日記3 どうもこんにちは、犬です

 どうもこんにちは、犬です。

 この通り大変可愛らしいダックスフンドでございます。

 足は短く、胴は長い。鼻が長くて嗅覚にとても自信がありますよ。

 狭い隙間もご覧の通り潜ることができ、虫を食べることができます。


 予想していた通り、洞窟の水には少量の毒が含まれていたようですが、何度も飲んでいるうちに毒耐性がつきました。

 素晴らしいでしょ?


 はあ。


 体感で一週間くらいが経過した。


 まだ、俺は洞窟から抜け出せていない。

 魔物が蔓延る洞窟で、易々と動き回るわけにはいかないし、そもそも出口がわからん。


 外の空気の匂いも音もしないから、たぶんここはかなり深い。

 深層。おそらく、深層の迷宮だ。

 何日経ったかわからない。

 だけど多分まぁ、結構経ったな。

 やはりこの洞窟の湧き水には毒があったようだ。

 数日腹痛に襲われたが、何度も飲み続けていると、効かなくなった。

 どうやら毒の耐性がついたようだ。

 これで安心して水を飲むことができる。

 ついでに嗅覚と聴力も以前より感覚が研ぎ澄まされたようだ。


 嗅覚が上昇したおかげで、匂いを嗅ぎ分けることができるようになった。

 ほーらこんなふうに。

 この匂いは魔物。この匂いは血。この匂いは……近い。


「……っ!」


 俺は咄嗟に壁に開いた隙間に潜り込んだ。

 さながら肉食獣から逃げる獣のように。

 あ、俺も獣といえば獣でした。

 可愛い獣ね。

 人間だったらこんなふうに身を隠すことはできなかっただろう。


 結論、目の前に現れたのは巨大な蜘蛛だった。

 凄まじい大きさ、そして圧力だ。

 巨体のくせに何本もの足を動かして気味悪く高速移動している。

 道中見た蜘蛛の巣はこいつのものらしい。

 毒歯だろうか、緑っぽい液体を歯につけて、カチカチとハサミのように動かしている。

  

 これはまずい。これは非常にまずい。

 この日一日、俺はこの蜘蛛が去るまで隠れ続けていた。


◇◆◇


 それから少しばかり時間が経過した頃。

 今、俺の目の前に女が佇んでいる。

 瀕死のようだ。

 人のようなシルエットだが、とくに武器らしき者は持っていない。

 蜘蛛から逃げた後、俺はしばらく迷宮を彷徨い、ここに辿り着いた。

 クンクンと匂いを嗅ぐ。

 女の髪は真っ赤で、美しい。

 まだ、息をしているようだ。


「……おいそこの犬よ。私の元へ来い」


 女が口を開く。生きていた。

 罠だろうか。近寄るべきか迷うな。


「用心深いやつじゃ。罠などではないわ」


 心が、読まれている!?

 俺はのそのそと近くに寄った。

 可愛いでしょ? 俺。

 それにしても彼女、美しい瞳だ。全てを見透かすような、そんな金色の瞳である。


「私が美しいとは、見る目があるようじゃな。お前に頼みたいことがある。血を吸わせろ。そして、私を助けよ」


 血を、吸わせる? 何を言って?

 そもそも何で俺の心が読まれて。


「これは私の魔術。念術じゃ。お前の魂に干渉し、会話を可能にしておる。私は、鮮血なる女王。孤高の吸血鬼じゃ」


 吸血鬼……だと? 

 血まみれの女王。何があったのだろう。そして一体ここはどこなんだ。


「疑問が浮かぶのはもっともじゃが、私はこのままだともう時期死ぬ。私を助けよ。さすればお前の疑問を解決し、助けになってやる」

『助けって?』

「おそらく、お前は召喚されたのだろうよ」


 何故そのことを。確かに召喚されたはずだが、まさか、こいつが俺を?


「否じゃ。私ではない。私を誰だと思っておる。鮮血なる女王、孤高の吸血鬼じゃ。三千年も生きておれば大体のことは知っている」


 そういうもんか。

 ふと俺は考える。まずは目の前の課題だ。

 この吸血鬼を助けるか否か。

 助けてどうなる。この吸血鬼の言うことが本当ならばこちらにも利があるのだが。

 しかしこうも易々と信じて良いものだろうか。

 助けた途端殺される、なんてことも十分にあり得るし。

 

「ええい。まどろっこしい奴め。お前を殺して私にメリットなど無いわ。さっさとせよこの胴長短足め!」

『な……っ! 世の中には言っていいことと悪いことがあるんだからねっ!』

「残念じゃが、この世はお前の知ってる世では無いわ」


 よし、決めた。

 俺はこの吸血鬼を助けることにした。

 

「ふむ。助かった。これで体を治すことができるわ」


 この女の言うことは本当で、確かに吸血鬼だった。

 俺(犬)の首筋に噛み付くと、みるみるうちに血を吸い、女は生気を取り戻した。

 傷だらけだった体は瞬時に回復し、血色が良くなる。

 ていうかめちゃくちゃ美人だ。

 スタイル、バチクソ良い。

 

『約束通り助けてやったぞ。まずは質問に答えて欲しいんだが』

「なんでも聞くが良い。私は孤高の吸血鬼じゃからな! かっかっか!」


 機嫌が良くなったようで何よりだ。

 まずは、そうだな。ここは一体どこで、召喚とは何か、だな。


「ふむ。ここは迷宮。中規模迷宮の最深部じゃな。それなりに強い魔物が蔓延る迷宮で……」


 彼女曰く、ここはまあまあ危険度の高い迷宮らしい。

 そして召喚とは、ルラルド王国が魔族に対抗するために行った儀式らしい。

 勇者召喚と英雄召喚。

 俺はその英雄召喚者なのだとか。

 ということはつまり、他にも勇者として召喚されたやつがいるってことか。


「そうじゃな。お前の場合はおそらく召喚のミスでここに飛ばされたのじゃな。かっかっか! 運の悪いやつめ」

『うるせぇー! ……でもまぁ、そうか。俺は英雄として召喚されたのか』


 少し、ほんの少し、嬉しさを感じた。

 誰かに役立つことなんて、日本ではほとんどなかったから。

 

『それで、あんたはどうしてこんなところで倒れてたんだ』

「おい待てお前。私をあんた呼びするな。こう見えて、私は孤高の吸血鬼なのだぞ」


 孤高の吸血鬼ね。

 まあ確かに、お互いに名前を知らなかったな。


『それじゃあ名前は?』

「無い」

『は?』

「私に名前などない。鮮血なる女王。孤高の吸血鬼じゃ。名前など必要あるまい」

『とはいっても名前がないと困るんだが……。そうだ、名前をつけてやるよ。俺にも名前をつけてくれ。俺は犬だからな!」

「かっかっか! 面白いことを抜かす奴め。だが、良いだろう。命の恩人として、私に名前をつけさせてやる」


 女はそう言って、高らかに笑った。

 本当は嬉しいんじゃねぇか? 目をキラキラと輝かせているように見えるけれど。

 しかし、名前か。

 何って呼べばいいんだ。

 

『……ラミアで、どうだ?』


 俺がそう伝えると、女は「ふむ」と、考える。

 なんだ? 気に食わなかったか。それなら……。


「良い名前じゃ。それで良い」

『決まりだな。ラミア』

「私はもう、お前の名前は決めておるぞ」

『聞かせてもらおうか。先に言っておくと、変な名前は無しだからな』

「かっかっか。私を誰だと思っておる。鮮血なる……」

『あー。分かった分かった。それで、名前を聞かせてもらおう』

「お前の名はシン。シンだ。良い名じゃろう」


 シン。

 呼びやすい名前だ。日本でもこのような名前は珍しくない。


「お前に馴染みやすい名前をチョイスしてやった。感謝せよ。それに、この名は私にとって大事な名前じゃ」

『へぇー。そうか。なら、努力するよ。……じゃあまあ……よろしく頼むな、ラミア』

「かっかっか。よろしく頼むぞ、犬よ。嬉しいのか? お主。尻尾が揺れておるぞ」

『う、うるせぇ!』


 全く、この姿だと、照れ隠しもできたもんじゃないな。

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