日記9 固有魔術を試してみました

「おおーい! シン! こっちへ来てくれんか」


 勇者二人と顔合わせを終わらせると、獰猛な声が俺の名前を呼んだ。

 振り返ると、セレーヌと……。あれはもしかして、団長か?

 髭を生やしたなかなかダンディな男が手を挙げた。


「シン様、こちら騎士団の団長、アステル・グラブリア団長です」


 セレーヌがそばで紹介すると、アステルは一歩前に歩み出る。


「ふむ。アステルだ。よろしく頼む」

「よろしくお願いします。シンです」


 これがルラルド王国1の武闘派か。

 身長は二メートルくらいあるか?

 俺は人間の姿では150センチ程度の小柄だ。

 見上げる形になるが、大男だな、これ。


「今は人間の姿なのか?」

「ええ。とはいっても、耳と尻尾はそのままですが」


 アステル団長は俺を品定めするように見たあと、不敵に笑う。


「これも英雄の固有魔術か! はっはっは面白い。一見すると吸血鬼みたいな見た目だな!」

「ぎくっ」

「なに、冗談だ! はっはっは!」


 あっぶねぇー。

 冗談でよかったぁ。

 まあ確かに、金色の瞳に赤い髪は、ラミアと同じだからな。

 わかってて言ってる? もしかして。

 な訳ないか。

 

「よし、シンよ。今からわしと模擬戦でもやらんか?」

「模擬戦ですか?」


 どうやらお決まりのシチュエーションが来てしまったようだ。

 正直、勇者あたりと戦うことになるかなと、予想していたが、まさか団長とはな……。

 だが、今の実力を確かめるのには十分すぎる相手。

 戦術担当のラミアは現在睡眠中だから、勝てるか自信はないけど。

 

「ルールはなんでもありだ。剣術のみに限らず、魔術を使っても構わんぞ?」

「その申し出、受けましょう」


 俺は意気揚々と申し出を受け入れた。


 ◇◆◇


「聞いたか? 団長と英雄様の決闘だぞ」

「どっちが勝つと思う?」

「さすがに団長だろ。勇者様二人は団長に敵わなかったしな~」

「俺はあの英雄に賭けるぜ」

「いくら賭ける?」

「金貨五枚賭けてやってもいい」


 予想とは裏腹に、思わぬ注目を受けている犬。

 おそらくこの世界でこれほどの注目を受けている犬は俺以外にいないだろう。

 何やら、どちらが勝つか賭けている騎士たちもいるようだ。

 金貨五枚って結構な金額だぞ! 大丈夫かよ。


「シーン! 頑張れよぉーー!!!」

「シン君頑張って!」


 カイとノゾミに応援されながら、俺は考えを巡らせる。

 改めて対峙すると、すごい圧力だな。

 勇者二人が負けたのも頷ける。

 おそらく力負け、だけじゃないだろうな。

 セレーヌが審判を務めるらしい。

 こう見えて彼女はスパルタ師匠だからなぁ。

 ギリギリまで止めに入らないとか、そういうのやめてよ? お願いだよ?


 俺はそのような意味を込めて、セレーヌに熱い視線を向けた。

 彼女は俺の視線に気がついたらしい。

 よし、気がついた! と思ったが……。

 彼女は頬を緩ませ、そのままウィンクを一発。

 違う。そういう意味で俺はお前を見つめたんじゃない!


「うっひょ! 今セレーヌさんが俺に向けてウィンクしたぞ!」

「違う! 今のは俺に向けてだ!」


 観客の騎士たちが湧き上がる。

 うん。無視しとこう。


「作戦は決まったか? 英雄よ」

「残念ながら全く、ですね」

「すまんがわしは手加減などせんぞ!」

「……」


 俺は剣術は初級程度だが、日々の訓練のおかげで、魔力量は増えている。

 それに、正直技術以外の面では俺の方が優っている自信がある。


 ラミアの力だけではない。

 魔術は俺の得意分野。

 俺が今日、団長の申し出を受けたのは、力試しもあるが、別の理由もあった。

 試したいことがある。


 俺は木剣を受け取ると、脇構えの形になる。

 対してアステルは上段。

 

 俺はこの勝負、手を抜くつもりは一切ない。

 今の自分の実力、限界がどこなのか、見極める。


「どうしたシン。こないのか?」


 アステルが不敵に笑う。

 とうにセレーヌは開始の合図を出している。

 俺が先に動かない理由は一つある。

 アステルはカウンターを狙っていることが、俺は嗅覚で分かるからだ。

 故にその手には乗らない。


「ならば、こちらから行くぞ」


 アステルがどっしりと構え、踏み込んだ。

 俺の目には正直、瞬間移動しているように見えた。砂埃と共に姿を消したように見えた。


 だが、俺の鼻と耳は、確実に彼の行動を追っている。

 上段からの、袈裟斬り。


「うおわっ……。あっぶねぇ」

「これを避けるか」


 ビュン、と目の前で風を切る音が聞こえる。

 行動が読めていたとはいえ、回避はギリギリだった。

 すぐ背後で、突風が巻き起こる。

 剣一本でだ。

 だった剣を振り下ろしただけで、この威力。

 直撃すれば、タダでは済むまい。

 俺はすぐに動いた。

 動かなければ次がある。

 休む暇はない。


 アステルの回し蹴りをいなし、剣を見舞う。

 しかし、アステルはそれを易々と逸らした。

 

「やはり、剣術はまだまだ……っっ!?」


 俺の剣をいなしたアステルの胴はガラ空き。

 俺はそこを突く。

 手のひらに風魔術を繰り出し、アステルの腹に打ち込んだ。


「うぐっ」


 ただの風魔術ではない。

 触れた物を切り刻む空気砲みたいな物だ。

 威力抜群。殺傷力抜群。


「マジかよ」

「やるではないか」


 二メートル近い巨体を吹き飛ばすほどの威力だったが、アステルは簡単に起き上がった。

 腹はかすり傷程度で、血は出ていない。

 対して俺の額からは血が流れていた。

 いつ攻撃を貰ったのかはわからないが、おそらく気がつかないうちにカウンターを食らったようだ。


「団長が闘気を纏ったぞ!」

「団長に纏わせたのはこれで何人目だ!?」

「だが、こうなったら、英雄に勝ち目はないだろうな……」


 闘気?

 確かに、圧力が増した。

 そうか、攻撃をもらう瞬間に闘気を纏い、ダメージを防いだのか。


 固有魔術 【闘気】


 王国内ではアステルだけが扱える魔術だ。

 身体の強靭度を底上げし、弱い心を持つ敵の戦意を喪失させる。


 俺は深呼吸し、静止する。


「どうした。戦意喪失か?」


 固有魔術 【鮮血たる血の眷属】


 俺は目を見開いた。

 固有魔術を使うのは初めての試み。

 脈が速くなり、全神経が目の前の敵に集中する。

 まるで自分だけが、時間の先にいるような感覚だ。


「なに!? 一体何を……」

「行くぞ」


 固有魔術 【鮮血たる血の眷属】は、吸血鬼の力を一時的に高め、能力を大幅に底上げする。

 また、如何なる状態異常も無効化する。


 重ねて、もう一つの固有魔術、【英雄候補】は、流れる血の量に応じて、さらに身体能力が上昇。

 つまり、今の俺の身体能力は、アステルよりも上だ。


 俺はアステルよりも先に踏み込んだ。

 自分でも驚くほどのスピード。

 アステルは反応できず、俺の剣を受け止めることしかできない。


「これほどの力っ……!?」

  

 しかし技術はアステルの方が上。

 ならば、どうするか。

 水魔術を使い、アステルの足元を崩す。

 体勢を崩した相手の懐に一撃。

 アステルは胃液を吐き出した。


 とはいえ、流石は歴戦の戦いを潜り抜けてきた団長だな。

 立て直しが早い。 

 俺の嗅覚がアステルの行動を予測する。

 足元の沼から抜け出し、カウンター。


 俺は水魔術を応用させ、沼を急速に凍らせた。

 アステルは抜け出すことができず、倒れ込む。


「勝負ありだ」


 俺の全力の一閃は、木剣でありながらアステルの上半身を大きく切り裂いた。


「そこまで!」


 セレーヌの掛け声が聞こえる。

 沈黙が生じ、周囲がどよめく。

 俺は、どうやらこの国随一の武闘派に勝ってしまったようだ。


◇◆◇


「いやぁ、まさかこのわしが負けるとはな。あっぱれあっぱれ。さすがは英雄だ」

『いえ、固有魔術に頼ったからです。剣術では勝てません』


 治癒を済ませた団長は、高らかに笑って俺を褒めた。

 負けたにも関わらず、とても嬉しそうだ。

 負けなしだったからこそ、自分よりも強い相手に出会えて嬉しい、みたいな感じか?

 俺の方はといえば、力を使い果たして、今はすっかり可愛い子犬姿だ。


「しかし、こんな可愛い子犬に負けたとは、信じがたいわ!」

『そうでしょうね……。俺も信じられません』

「えっへー。さすが私の教え子です。あぁーーん可愛い可愛い可愛いぃ~」

『い、いやん、やめて! 撫で回さないでぇぇ!』


 すっかり興奮してしまったセレーヌに抱き抱えられて、俺は再び、あられもない姿を晒す。

 ほら、カイとノゾミがこっち見てるじゃん。


「いやぁ。シンがこれほど強かったとは。びっくりした」

「ず、ずるいですよセレーヌ副団長! わ、私も触りたい!」

「私のシンは私だけのシンよ! ノゾミ様! あっちへ行けぇ!」

『おいおいおい。ノゾミ、土まみれの手で俺の体を撫で回すな!』


 感心するカイとは打って変わり、ノゾミはすっかり変態化していた。

 俺は顔をノゾミの胸に押し付けられ、そうかと思えば、今度はセレーヌの柔らかい胸に窒息させられかける。


『おいおいなんじゃ、騒がしいの。……って。シン、お主、変態じゃな』

 

 タイミング悪く起きてきたラミアは、それだけいうとすっかり奥へ引っ込んでしまい……。


 俺はすっかり理性を吹き飛ばされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る