第二章 迷宮編
日記10 救難信号は突然です
王都の街並みはとても賑やかだ。
種類豊富な店が立ち並び、平日でありながら賑わっている。
平日だからこそ賑わっていると言えるかもしれない。
しかし……。なんだかいつもに比べて、騎士の人数が多いな。
人探しか?
ものすごい怖い顔で歩き回っている。
俺の姿に気がつくと、敬礼をしてどこかに行ってしまった。
それはそうと昨日の夜、事件は起きた。
俺が今買い出しに来ている理由はそれとつながっているのだが、まず聞いてほしい。
そう、あれは昨日の夜のこと。
夜、修行終わると、ラミアが起床した。
ラミアは吸血鬼で夜行性なので、基本的に夜に目が覚め、頭の中で俺にいろいろと話しかけてくる。
彼女はいつも通り、あれやこれやと昔の武勇伝を語りに語っていたのだが、突然、スイーツが食べたいと言い出した。
どうにも俺たちは味覚を共有しているらしく、食べないと吸血鬼の力を貸さないとまで言い出す始末だ。
仕方がないから調理場に行くと、なんということでしょう。
スイーツがあるではありませんか。
あの時の俺は愚かだったと思う。
なぜ確認しなかったんだ。
俺はセレーヌが大事に保管し、楽しみにしていた一品だと気が付かず、あろうことか食べてしまったのだ。
次の日の朝。まあ、つまり今日の朝。
目が覚めると、目の前にはプンスカ怒っているセレーヌさん。
僕は愚かにも犬の姿でスイーツを喰らってしまったということで、あら可愛い。
口の周りや髭にクリームがくっついているではありませんか。
そして、俺は激怒したセレーヌに同じ物を買ってこいと学び舎を追い出され、買い出しに来たというわけ、だ。
このまま彼女の怒りが収まらなければ、もう彼女に体を撫で回してもらえなくなってしまうどころか、あの柔らかな胸に顔を押し付けられなくなってしまう。
これは緊急事態以外の何ものでもない。
阻止しなければ。
「ラミアのやつめ……。今度からは絶対言うこと聞いてやんねぇ~」
ラミアへの文句を垂れ流しながら歩いていると、地図に書かれた目的地へ到着した。
王都で有名なのスイーツの店だ。
「こんにちは」
しばしの間列に並び、ようやく自分の番が回ってくる。
「はい、こんにちは。あら、そのお姿はシン様ですね!」
このおばちゃん、どこかでみたことがあると思ったら、定期的に俺たちの部隊に食料を売りに来ていたな。
もちろん俺は人の姿になって買いに来ている。
獣人もそう、ほかの種族もいるから、目立たない。
おばちゃんは確か……。
「久しぶり、リリシアさん。『アシュウルビットの卵を使ったふわもちケーキ』を二つお願いできる?」
ようやくだ。
これを持って帰れば一件落着……なのだが。
リリシアさん返ってきたのは予想外の返事。
「ごめんねぇ。迷宮内の魔物が悪さしているせいで、卵が入ってこなくてね。当分の間は作れないんだよ」
な、なん、だと……。
そんなことがあるのか。
いや、あり得るか。
あってたまるか!
「そっか……。分かった。また来るよ」
「はいよ。入ってきたら、連絡するね」
「ありがとう!」
どうする……。このままでは、セレーヌが落ち込んでしまう。
よくよく思い返してみれば、すごく楽しみにしていたような気がしなくもない。
食べ物の恨みは怖いって言うしなぁ。
今じゃ、俺のお腹の中だ。
「まずったなぁ」
俺は空を見上げた。
よく晴れた日じゃないかぁ。
天気はこんなに良いのに、頭の中は積雪だな。
「おっと、ごめん。大丈夫?」
真上を見ながら歩いていると、誰かにぶつかってしまった。
体格からして、俺よりも小さい。
子どもだったら、もし怪我をさせてしまっては大変だ。
反射的に手を差し出す。
俺は思わず、目を丸くした。
予想通り、人間姿の俺よりも背丈は小さい。
エルフの少女じゃないか。
髪は薄緑色で、耳は尖っている。
瞳は宝石のように綺麗な空色。
「あの! 助けてほしいんです」
「何かあったのか?」
何せ子どもだ。
泣かせてしまったかもしれない……と思っていたが。
ぼろぼろの服に疲れ果てた表情。
どうにも様子がおかしい。
彼女の口から出てきたのは、斜め上の懇願だった。
◇◆◇
少女の名前は、イリーシャ。
セキメタス大森林に住まう、精霊の加護を受けしエルフだった。
子どもの姿でありながら、実年齢四十歳と、俺より年上だ。
いやいや、年齢はこの際どうでも良いだろう。
大事なのは何故、イリーシャが俺に助けを求めてきたのかということだ。
俺はこの世界の常識とかまだ分からないから、精霊の加護を受けたエルフがどれほど稀な存在なのか見当がつかない。
帰ったらセレーヌに聞いてみよう。
俺は彼女の話を聞くために、脇道へとやってきた。
このへんは人の通りが少ないから、重要な話をするのにもってこいだ。
別にこの子のまん丸お目目が可愛いから、いかがわしいことをしてやろう。ぐへへ、とか考えたわけじゃないからな。
「それでイリーシャ。詳しい話を聞かせてくれるか?」
「うん。分かった」
イリーシャは途切れ途切れになりながら、俺に説明する。
イリーシャたちエルフが住んでいる森は、この国から少しばかり離れたところにある、セキメタス大森林という名の森らしい。
セキメタス大森林には、古より精霊たちが宿り、選ばれたエルフに加護を与えてきた。
選ばれたエルフは、イリーシャ。そして、彼女の双子の妹である、シアーシャ。
二人は幼いながらにして一族からは尊敬の眼差しを向けられてきた。
それは子どもに向ける眼差しにしては、いささか大きく、重すぎる。
重圧。
精霊に選ばれた者は、責任を負う。
事は突然に起こった。
セキメタス大森林近辺に存在している迷宮に、異変が起こったのだ。
迷宮から魔物が溢れるようになり、近くの集落を襲い、彼女たちの集落にも被害が起こる。
多くの同胞が死んだらしい。
魔物は強く、そして、凶暴。
腕が立つエルフの戦士ですら敵わなかった。
このままではまずいことになると、誰もが思い始めた矢先のことだ。
イリーシャの妹、シアーシャが、迷宮内に攫われてしまった。
緊張のためか、ところどころ声を震わせながら、必死になって俺に訴えかけてくる。
「大丈夫か? ゆっくりで良い。落ち着いて」
「うん……」
俺はイリーシャをなだめる。
小さな肩だ。
ここまで一人でやってきたのか。
いくら加護があるとはいえ、無茶にも程がある。
集落のエルフたちは止めなかったのか?
止めるとはいかずとも、護衛とかつけなかったのだろうか。
さらに話を聞く。
やはりイリーシャはここまで一人でやってきたようだ。
「他に仲間と一緒に来たとかではないんだ」
「うん。精霊の加護を受けたんだから、一人で行って助けを求めて来て欲しいって」
「そうか……」
なんて奴らだ。
この小さな体でここまで来るのに、体力はかなり消耗したはずだ。危険な道も多い。
運が悪ければ、盗賊に攫われる可能性も十分にあった。
俺は、大体事情が掴めたような気がした。
精霊の加護は、おそらく彼らエルフたちにとって、恩恵が大きいものなのだろう。
おそらく、そう言い伝えられてきたに違いない。
彼らは盲信し、過信しているのだ。
イリーシャ達にではない。
彼女たちの能力に。
加護があれば、たとえ子どもでも問題ない。
むしろ一刻も早く、集落を助けてくれ。
そう思っているのだろう。
俺はこのことをセレーヌ及び、騎士団に伝えることを決めた。
すぐに部隊が結成されて、迷宮の攻略に赴くことになるだろう。
それは簡単ではないにしろ、やり遂げてみせる。
一刻も早く彼女の妹、シアーシャを救い出すことことが先決だ。
だが、その後はどうだろう。
イリーシャとシアーシャの能力を過信したエルフたちはどうなる。
このまま一生、二人にに重圧を背負わせ続けるのか。
もしかすると、自分たちではなく王国の騎士に助けてもらったとなれば、二人の立場はどうなる。
彼女たちはこう言われるんじゃないのか。
『精霊の加護を受けていながら、それを使いこなせなかった裏切り者』
などと。
いや、これは俺の考えすぎの可能性もある。
むしろ、余計なお節介かもしれない。
だが、だからこそこういった問題は、俺にはどうすることも出来ないのだ。
「分かった。とりあえず、今から俺は学び舎に戻って副団長に伝えるよ。イリーシャも一緒に来て欲しい。王都とはいえ、夜は危険だ」
「……あり、がとう。本当に、ありがとう」
「気にするなって。すぐに助けに行くから。安心して」
イリーシャはポロポロと涙を流し、俺に礼を言った。
礼なんかいらないさ。
俺は俺のやることを全うするだけだ。
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