日記13 第一階層

 迷宮攻略当日。

 早朝のため、太陽が登ってまだ間もない。あたりは薄暗い。

 野営を終えて準備を整えていると、森の奥に人影のようなものが見えた。


「誰でしょうか」


 セレーヌが身構える。今にも剣を抜きそうな感じだったので、俺は慌てて彼女を諌めた。

 やはり重大任務な事もあって、今日の彼女はいつもより警戒心が高い。

 重要な事だ。


『セレーヌ。問題ない』


 俺もその方向を見たが、敵意は感じない。

 この匂いはおそらく。


「どうも、王国の騎士の方々。本日はどうもありがとう」

「ああ。エルフの集落の方々でしたか」

 

 森から出てきたのは、二人のエルフだった。

 一人はかなり老ぼれだ感じだ。

 老ぼれと言ったらまあ、失礼だな。

 白髪で、いかにも長老って感じだ。

 もう一人は、若いな。

 長老に比べて背が高く、体つきもしっかりしている。

 

「私はセキメタス大森林のエルフの長、クルト・テオドール。こちらは……」

「ヴォルターだ。イリーシャ、そしてシアーシャの父でもある」


 ああ、なるほどな。

 確かに似ているなと思ったら、そういう事だったか。

 ヴォルターはそう言って自己紹介を済ませると、キッとイリーシャを睨みつけた。

 イリーシャは少し怯えて、俺の手を握る。


「ルラルド王国聖騎士団副団長、セレーヌ・ディアベルリアです。こちらは勇者ノゾミ。そしてこちらが、英雄のシンです」

「よろしくお願いします」

『どうも』


 セレーヌの自己紹介に合わせて、俺は軽く会釈をした。

 会釈といっても、犬なのだが。


「こちらがあの有名な英雄か。なんともかわいらしい姿で……。そんなので本当に迷宮攻略ができるのか、にわかに信じがたいがな」


 はっはっはと、ヴォルターが嘲笑う。

 先ほどの態度からして、どうにも俺たちは歓迎されてないようだ。


「このお方は国王により召喚された方々です。あまり失礼がないようにした方がよろしいかと」


 セレーヌが怒気を強めた。

 おいおい、怖いぞ。笑顔なのがまた怖いぞ。

 

『セレーヌ落ち着け』

『しかしシン様!』

『いいから』


 念術でとりあえずセレーヌに釘を刺しておく。

 敵対して良いことなんてないからな。

 水に流そうじゃないか。

 俺は寛大なんだ。


「わざわざご挨拶に来ていただいたようで、ありがとうございます。他に何かご用でも?」

「おっと失礼、勇者殿。あなたは英雄と違って頼り甲斐がありそうだ。今回は私の娘が迷惑をかけてすまない」


 極めて冷静な様子で、ノゾミが答える。

 さすがは日本人のコミュニケーションスキルだ。

 貼り付けた笑顔が一周回って美しいとまで言える。

 外交担当はノゾミだな。


「とんでもない。イリーシャの報告が遅れていれば、王国に不利益が生じるところでしたので」


「あなた方も知っての通り、彼女は精霊の加護を授かっている。本来ならばこの程度のこと、彼女たちで解決できるはずなのだが。どうにもまだ使いこなせないようでな」


 エルフの長、クルトの言葉に、ヴォルターは眉ひとつ動かさなかった。

 それどころか、「そうなんだよ」と頷いている始末だ。

 どうやら彼らは、イリーシャやシアーシャのことを娘としては見ていないようだ。

 本当なら、シアーシャを助けてくれと、泣いて懇願するはずだろう。

 

「イリーシャは良くやってくれました。何もしなかったあなた方とは違い、報告してくれたのですからね」


「「……」」


 セレーヌさん、怖いよ。

 剣を握らないでぇー!


「もう時間です。私たちは行きます」

「ああ、すまない。時間をとらせてしまったようだ。まあ、せいぜい気をつけるといい。あの迷宮はエルフの精鋭でも深層には辿り着けなかったのだから」


 なにやら意味深な言葉を残して、彼らは颯爽と消えていった。

 エルフってのは……なんかあれだな。うん。

 予想はしていたが、それ以上だ。


「ごめんなさい。シン」


 隣でイリーシャが申し訳なさそうに頭を下げた。

 どうやら、さっきのことを気にしているらしい。


『イリーシャが謝る必要はないよ』


 俺たちは気を取り直して迷宮に向かった。

 セレーヌはしばらくぶつぶつ怒っていらっしゃったが、しばらくしたら真剣な顔に戻った。

 彼らが残した言葉を、俺たちは気にすることなく、歩みを進めたのだった。

 


◇◆◇



「シン様に続いて私とノゾミ様が。一番後ろはイリーシャでお願いします」


 第一階層に突入した。

 一見するとやはり洞窟だ。

 俺が召喚された時となんら変わりはない。

 じめっとしていて、暗い。少し、肌寒いくらいだ。


 至る所に蜘蛛の巣がついている。

 それとはまた別に、糸の束のようなものもところどころにあった。

 しかし、魔物の姿は見えない。

 匂いは残っているようだ。


 俺は先頭に立ち、地面を匂いながら進んでいく。

 修行の時に何度もやったので、慣れっこだ。

 

『ここにトラップがある。俺の跡をしっかり踏んで』

「分かりましたシン様」


 転移魔法陣ではないようだ。

 踏むと壁に仕掛けたトラップが発動し、弓矢が飛んでくる仕組みだろう。

 酸か? 鼻をつくような匂いがする。

 毒の匂いも少し。

 おそらく、矢に毒が塗ってあるのだろう。ゴブリンの知能を侮ってはダメだ、ということか。

 

 シアーシャの匂いは正直わからない。

 魔物の匂いが充満しすぎているからな。

 ラミアは生きていると言った。

 今は彼女の言うことを信じよう。



「さすがシン君だねぇ。でも、私も良いところ見せなくっちゃね!」


 第一階層を進むと、ようやく魔物が現れた。

 どうやら、第一階層というより、第二階層から上がってきたようだ。

 人の形をした魔物。

 アステリウスソルジャーだ。

 革の鎧を纏い、剣を持っている。

 数は五と言ったところか。


「シン様はイリーシャを。私とノゾミ様が前に出ます!」

『分かった』


 セレーヌとノゾミは素早く剣を抜くと、アステリウスソルジャーの前へと躍り出る。


 正直なところ、ほとんど楽な戦いだった。

 俺は矢の流れ弾や、不意打ちの攻撃からイリーシャを守ることに徹した。


 セレーヌの剣術はやはり一流だな。

 魔物は剣を持つだけで、使い方がわかっちゃいない。

 数でゴリ押す程度なら、セレーヌにはまず及ばないだろう。

 セレーヌの剣術は独特だ。

 基本的にカウンターの姿勢を保ち続け、ギリギリのところで確実に斬る。

 そんな感じだ。


 対してノゾミは堅実だな。基本に忠実と言っても良い。

 真面目な性格だから、剣術にも性格が出るようだ。


 あっという間に、戦闘は終了した。

 もちろん負傷者はいない。

 セレーヌは剣を振って血を落とすと、華麗に鞘に収めた。

 絵になるな。


『セレーヌ……強くなったな』

「ふふ。私とて、日々鍛錬していますから」


 俺は剣術に関してはまだまだだ。

 誰にも肩を並べられないくらい、初心者。

 無論、団長と戦った時のように何でもありと言う条件なら俺に分がある。

 しかし、剣術オンリーなら別だ。

 セレーヌと肩を並べられるようになる。

 それが俺の目標ではあるが、セレーヌも日々強くなっているんだな。

 これじゃあ、目標達成は夢のまた夢、だな。


 目標達成のために努力するなんて、いつぶりだろう。

 大学受験の時以来か? いや、俺は余裕で入れる大学を選んだから、本当の意味で、努力に苦しんだことはなかったな。

 苦しいが、楽しいものでもある。


「シン君シン君! 私は? 私はどーう?」

『あ、ああ。ノゾミも強かった。剣術に関しては、俺より上手いだろ。剣道でもやってたのか?」


 ノゾミが鼻を鳴らしながら聞いてくる。

 褒めろ褒めろと、顔に書いてあるぞ。

 だが、嘘は言っていない。セレーヌには及ばないが、ノゾミの剣術も俺からしたら羨ましいほどだ。


「へへー。実はやったことないんだよね。帰宅部だったし。すごいでしょ」

『だとしたら凄いな。努力したんだな』

「う、うん。ありがとう」


 予想外の言葉だったらしい。

 ここまで褒められるとは思っていなかったのだろうか。

 顔を赤くさせて、ノゾミは頬をかいた。


『もう、怖くないか?』

「うん。最初よりは。シン君のおかげだね」

『俺は何もしてないよ』

「そこー! イチャイチャしないでください! ノゾミ様も色気を使わないで!」

「な! 使ってませんよー!」


 むくっとセレーヌが頬を膨らませて、俺とノゾミを引き剥がす。

 みんな元気で何よりだな。

 まあ、まだ一階層だけれど。


『イリーシャ。大丈夫か?』

「うん。大丈夫。ありがと、シン」

『シアーシャを助けるぞ。……とは言っても、場所が分からないんだよなぁ。匂いも他の魔物の匂いが強くてさ』

「それなら大丈夫。私、分かるから」

『本当か!』


 意外だった。

 どうやら、精霊の加護を持つ二人は、互いの居場所がなんとなくだが分かり合えるらしい。

 だからラミアが生きていると断言したのか。

 それなら教えてくれたら良かったのに。


『よし、ここから二階層だ。気を引き締めるぞ』


 俺たちは二階層へ足を踏み入れた。

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