ですから」
この迷宮には何かある。
もしかすると、厄災の魔物、地竜がいる可能性も無くはない。
竜は厄災の部類に分けられる高位の魔物だ。
1匹現れるだけで、国力の大半を持って対応しなければならないほどの。
文献によれば、小国が幾つか滅んでいる。
地竜はその中でもランクは低いが、竜は竜。
もし出会えば、ただでは済まないだろう。
もし、出会ったら、俺はどうする?
勝てる……のか?
やってみなければ、出会ってみなければわからない。
三人を守りながら戦えるだろうか。
セレーヌは大丈夫だろう。
彼女は『雪原の剣鬼』という二つ名を持つほど剣の実力を持つ。
だが、イリーシャとシアーシャ、あるいはノゾミはそうはいかない。
『なあ、セレーヌ』
「どうしましたか? 告白ですか?」
『違うから!』
「してくれても構いませんのに」
『いや、地竜とかいる可能性はあるのかなって』
「それはないでしょう」
セレーヌは断言した。
まずあり得ないらしい。
『なぜそう言い切れるんだ?』
「竜というのは、知っての通りかなり高位の魔物です。その高位の魔物を呼び寄せるには、迷宮がかなり大きく成長していないと呼び起こせません」
「外から迷宮に入ってきて、そこを棲家とする可能性ももちろんありますが、その場合は入り口周辺、もしくは近くに足跡があるはずですから」
迷宮内の魔物は大きく二つに分かれる。
一つは、迷宮が生み出すというものだ。
外から入ってくるわけでは無く、迷宮の力で、生まれる。
二つ目は、外から入ってくるということ。
まあ、ほとんどは一つ目が多いらしい。
「この場合もしあるとするなら、人為的に召喚されるくらいでしょうね。まずあり得ませんが」
『そうか。ま、そうだよな』
悪い考えはよそう。
それが分かったところで、この迷宮を攻略しないという選択肢はないからな。
「シン様がいらっしゃれば、この程度の迷宮はあっという間でしょう」
『買い被るなセレーヌ。剣術に関しては、セレーヌの方がずっと上だろ?』
剣術に関しては、俺よりセレーヌが。魔術に関しては、セレーヌより俺が上手だ。
だが、俺はおそらく彼女に勝てない。
彼女の剣術は、氷水流と呼ばれる流派だ。
これは彼女自身が編み出したものであり、彼女そのものが流派である。
この流派で特に厄介なのは、魔術を受け流すというところだ。
普通の剣術で魔術を受け流すことは困難とされている。
魔術には、言うまでもなく膨大なエネルギーが含まれており、普通なら剣が砕ける、もしくは、剣を持つ腕が消滅する。
魔術主体の俺の戦い方では、多分セレーヌに勝てない。
団長に勝てたからセレーヌも魔術ありなら勝てると一時期は思っていたが、今では無理だと断言できる。
セレーヌは、この国で一番強い。
「シン様こそ買い被りすぎです。私はただの副団長ですから」
彼女はそう言うと、柄にもなく清楚な微笑みを浮かべた。
◇◆◇
翌日、セレーヌの予想通りイリーシャが回復した。
もうすっかり元気な様子で、「ご迷惑かけてごめんなさい」と謝っていた。
別に謝る必要などどこにもないのだが。
しかし、食料に限りがあるのもまた事実。
このまま一気に攻略を進めたい。
そう思っている矢先のことである。
「……あれは。王国から……?」
『どうしましたか、副団長』
セレーヌが遠い空を見上げて、顔をしかめる。
ノゾミは何かわからない様子で、空に向かって目を細めた。
王国で、何かあったのだろうか?
すぐに空から一羽の鳩が飛んでくるのが見えた。
足には、王国の紋章がついた腕輪のようなものと、紙のようなものが結ばれている。
伝書鳩だ。
「どうかしたのでしょうか」
セレーヌが紙を広げ、目を走らせた。
それなりに紙は大きく、長文がしたためられているようだ。
緊急辞退だろうか。そうなるとカイが心配だ。
カイと団長を凌げるほどの力を持つやつがいるとは到底思えないが……。
そういえば、王女関連で問題が起こったとか、カイが言っていたな。
「これは……」
『セレーヌ。何かあったのか?』
「とりあえず、読み上げます」
セレーヌはかなり真剣な様子で、手紙を読み上げた。
「緊急。ルラルド王国宰相、エドワード。
北の大地より、竜の接近を確認された。かなり大きく、厄災レベルに相当。数は単独で、個体名は氷竜である。
騎士団団長アステルと勇者カイの奮闘により、なんとか氷竜を討つことに成功した。
救援は不要。引き続き迷宮攻略を進めてほしい」
「……すごい」
「まさか、私たちがいない間にこんなことが起こっていたなんて」
セレーヌが読み終わる頃には、俺を含め、この場にいる全員が唖然としていた。
そうか、カイが王国を守ったのか。
それにしても、よく勝てたな。
敵はあの竜。
「シン、王国は大丈夫?」
『ああイリーシャ。カイがなんとかしてくれたみたいだ』
「私のせいで、ごめんなさい」
『何言ってんだイリーシャ。何も不幸なことは起きてないし、イリーシャは悪くないだろ』
「……うん」
イリーシャは罪悪感を感じているのだろうか。
迷宮病にかかってしまったこと。
助けを求めてしまったこと。
だが、グズグズしているわけにもいかないな。
再び王国に危機が訪れる可能性も少なくはない。
「私たちも、行きましょう」
「頑張ろうー!」
俺たちは、より一層士気を高めて、迷宮に再び潜った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます