日記11 勇者は大変なようです

 午前まではすっかり怒っていたセレーヌも、帰る頃にはすっかり元の変態美少女に戻っていた。

 軽く事情を説明すると、「詳しく話を聞きたいので、あとで書斎に来てください」と言われた。


 かなり重要な事案らしく、さすがのセレーヌも真剣だ。

 

 とりあえず俺はイリーシャと共に、セレーヌの部屋の前へとやってきた。


「……。シン……」

『そんなに緊張しなくて良いよ。セレーヌは優しいからさ』


 今は俺は犬の姿だ。こうしてみると、今度は俺が彼女を見上げる形になったな。

 安心しな、俺がついてるぜ。犬だけどな。


 俺は小さな肉球を彼女の足にポンと置く。


『なんなら、俺を抱っこしててもいいよ』


 犬とか、小動物を触ると心が安らぐ効果がある、みたいなのを聞いたことがある。

 別に俺としては、お触り禁止とかそういうのはないので、全然利用してもらっても構わない。

 むしろ触って欲しい。

 まあ、半分冗談だ。

 中身がおっさんの犬なんて、優しいイリーシャでも触りたくな……。


「そうする」


 ふわっと、浮遊感を感じた。

 俺は丁寧に、彼女の腕に包まれた。

 細い腕だが、安心感がある。

 まさか、本当に抱っこしてくれるとは。

 ドクドクと心音が聞こえる。


『ま、まあ。行くか。セレーヌが待ってる』

「うん」


 俺は努めて冷静にそう言った。


 ◇◆◇


『セレーヌ。来たぞー』

「シン様ーー! 朝はごめんなさい、私ったら!!」

『俺こそすまなかったって』

「あ、あの。セレーヌ様……」


 部屋に入ると早々、セレーヌが涙目で縋り寄ってきた。

 そして、イリーシャに抱き抱えられた俺の姿を見て、彼女の顔がどんどん青ざめていく。


 控えめなイリーシャの声はどうやらセレーヌの耳には届いていないようだ。


「そ、そんな……。シン様の世話係は私なのにっ……」

「あ、あの……。その。えっと」

『おいおい、落ち着けセレーヌ。この子がイリーシャだ』

「……へ?」

「イリーシャと申します……」


 イリーシャがぺこりと一礼。

 彼女は礼儀作法もしっかりしている。

 しっかり者だな。

 どこかの誰かさんとは大違いだ。


「な。なーんだ。あなたがイリーシャね。私はルラルド王国聖騎士団副団長、セレーヌ・ディアベルリア。話を詳しく聞かせてくれますか?」

「は、はい!」


 パッと、イリーシャが目を輝かせる。

 セレーヌはすでに彼女を助けるつもりだろう。

 おそらく、すでに王国の方にも話をつけているはずだ。

 こういう時、やはりセレーヌは優秀で頼りになる。


「それとイリーシャ。今すぐシン様を私によこしてください! シン様は、私・の・、物です」

「は、はい……。ご、ごめんなさい」


 セレーヌが鼻の下を伸ばしながら強引に俺をイリーシャから剥ぎ取る。

 俺はセレーヌの大っきいクッションに顔を埋められた。

 前言撤回。

 やっぱり、セレーヌはセレーヌだ。


◇◆◇


 俺とイリーシャは事の顛末を話した。

 セレーヌの顔は少しばかり暗い。

 それはおそらく、かなり深刻な事態であることを意味していた。


「最近、同じ依頼が他の商人や旅人の方から騎士団に来ていました」


「魔物の影響で食料の仕入れができないのは、おそらくそれと関係がありますね」


 どうやら、イリーシャがくる少し前に同じ依頼が来ていたらしい。

 しかし、直接の被害者である集落に住むエルフたちが救援を出してこなかったので、騎士団としても動きようがなかったのだと言う。


「すぐに団長に通達して、迷宮攻略に行くパーティーを編成します。シン様はおそらく参加することになると思うので、準備していてください」

『分かった』


 まあ、そうなるだろう。

 鼻と聴覚が優れている俺は、罠を探知できるし、迷宮内で迷うこともなくなる。

 とはいえ、言われなくても行くつもりだったが。


「イリーシャはここで待っていてください。必ず、私たちがシアーシャを救ってきます」

「あの!」

「?」

「私も……。行かせてください……」


 イリーシャが、意を決して言った。


「……。ダメです。迷宮は危険ですから、あなたは……」


「私だって、力に、なりたい……。精霊の加護をだってあるし、治癒魔術も使える……から」


 セレーヌの圧力に押し負けて、少しずつイリーシャの語尾が弱くなる。

 そうだよな。

 迷宮が危険なことくらい、イリーシャは分かっている。

 今も彼女の妹は迷宮に囚われているのだ。

 安全なところで、自分だけ待っているなんて、できるはずもないよな。

 負けるなイリーシャ。

 それじゃあセレーヌを説得できないぞ。


「あなたはここまで伝えにきてくれた。それだけで十分、シアーシャの助けになっています。大人しく待っていてください」


 セレーヌは譲らない。


「……」


『セレーヌ。俺はイリーシャを連れて行く』

「な……。何を言っているんですか、シン様!」

「シン……」

『イリーシャは俺が責任を持って守る。俺には、彼女が必要だ』

「ううう……。シン様がそう言うなら……」


 渋々と言った様子でセレーヌが承諾する。

 俺はイリーシャに関して気がついていたことがあった。

 彼女は王国にくる途中。そして、俺に出会ったその瞬間まで、怪我をしていた。

 もちろん、そのようなそぶりは全くなかったし、俺も注意深く見ていなければ気が付かなかったと思う。

 右脚と、左腕。

 骨折とまでは行かずとも、ヒビは入っていた。

 だが、今は既に彼女の腕は治癒されている。

 俺は彼女を治癒した覚えはないし、セレーヌももちろん治癒していない。


 おそらく、自動的に、そして無意識のうちに自分で治癒したのだろう。


 これが精霊の加護の効果なのだろうか。

 精霊の加護はとても珍しい加護で、その加護を授かった者は、昔を辿ってもほとんど前例がないとか。

 かろうじで存在するのは、昔の古い文献のみだ。


 セレーヌ曰く、彼女はまだ完全にその加護をものにしてはないらしい。


 それでも彼女の治癒力は本物だ。

 きっと、イリーシャはやってくれる。

 俺は信じていた。


「ありがとう。シン」

『ああ。背中は守るから安心して』


 ◇◆◇


 イリーシャをセレーヌのところに送り届けた後、俺は寮に向かって歩いていた。

 今日は色々あったな。

 すっかり夜で、珍しく星が出ている。

 日本ではこんなに綺麗な星はあまり見なかった。


「おーい! シンくーん!」

『お。ノゾミ。あとカイも!』


 カイとノゾミが手を振りながら走り寄ってきた。

 久しぶりに会った気がする。

 団長と戦った時以来か?

 なんとなくだが、カイが少したくましくなったような。


「ようシン。元気にしてたか?」

『ああ。そっちは?』

「俺はもうクタクタだよ」

「シン君は今日の任務は終わりかい~?」

『今から寮に戻るとこ。二人は?』

「私はセレーヌ副団長に呼ばれてる」

「俺はこれから一仕事だな」


 なんと。

 すっかり夜なのだが、二人はまだまだやることがあるらしい。

 勇者は大変だなぁ。

 て言うか俺、今日なんもしてなくね……?

 い、いや、働いたさ。そう信じよう。


「聞いたよシン君。迷宮攻略だってね」

『まだパーティは決まってないらしいけど、俺は行くことになってる』

「早く魔物倒したいね! 私、あのスイーツお気に入りだし!」


 ノゾミはやる気満々だ。 

 たぶんノゾミは行くことになるだろう。

 カイも行くことになるんじゃないだろうか。勇者だし。

 戦力になるだろうからな。


「俺も一刻も早く助けに行きたいが……、多分俺は行けそうにないな」

『そうなのか?』

「カイ君は今、大変なんだよ~」


 ノゾミの説明によると、現在進行形でカイは団長と二人で王女の護衛をしなければならないらしく、かなり大変な状態にあるらしい。 


 それはつい最近のことだ。


 王城に、王女誘拐の予告が届いた。

 それから王都は大忙し。

 犯人を見つけるのに騎士団は駆り出され、カイと団長は王女の護衛と犯人の捜索。


 しかしまだ犯人は見つかってない。

 それどころか、痕跡すら見つかっていない。

 

 だから今日、騎士たちがものすごい形相で王都を歩き回っていたのか……。

 

「今回は二人に任せるよ。死ぬなよ、二人とも」

『もちろんだ。カイもな』

「ああ。それはそうと……。シンに聞きたいことがあったんだ」

『なんだ?』


 ふと、思い出したようにカイがつぶやいた。

 おもむろにカバンから手紙を取り出す。

 なんだ? これ。


「カイ君。王女様からラブレター貰ったんだよぉー!」

「ちげーよ!」


 ノゾミがニヤニヤさせながら、彼の肩を小突く。

 

『なんて書いてあるんだ』


 そこにはこう書かれていた。


――勇者カイ様。月が満ちる夜に、部屋でお待ちしております。お一人で来てください――


『へぇー』


 これはこれはカイ君。

 お部屋に呼び出されて。

 王女様に何しちゃったのかな?


「おい、俺は何もしてないぞ!」


 それは何かしたやつがいう言葉だが。

 まあ、いじわるはこの辺にしといてやるか。


 どうやらカイはこの手紙に従って一人で行くか、はたまた団長や王に伝えるか、迷っているらしい。


「どうしたらいい。シン」

『俺に聞かれても』

「頼む」

『まあ、言われた通り行ってきたらどう? 何か理由があるかもしれないし』

「分かった。シンが言うなら、そうしてみよう」


 納得したように頷くと、カイはそのまま急いで走り去ってしまった。

 真面目な勇者カイは王女に尻込みしているようだ。

 王女か……。

 そういえば、廊下でちらりと挨拶したくらいだったな。

 厄介なことに巻き込まれないといいが。


「むふふ」

『ニヤけてるぞ。ノゾミ』

「あれは恋だね!」

『はい?』

「恋の匂いがするよシン君!」

『誰が誰に?』

「王女様が、カイ君に、だよ!」


 恋ねぇ。

 異性との交流が全くない人生を歩んできたから、よく分からない。

 それともあれか?

 なんでも色恋沙汰にしたがる年か?

 青春じゃねえか。

 でも勇者と王女か。まあ、定番のところではあるな。

 そうなると俺は……。ああ、そいえば俺、犬でした。

 そういうのは期待せずにやっていこう。


「王女様がカイ君を見る目がそれを物語っていたからね。これは楽しみだぁ」

『妄想するのも結構だが、迷宮攻略はしっかりしてくれよー』


 心配せずとも、カイならなんだかんだ上手くこなせるだろう。

 迷宮攻略が無事終わったら、カイにどうなったか聞いてみるか。

 俺も行方が気になるしな。


 俺は人の心配をするより、まずは自分の心配だな。

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