日記4 どデカい蜘蛛と戦いました
『それで聞きたいことは沢山あるんだけどさ、なんでラミアはこんなところで、しかも死にかけの状態で、倒れてたんだ? 一応吸血鬼なんだろ?』
俺は率直に疑問を口にした。
今後のこととかいろいろ決めたかったけれど、まずはこれを聞いておきたかった。
吸血鬼って一応、めっちゃ強いって認識なんだけれど。
「ふむ。私も本来のところ、こんなところで、しかも蜘蛛如きにやられるほど弱くは無いわ」
やっぱあの蜘蛛にやられたのか。
『それじゃあなんでさ』
「色々あってな。宿敵にやられたんじゃよ。命からがら逃げてきたところを、蜘蛛に追い詰められたと言った感じじゃ」
『へぇー。宿敵ね。吸血鬼にも、苦手なやつとかいるんだな』
俺は舌を出し、ぜぇぜぇ言いながら念術でラミアと会話する。
客観視すると、なんだか変な感じだな。
「それでシンよ。お主、これからどうするつもりじゃ?」
『どうするって?』
「まさかこのままこの迷宮で彷徨うつもりじゃなかろう?」
『まあな。それはラミアが道を知ってるだろ?』
「知っておるぞ。それとシン。提案がある」
ラミアはその薄い唇を緩めて、なにやら艶かしく笑った。なかなかエッチだ。
提案? そいえば、助けてくれるって言ってたような。
『提案って?」
「しばらくの間、シンの魂の中に、私の魂を住まわせてくれ」
『はい?』
説明するならこうだった。
どうやら完全無欠の吸血鬼さんは、姿を魂の姿に変えることができるらしく、俺の魂に融合することが可能なのだとか。
融合中、俺は完全では無いが、彼女の能力を扱えるようになる。
これまでラミアは人間に近い姿で活動してきたらしいが、宿敵にやられたので、しばらくは俺の中で身を潜めていたいらしい。
『めちゃくちゃ便利」
「便利などと抜かすな。これは私にしか扱えぬ秘伝じゃ!」
怒って頬を膨らませているが、全然怖く無い……。
『ごめんごめん。もしかしてその状態なら、俺も人間の姿になれるのか?』
「なれるぞ。ただし、その場合は私に酷似した姿になるし、魔力を消耗するから、ずっとという訳にはいかんじゃろうがな」
一時的……か。
けれどまぁ、人間の姿になれるのなら、人とのコミュニケーションもとりやすくなるのか。
一応英雄として召喚されたのなら、その役目は果たしたい。
『その提案乗るよ』
「決まりじゃな。そうそう。知っての通り、私は夜行性じゃ。昼間は話しかけても寝ておるからよろしく頼むぞ」
ラミアは嬉しそうに微笑むと、みるみるうちに小さくなり、最終的には光る球体になった。
これが魂……なのか? よくわからん。
それがどんどん俺の胸元に近づいてきて……。
「ッッ……!!」
めっちゃ気持ち悪かった。
どうやら俺の魂とラミアの魂がフュージョンしたらしい。
失敗して太った犬になるとかないよな。大丈夫だよな?
『失敗するわけなかろう。私を誰だと思っておる?』
『鮮血なる女王様、だろ?』
すごい。
心の中というか頭の中に、ラミアの声が響いてくる。
この世界の魔術について、ラミアから教わった事がある。
この世界の魔術には基本的な属性がある。
炎魔術
水魔術
風魔術
治癒魔術
光魔術
闇魔術の6属性だ。
先ほどラミアとしていた会話は、俺が犬の姿では言葉を話すことができないので、闇魔術を応用させた念術を使っていた。
血魔術は水魔術の応用系。
このように、基本属性を十分に扱えることができれば、応用させてそれぞれ別の魔術の扱いも可能になるらしい。
最も、血魔術は吸血鬼の独自の魔術だが。
とはいえ、口で言うほど簡単ではない。
一般的に基本6属性のうち一つでも扱えれば、かなり有望。
努力しても魔術が扱えない人の方が多いのだ。
俺も今この段階では扱える魔術はラミアの魔術のほんの一部分にすぎない。
努力して、できれば全魔術網羅したいな。
『ほほう。全魔術網羅と来たか。シンに才能があれば、努力次第ではできるわ』
かっかっかと、ラミアの笑い声が頭に響く。
新鮮ではあるが、まだまだ慣れないな。
変な感じだ。頭をのぞかれているみたいで。
『さて、シンよ』
『なんだよ』
『報復に行け』
『ああ、あの蜘蛛……』
報復って。まさかやり返しに行くってか?
おいおい。俺は犬なんだが。
それに見た感じかなりやばそうな魔物だったし。
『なに、心配するでない。完全ではないとはいえ、今お主は私の魔術を扱えるのじゃ。それに、私の吸血鬼としてのプライドが許さぬ』
プライド、ね。
ざわざわとした気持ちだ。
これは、たぶんラミアの心か?
魂がリンクしている以上、多少なりともお互いの心がわかる。
おそらく、ラミアは強い。強いの範疇を超えるくらいに。
初めての敗北なのかもしれない。
敗北は辛いよな。しかも、ずっと強者だった奴が、不意を突かれてやられたんだ。
俺は決意した。
やってやろうじゃん?
◇◆◇
巨大蜘蛛の名前は、アームスパイダー。
意気込んでから早速探したわけだが、あっという間に見つけられた。
なんにせよ、ダックスフンドの嗅覚はえげつないというわけだ。
クンクン嗅いだだけでそれなりに離れていても感知可能。しかも匂いのみで個体の判別すら可能。
ダックスフンドすげぇ。
『浸っている場合じゃないぞ、シン。お前は犬じゃ。どう戦うつもりじゃ』
現在、アームスパイダーは懸命に巣を作っている模様。
それを俺はお得意の隠密で観察中。
作戦は考えている。
犬の姿で戦うつもりは今のところない。
武器は持てないし、攻撃手段もないからな。
『擬態するつもりだ。魔力を消費して、一度人間の姿になる』
『まぁ、そうなるじゃろうな。しかし、短期決戦になるぞ? 今のシンは、魔力量が少ないからの』
『ああ。分かってる』
俺は念じた。
確実にイメージする。
なりたい姿に。人間の姿に。
もっと緻密に。
細胞レベルで想像し、神経を研ぎ澄ませる。
『ほーう。なかなか筋があるではないか。一発成功じゃ』
ギシギシと骨が変形し、体が引っ張られるような激痛に襲われた。
体の全てが動かせる。
水に反射した自身の姿をみると、これがなかなか良かった。
ラミアにとても似ているな。
金色の瞳に、赤い髪。
全体的に細身だな。身長もそこまでだ。
おしりには尻尾、頭には垂れ耳が残っている。
それ以外を除けば人間だ。
これが所謂、獣人というやつだな。
「おっと。喋られるようになったな」
久々だ。こうして言葉を発するのは。
以前と比べてやや声が高い。まるで、自分の声じゃないみたいだ。
「おい、そこの小汚いスパイダー!!!」
よし、これなら戦える。
俺が渾身のセリフを吐き捨てて挑発すると、びっくりしたようにアームスパイダーが巣から出てきた。
互いに臨戦体制である。
「よくもうちの吸血にちょっかいかけてくれたな。今度は俺が叩きのめしてやるぜ。ふっ、俺にかかればおま……」
『避けよ! シン!』
「うおぉっっ!!!??」
反射的だった。
ラミアの声とほとんど同時に、アームスパイダーが放つ糸が、俺の体を掠め通る。
あまりに突然の出来事だったので、半身しか逸らすことができなかった。
切り傷一つで済んだのは奇跡だな。
あいつ、吐く糸を硬化させ、銃弾のように扱うことができるようだ。
「先手必勝ってか? 今度は俺からだっ!」
俺は一歩踏み込み、アームスパイダーの背後に回る。
弱点は枝みたいに細い足か?
『足は硬い。目、もしくは口を狙え、シンよ』
「了解」
背後に回る俺に、アームスパイダーは素早く足を動かして距離を取る。
シュルシュルと糸を吐き捨てくるので、全然近寄れない。
しかも天井はやつの足場。
『血魔術を使え』
血魔術って、どうやって。
やはり、イメージするしかないか。
「結構痛いな」
気付けば体からはそれなりに血が出ている。
ラミアの力を受け継いでいるとはいえ、その力は半分にも満たない。
全部聴覚と嗅覚で敵の位置、攻撃、予備動作を感じ取り、行動に移しているが。
右左右、後ろッ!
完全には回避できねぇよっ!!
『このままじゃと、こちらが持たぬ』
血を操る。
まずは武器。
血の武器だ。持ち手、剣先。硬度を上げる。
「出来た!」
俺はすぐさま血で作り出した剣を右手に持つと、距離を詰めた。
剣術なんてもんは分からん。せめて剣道習っとくべきだったな。
剣で糸を弾き、糸を弾き、アームスパイダーの眼前に躍り出る。
力任せだ。ゴリ押しだこの野郎。
「キュルキュルキュルキュル!!」
「うおりゃっ!」
アームスパイダーの口を狙うが、やつの歯に弾かれた。
しかし、同時にやつの歯が砕ける。
これでアームスパイダーの持ち味はスピードと糸になったわけだ。
急所がむき出しだぜ?
さらにイメージを研ぎ澄ませる。
そうだな、手で水を掬うように。
優しく、丁寧に、それでいて大胆に。
水鉄砲。
いや、今回は血鉄砲ってか?
「キュルキュルッッッラァァァアァァ!!!!」
俺の剣から鋭く発射させられた血の斬撃は、的確にアームスパイダーの顔面を捉えた。
硬い甲羅を砕くき、目をつぶし、動きを停止させた。
俺はその隙に、アームスパイダーの頭に剣をぶっ刺した。
『良いイメージじゃったぞ? さすがは私が見込んだだけのことはある』
「これ、かなり魔力を消耗するな」
剣をぶっ刺してトドメを刺すと同時に、俺の擬態は解けた。
可愛いダックスフンドの姿に戻る。
『魔術を使えるとかなり役立つなぁ』
『そうじゃろ。シンは剣術もやったことがないようじゃの』
当たり前だ。
剣を持つなんて、これが初めてだったんだから。
『シン』
『なんだ? ラミア』
『礼を言うぞ』
『良いってことよ』
ラミアはそれだけ言うと、「疲れたから寝る」と言って引っ込んでしまった。
つまり、もうすぐ朝を迎える、ということか。
俺は亡骸になったアームスパイダーを見て、ここは異世界だと、改めて感じた。
やられれば痛い。
戦えば、常に死が隣にある。
力がないと、この世界では生きていけないということを。
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