日記14 治癒の精

 二階層にもなると、魔物はより賢く、そして強くなった。

 地形にも変化があった。

 一階層はただひたすら洞窟が繋がっている、と言う感じだったが、二階層には生態系のようなものがある。


 ところどころ植物が生え、水も流れている。

 光合成とかはどうなってるんだ、と俺は疑問に思ったが、この足首ほどの雑草は魔草と言うらしい。

 地中から魔力を吸い取り、栄養源にしている。

 魔物はそれを喰らって生き延びる。


 単純な循環だ。

 だが、それだけこの迷宮がエネルギーを持っているということを意味する。

 気をつけなければ。


「敵を探知した。この先、ポイズキャタピラ2体。ゴブリン10体!」

「「「了解」」」


 俺は擬人化しながら、いつも通り敵を探知する。

 一階層は犬の姿のままだったが、ここからは本格的にイリーシャの護衛をしなければならない。

 魔力は十分に節約できた。

 やはり、この姿は体が軽いな。


 ゴブリン。

 ラミアから教わったことだが、奴らは非常に悪知恵が働くらしい。


 弱い。だからこそ、頭を使う。

 姑息で、残酷で、残虐な魔物。


「同じように前に出ます。ノゾミ様!」

「はい!」



 流石の反射神経だ。

 二人は苦も無くポイズキャタピラが吐いた糸を弾き飛ばした。

 まずはこいつをどうやって倒すかだ。

 こいつは剣で攻撃するのはNGだ。

 言うまでもなくこいつには毒があるのだが、体を傷つければ、防御反応で周囲に猛毒を撒き散らす。

 焼き切るか? 

 ダメだ。

 ここは洞窟。火を使い過ぎれば、ガスが発生するに違いない。

 換気ができない以上、こういうのはやめたほうが良い。


「二人とも、まずは俺がこいつらを凍らせる。その間に……」



 二人に指示を出そうとして、俺はふと思いとどまった。

 待て、ゴブリンはどこだ。匂いはする。しかし姿は見えない。以前戦った時は、奴らは特攻し、暴れていたはず。

 何か変だと、俺は思った。


「二人とも、下がって!」

「「っ!」」


 俺の掛け声に、セレーヌとノゾミは反射的に飛び退く。

 その瞬間、激しい振動が体を揺らした。


 ポイズキャタピラが、爆散した。

 ゴブリンがポイズキャタピラに矢を放ったのだ。

 

「土壁!」


 俺は反射的にその場で土の壁を地面から作る。

 水魔術と魔力操作の技術から応用させた土魔術だ。

 なるべく分厚く、そして、なるべく大きく。

 飛び散ったポイズキャタピラの毒液があちこちに飛び散り、穴を開ける。

 ジューっと、音を立てて、毒が揮発していく。


「う、嘘でしょ……」


 セレーヌが口に手を当てて驚く。

 予想外のゴブリンの行動。

 やはり、警戒して良かったか。

 まさか、ゴブリンはポイズキャタピラの特性を知っていたのか?


「姿を現したわね、ゴブリン!」


 ノゾミは土壁を取り超えて、ゴブリンの前に躍り出た。

 なんだ、この変な感覚は。胸騒ぎだ。

 俺の心が、行くなと言っている。

 ゴブリンが、にちゃ、と笑った。

 気持ちの悪い笑みだ。


「行くなノゾミ!!!!」


 ゴブリンを視認したのは9体

 俺の嗅覚は10体と言っている。

 事前に読んだゴブリンの生態の本には、こう書かれていた記憶がある。


 ゴブリンは群れて行動する。

 ゴブリンの中にも序列があり、上にはゴブリンシャーマンと呼ばれる上位個体が稀に存在。

 知能が優れており、冒険者や人間の魔術を覚える。   

 策略家で、普通のゴブリンとは離れて行動し、全体を把握できる位置にいることが多い。



 やはりゴブリンシャーマンだった。

 ゴブリンの中でも唯一魔術を使える奴だ。

 俺はできる限り叫んで、ノゾミを止める。


「キャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャ」


「ノゾミ様!!」

「ノゾミッッ!!!!」


 ゴブリンシャーマンが唱える。

 まずい、これじゃあ間に合わん。

 すでにやつの魔術の射程範囲内。

 風魔術の詠唱。

 ボワっと、風が巻き起こる。

 ポイズキャタピラを爆散させたのはこのためか。

 ゴブリンシャーマンが放った風魔術は、揮発した毒液を多分に含み、土煙を巻き起こしながら、飛び出したノゾミに一直線。 

 こんなの、当たればすぐどころか、皮膚が焼け爛れる。

 最悪、吸い込めば即死だ。


「うっっ!!! や、やば」


 俺は瞬間的にイメージした。

 突風。台風。竜巻。何でも良い。

 洞窟を破壊せず、それでいて風を弾き返すほどの威力を保つ。

 できるだけ冷たく、水分を多量に含ませ、凍らせる。

 鋭く、早く、氷を風に乗せて、発射。

 

「凍風」

「ッッギギキャァァァアァァ!」


 凍風は簡単に相手の風を吹き返した。

 サーっと冷気が洞窟内に広がる。

 存分に尖らせ、そして固めた無数の氷柱が弾丸のスピードでゴブリンの体に穴を開けた。

 一言で言うと蹂躙だ。

 サブマシンガンレベルだな、こりゃあ。


「痛てて……。助かったぁ」

「大丈夫ですか!? ノゾミ様!」

「大丈夫です……」


 地面に座り込むノゾミに駆け寄る。

 太ももから出血していた。傷口は紫色に変色し、徐々に広がっているような気がする。

 くそ、毒を受けたか。

 このままじゃまずい。これでは攻略どころか、すぐに足を切り落とさないと全身に広がる。

 俺の治癒魔術で治せる……か?

 いや、厳しいな。正直、俺は治癒魔術は得意ではない。

 せいぜい浅い傷を治して、血を止めるくらいが限界だ。

 解毒して治すにはもっと高位の治癒魔術が必要だ。

 最悪、俺が受けたら良かった。

 俺は高位の治癒魔術は使えないが、ラミアの血がある。

 吸血鬼の血の力がある以上、俺自身は毒を受けても平気だし、傷も勝手に治るからな。



「だ、大丈夫だよ、これくらい。ほ、ほら、歩ける歩ける!」


 ノゾミは無理やり立って歩こうとするが、その顔は歪んでいる。

 セレーヌもそれを見て、顔をしかめた。


「しかし、ノゾミ様」

「私が治します……」

「いけるか? イリーシャ」

「治癒のフェアリアル


 イリーシャが患部に手を当てると、薄水色の光が周囲を照らした。

 チラチラと雫のようなものがほとばしり、ノゾミの顔が柔らかくなっていく。

 

「こんな治癒魔術……見たことありません」


 セレーヌは驚きで目を丸くさせていた。

 イリーシャの治癒魔術を凝視している。

 これが精霊の加護の力……。凄い回復力だ。

 あっという間に肌の色は戻り、ついでに傷も綺麗さっぱり無くなった。


「ありがとう、イリーシャ」

「役に立てて良かったです。ノゾミ様」


「それにしても、もう治癒魔術を扱えるようになったんだな。イリーシャ」

「足手纏いになりたくはなかったから。シンも、何かあったら私が治癒するから」

「ありがとう」


 俺はたぶん吸血の治癒力で勝手に回復するだろうが、それにしてもイリーシャは才能があるな。

 短時間でここまでモノにするとは。

 さすがだ。


「今日はここまでにして、一度地上に上がりましょう」


 ふう、と息をつき、セレーヌが言う。

 確かに、その方が良さそうだな。

 気付けばもう第二階層も終わりだ。

 

「ん、セレーヌ、それは?」

「これは魔道具です。これを攻略した階層に置いておけば、迷宮は成長しなくなり、魔物が出なくなります」

「へえ。ゲームのセーブみたいなもんか」

「……せーぶ?」

「いや、こっちの話だ」


 気が付かなかったが、だいぶ魔力を消耗したな。

 緊張状態が続いていたから、いつもより早く消費したということか。

 三階層になると道は幾数にも分かれ、魔物も強くなる。

 気を引き締めていこう。


 俺たちは地上へ上がった。

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