第29話 勇者カケルの夜明け

 まだ夜が明けきっていない時間に、俺は目を覚ました。

 

「・・・はぁ」


 数時間ほど眠れたが、熟睡とはいかなかった。

 独りでに心臓の鼓動が早くなる。


 期待か不安か、両方だろう。


「風呂でも入るか」


 こんな時は朝風呂に入ってさっぱりするのが一番だ。

 生前の俺も旅行先では朝風呂によく入っていた。


 部屋の隅には昨日届けられた新品の鎧が飾られている。

 

 鎧といっても全身ではなく、籠手と胸当てとレッグアーマー。

 どちらも白を基調としており、ここに青いマントを着けるらしい。

 マントの背中には王家の紋章。


 着たことは無いが、どれも魔力が込められていて頑丈な上、非常に軽いという。

 本当はこれ以外にも装備はあったようだが、


『全身に鎧を着けると、見えなくなってしまうので・・・』


 衣装にもこだわった彼女自身が、全身装備が嫌だったらしい。

 俺は着せ替え人形か。


 しかし、出発から最上級の装備は物語的にアリなんだろうか。

 最弱が言えることでもないか。


 カチャっと部屋の扉を開けると、大浴場に向かう。


「おはようございます。勇者様」

「ごめん、起こしたか」


 部屋から出てすぐにユズハが顔を出した。

 まだ休んでいても良いのに、仕事熱心な子だ。


「大丈夫です。どちらへ行かれるのですか?」

「城から脱出しようと思って」

「・・・勇者様?」

「冗談だよ」

「くすっ、分かってます」


 夜中こっそりと言えば脱城計画。

 それを軽く流してくれるのだから、信用されたものだ。

 真面目に生きてきて良かった。


「眠気覚ましに風呂に入ろうかと思ってさ」

「かしこまりました。では私も参ります」

「ユズハはまだ寝てなよ。夜中だし」

「私は平気です。行きましょう」


 そう押されては、断る理由も無かった。

 

「今まで気にしたこと無かったけど、よくエステルにバレないよな」


 メイド服のユズハに背中を流して貰いながら、ふと疑問を口に出した。

 忘れかけているが、この状況をエステルが見たら多分殺される。


「私、生まれつき耳が良いんです」

「どれくらい良いの?」

「勇者邸?に誰かが近づけば分かるくらいには」

「さ、流石に嘘でしょ・・・?」


 いくら何でも無理がある。

 野生の動物より良いレベルじゃないか。


 ちなみに迎賓館を勇者邸と呼べと言ったのは俺だ。

 分かりづらいから。


「・・・どうでしょう」


 彼女は手を止めて、含みのある言い方をする。

 もしも彼女の言葉が本当なら、俺が夜な夜なやっていることも。


「じょ、冗談でしょ・・・?」


 振り返ってユズハの顔を見ると、真面目な顔でじっと見られる。


 (女神様との会話も、悶絶してる声も、まさか男特有のアレも・・・?)


 苦笑いをするが、反応が無い。


「・・・くすっ」


 見つめ続けると、彼女は破顔して悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「え!?どっち!?」

「さぁ、どちらでしょう」


 出発日なのに、俺には別の不安が生まれてしまった。

 少し控えるようにしよう。

 他に考えることはあるのに、カケルが気にするのはアレだった。




         ♦♦♦♦





「どうかな?」


 エステルが監修した衣装に身を包み、鎧を装備した俺は2人の方を向いた。


「お似合いです。勇者様」

「はぁ・・・私の目に狂いはありませんでしたわ」


 狂っているのはあなたの心です。

 

「ありがとう。凄く軽いな」

「そうでしょう。わたくしの魔力も籠っていますの」

「そ、それは嬉しいな」


 姫様は付与までできるのか、なんて万能なのだろう。

 しかし、もしかしなくてもこの装備は・・・。


 (呪いの装備・・・?)


 彼女が監修して魔力まで込めたこの装備を変えられる日が来るのだろうか。

 エステルの愛が重い。


 一旦それは置いておいても、マントを含めても殆ど重さを感じない。

 素材自体の軽さなのか、装備に浮遊魔法でも掛かっているのか。


 生身のように動けるのはとても有難い。


「はぁ、緊張してきた」


 準備を終えると実感が湧く。

 勇者邸を出て、階段を下りればもう出発。

 護衛も既に待っているらしい。


 さっきから外がなんとなく騒がしいのはそのせいだろう。


「大丈夫ですわ。きっと上手くいきます」

「か、監督・・・」

「はい。勇者様なら大丈夫です」

「お、御師様・・・」


 ここまで演技指導をしてくれた2人の言葉に感動する。

 

「か、かんとく?」

「おし?」


 彼女たちは聞いたことのない言葉に困惑しているが、知らなくていい。


「なんでもないよ。2人とも今日までありがとう」


 感動そのまま感謝を口にする。

 殴られたり、蹴られたり、噛まれたり、茶番劇をしたり。

 今となっては良い思い出だ。


 (なんか碌な思い出が無いな・・・)


 きっと気のせいだろう。


「今日のカケル様は、いつもより凛々しいですわ」

「はい、とても素敵です」

「ありがとう!俺、頑張るよ!」


 不安や緊張といった負の感情が消え失せ、期待に胸が膨らんでいく。

 いよいよ出発だ。


「そろそろ行きましょう」

「よし!行こう!」

「ふふ、楽しそうで何よりですわ」


 こうして俺は一歩踏み出した。



 (ここだ・・・!ここからが・・・俺の勇者伝説の始まりなんだ・・・!)

 

 

 物語の終盤か、打ち切りのような雰囲気だが、序盤も序盤。

 勇者カケルは立派に務めを果たせるのか。

 次回へ続く。 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る