日記12 攻略前夜

 迷宮攻略に挑むパーティが正式に決定した。

 前衛はセレーヌとノゾミ。ヒーラーはイリーシャ。そして、探知及び戦闘、イリーシャの護衛は俺の役目だ。

 

 少しばかり人数が心許ないかと思ったが、迷宮に挑むならこのくらいの人数が最適らしい。

 

 迷宮は狭い。限られたスペースの中で効率よく魔物を倒すためには、多すぎても少なすぎても良くないということだ。


 俺たちは早速王都を出発した。

 荷物は最低限、野営ができる程度だ。

 食料はおよそ五日分くらいだろうか。

 長引けば現地で調達という形になる。

 前日の夜、ラミアからは大体迷宮についての知識を教わった。

 俺は不思議と緊張や不安はなかった。

 

『目的の迷宮は中規模の迷宮といったところじゃ』


 中規模の迷宮はだいたい4から5階層に分かれている。

 無論深くなればなるほど、生息する魔物の強さは跳ね上がる。

 地上から遠ければ遠いほど、魔物の食料は増えるし、人間に討伐される心配もなくなる。

 故に、魔物の間で縄張り争いが起こるのだ。

 

『まあ、私も迷宮は専門外じゃ。その迷宮とやらも行ったことがないから、なんとも言えんが……あの蜘蛛くらいの強さの魔物は覚悟しておけ』


 初めて召喚された時に会った蜘蛛の魔物、アームスパイダーくらいの魔物はそれなりに出現頻度の高い魔物だそうだ。

 ということは、それよりも厄介なやつも普通にいるだろう。

 だが、今回はセレーヌやノゾミもいる。

 俺も強くなった。行けるだろう。


・アステリウスソルジャー

 人から奪った防具と武器を着用している、人型の魔物。暗褐色の肌が特徴。

 浅い階層に出現し、その頻度は高い。

 個々の力はそれほどでもないが、複数に囲まれると危険。

 稀に知能が高く、人間の剣術や魔術を使用する個体もいるので注意。


・アーマードボアー

 イノシシのような見た目。

 表皮が硬く、毛皮が厚い。剣の刃が通りにくい。気配が薄く、背後から突進する。

 浅い階層に出現。


・ポイズキャタピラ

 毒のある芋虫。体長は2~3メートル。体液全てに強力な毒がある。麻痺性が高い。

 倒す時には注意が必要。毒の糸を吐く。


・ゴブリン

 緑褐色の肌を持つ人形の魔物。戦法はアステリウスソルジャーに近似している。

 知能がそれなりにあり、迷宮内にトラップを仕掛け、縄張りを守る習性がある。


・地竜アースドラゴン

 出現頻度は大変低い。主に深層迷宮に生息。

 20メートル近い巨大。見た目はトカゲに似ている。羽がある個体とない個体がある。

 見つけたらすぐに逃げることをお勧めする。


 

 ラミアから教わった、迷宮内にいる魔物の知識はこれくらいだ。

 

 幸いなことに王都から問題の迷宮までは距離が近く、その日の夜には目的地に着いた。

 俺たちは早速野営の準備を済ませ、セレーヌは周辺を探索してきている。


 残る俺とイリーシャとノゾミは焚き火をして、明日に向けて準備を整えている。

 チラリと見たノゾミの顔は、流石に少し、緊張しているようだ。


 それもそうだ。

 召喚されてからそれなりに経ったが、俺たちは所詮、平和な日本で育ったからな。

 日本だと、命の危険に晒されることなんてなかった。


『イリーシャが住んでたエルフの森は、ここから近いの?』


 俺は場を和ませるために、話を振る。

 俺はそれほどコミュニケーションが得意なタイプじゃないが、営業マンスキルでなんとか乗り切る。


「うん。あそこに見える大っきい木があるでしょ。あそこの麓が、私たちの集落」


 イリーシャが指差した先を見ると、確かにめちゃくちゃでかい木が聳え立っていた。

 大木だな。ここからでも普通に見える。

 普通の木の10倍くらいのデカさだ。


「イリーシャ、私たちに任せて! シアーシャは必ず救い出してみせるからね」


『ああ。そうだな。セレーヌも今調査してきてくれているから、俺たちも明日に向けて準備しよう』


「うん」


 ◇◆◇


 セレーヌが調査から帰ってきた。

 彼女の話によれば、おおよそラミアの予想通りって感じだった。

 

 しかし、低階層には弱い魔物がたくさんいるはずなのだが、セレーヌ曰く、ほとんどと言ってもいいほど、弱い魔物はいなかったらしい。

 

 おそらく、地上に出て悪さをしていたのはそいつらだろうということだ。


『ふむ。そうなると、なかなか迷宮攻略は簡単にはいかんじゃろうな』

『というと、どういうことだ? ラミア』

『よく考えてみよ。奴らとて、出たくて地上に出たわけじゃなかろう? 地上に出ると討伐されることくらい、奴らも分かっておるはずじゃ』


 確かに、ラミアの言う通りだ。

 縄張りを自ら捨てることなんてないだろう。

 となると考えられるのは。


『地上に出ざるを得なくなる事態が、迷宮内で発生したってことか』

『間違いないじゃろうな』

『地竜でも現れたってことか?』

『そこまでは行ってみなければ分からん。じゃが、手強い敵が迷宮内にいるということは、確かじゃ』


 手強い敵。

 厄介だな。となるとシアーシャの身は安全なのか?

 結構やばいんじゃないだろうか。

 

『シアーシャか。その心配はなかろう。加護持ちは生命力が高い。そうそう死ぬことはあるまい』


『とはいえ、襲われたら死ぬ事もあるよな? なら、悠長なことは言ってられないな』


『かっかっか。お主らなら大丈夫じゃろう。シンよ、私の力を使っていながら負けることなんて真似は、許さぬぞ?』


『ああ。分かってるさ。それに、負けるつもりなんてないからな』


 ラミアと定例会議をしていると、テントの外で足音がした。

 ジャリジャリと音がするが、一向に声をかけてくる様子はない。

 どうやら、俺に話しかけるか迷っている、そんな感じだ。

 

『かっかっか。勇者ノゾミ、と言ったか? 年頃で可愛いもんじゃの。早く顔を出してやれ』


 どうやら、ラミアはノゾミを気に入っているらしい。

 彼女曰く、ノゾミは小さな子供を見ているようで可愛い、なのだとか。

 まあ、それもそうか。

 ラミアからすれば、俺たちなんて孫みたいなもんだもんな。


『ノゾミか? 俺に何か用か?』

「あ、シ、シン君? ごめん、ちょっとね。寝てた?」

『いや全然。眠れないのか?』

「まあ、そんなところ」


 そう言って、ノゾミは俺の隣に腰掛ける。

 俺は彼女に抱っこされて、膝の上に乗せられた。

 そうだ、俺、犬だったわ。

 太ももとか最高かよ。


『怖いのか?』

「……ちょっとね。シン君は、なんでもお見通しだね」


 俺を撫でる手が少し震えていた。

 ただそれだけのことだ。

 俺はなんでもお見通しじゃないし、俺はまだまだノゾミのことを知らない。

 カイの方が詳しいだろう。


『俺も怖いからな』

「嘘だー。全然そうは見えないよ。それに、シン君は強いから……大丈夫だよ」


 ノゾミの撫でる手が止まる。

 犬になると、相手の感情に敏感になるというか、繊細に伝わってくるような気がする。

 これは彼女にとって初めての実践。

 今回を乗り越えれば、たぶん彼女はこの世界で一人でも十分にやっていけるほどの力が身につくだろう。


 最初の乗り越える壁。

 乗り越えなければならない壁を越えるのは、いつだって勇気がいるものだ。


『俺は、臆病なんだ。怖くて不安で仕方なかったよ。でも、それを消すには、強くなるしかない。誰も敵わないくらい強くなればいい。努力すればいい』


 確かに、俺は恵まれていた。

 最強の存在である吸血鬼を味方につけた。

 魔術の適性も秀でていた。

 だが、それだけじゃダメだ。

 努力して、物にして。これはそうして手に入れた力だと思う。

 これまでしてきた努力を思い出せば、怖いものなんてないってことに気がつくものだ。


『ノゾミはどうだ? 修行は頑張ってきたのか?』

「頑張ってきた……と思う。毎日早く起きて、訓練して、魔術の自主練して、たくさん学んで……。うん。頑張ってきた」

『なら、大丈夫だろ。自信を持っていい』


 上手く言えている自信は、俺にはなかった。

 なんせ、俺は先生でもなければ、彼女の担任でもない。

 ただの元サラリーマン。そして犬だ。

 けれど、ノゾミの表情は、最初よりも明るくなっているような気がした。


「ふふっ。なんか変な感じ。犬に励まされるなんて」

『確かにな。かわいいだろー』

「シン君は、おばあちゃんが飼ってた犬に似てる。だからもっと不思議。でも、シン君がいてくれてよかった」


 いてくれてよかった。

 ノゾミは確かにそう呟いた。

 なんてことない言葉だ。だが、俺にとっては大切とも思える言葉だった。

 そんな言葉を言われるのは、初めてだった。


「明日は頑張ろうね」

『ああ……。頑張ろう』


 俺はその夜、必ずこの迷宮攻略を成功させると違った。

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