日記5 出口が見えそうです

「それでは勇者様! この水晶に手を乗せてください」


 カイとノゾミはフィーネに連れられて、水晶がある部屋にやってきた。


「これは?」

「これは魔術の適性を調べるための水晶です。例えば、炎魔術の才能があるものが手を乗せれば、水晶は赤く光ります」


 どうやらこれから勇者の魔術適性を見るようらしい。

 

「じゃあ俺からやって良いか?」

「どうぞカイくん」


 少し緊張したが、思い切ってカイは前に出た。ノゾミは興味津々な様子で窺っている。

 こうなってくると、いよいよ異世界だなと、カイは思った。

 勇者として召喚されたのだから、まさか適性なしとではないだろうに。

 それでも不安だ。

 カイはそっと、水晶に手を当てた。

 

「おお!! これはっ!」

「なんだなんだ!?」


 水晶が真っ赤に染め上がる。

 中に炎が宿っているかのように、メラメラと熱くなってきた。


「勇者カイ様は炎の適性があるようですっ! 炎魔術は戦いで大いに役立ちますよ!」

「じゃあ、今度は私が!」


 どうやら自分には炎の適性があったようだ。

 とはいえ、実感はわかない。本当に炎なんて扱えるようになるのか……?


「おお!! これはっ!」


 フィーネが先ほどと全く同じリアクションをする。

 この人は何にでも驚くらしい。

 そう思っていると、ノゾミが手を当てた水晶が、青に輝き始めた。


「勇者ノゾミは水魔術の適性がありますね。凄いですっ!」

「魔術の適性があるって、そんなに凄いことなのか?」


 カイはふと、疑問に思った。

 魔術適性が一つあるくらい、誰にでもあるのではないだろうか、と。


「いえいえ! 魔術適性を持つ人はそうそう居ません。それに、勇者様方には勇者補正が付いているはずです」

「勇者補正ですか?」

「ええ、勇者ノゾミ。勇者補正はそのものの魔術効果を底上げしますから」

「だから私たち勇者が重宝されてるんですね」


 勇者補正か。

 とはいえ、それ相応の努力をしていかなければならない。

 魔術適性がある上、補正まである。

 能力に驕らず、研鑽していかなければならない。


「ふふっ。カイくん。真剣な顔だね」


 少し、真面目になりすぎていたらしい。

 気付けばノゾミが覗き込んでいた。


「ああ。この世界に召喚された以上、やることは全力で、だ」

「カイ君らしいね。同じクラスだったけど、私たち、そんなに話したことなかったっけ」


 確かにノゾミとはあまり話したことがなかった。というより、カイはあまり女子と話すことはない。

 

「そうだな。まあ、これからはお互い、力を合わせようぜ」

「そうだね! 頑張ろう!」


 ノゾミは真面目な性格だ。

 勉強熱心で、クラスでは一番頭が良かった気がする。

 ノゾミは、この世界に召喚されて怖くないのだろうか。

 カイは、少なくとも怖かった。

 この世界では死が間近にある。


「私は、この世界にいつか来てみたいと思ってて」

「そうなのか?」

「うん。厨二病だからねぇー」

「厨二病ね。俺はとっくの昔に克服しちまったよ」

「まあ、それが普通だよね」

「お二人とも、行きますよーっ!」


 気付けばフィーネが外で待っていた。

 まあ、頑張っていくか。

 強くなるしか、恐怖心は掻き消せないからな。

 それにしても、英雄として召喚されたのは一体誰だったのだろう。

 生きていると良いが。



◇◆◇



 俺の嗅覚とラミアの記憶を頼りに洞窟を進んでいると、出口が見えてきた。

 雲を倒して満足したのか、ラミアはすっかり眠ってしまったようだ。

 

『誰か、いるな』


 そこにはこの世界で初めての人間の姿があった。

 騎士のようだ。人数は五人程度か。

 服装はそれなりに軽装だった。

 てっきりガチガチの甲冑でも身につけているかと思ったが……。

 あの紋章、確かラミアがルラルド王国って言ってたな。


 ルラルド王国。

 わざわざ迷宮に来るということは、俺を探しにきたという説が濃厚だな。

 このまま前に躍り出るか?

 だが、異国の犬の姿だ。

 魔物と勘違いされて殺される可能性もあるだろう。

 いやいや、ダックスフンドだぞ?

 流石にそれはないか。


「英雄様はどこだ……っ? くそ、ここはかなり危険な迷宮だぞ……」

「お、臆するな……。蜘蛛の魔物に気をつけるぞ。奴は危険度の高い魔物だからな」


 危険度が高いって……。

 あいつ、結構やばい奴だったのか?

 ラミアのやつ、無茶させやがったな。

 俺はすぐに人間の姿に変化し、騎士たちに事情を説明することにした。


「な、何者だっ! 冒険者か?」

「俺の名前はシン。英雄召喚者だ」

 

 俺は胸を反らせて決め台詞をかます。

 いけたか?


「英雄様……だと? 確かフィーネ様曰く、犬の姿だと聞き及んでいたが……」

「へ?」


 どうやら、変化する必要はなかったらしい。

 というか、俺が犬の姿で召喚されるのは決まっていたことなのか?

 それとも、召喚する側は俺の姿を見ることができたのだろうか。

 なんにせよ、それならより一層、吸血鬼の力は出さないようにしないとな……。

 ラミアも、吸血鬼の力はあまり人前で出すことが無いようにって、言っていたしな。


「おおっ! これは、稀に見ない姿だ。これが異界の動物か」

「こら、今度は俺が撫でる!」

「おい待て、俺が先だろ!」


 流石はダックスフンドだな。

 この姿になった途端、むさ苦しい男どもに体を撫で回されている。

 もちろん、尻尾は動くまい。

 できればボインなお姉さんにお触りしてもらいたいなぁ。


『この姿では喋られないので、念術を使います』

「おっと、これは! これが英雄様の魔術か」


 俺はざっくりとした説明を、帰りの道中にした。

 もちろん、ラミアのことは黙って置くつもりだ。

 吸血鬼は、良くも悪くも嫌われ者らしい。

 魔族派でも人間派でもなく、自由人。

 圧倒的な力を持ち、人からも魔族からも避けられている。

 彼女は恐れられていることから、人間には内密にすることにした。

 俺を囲うようにして騎士たちが歩く。


 これからルラルド王国に戻り、王に謁見するらしい。

 まあ、なんとか無事に帰られるようで安心だ。

 俺以外に勇者として召喚されたのは者たちは、一体どんな奴らなんだろうか。


 まあ、頑張っていくか。

 犬だけどな。

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