第28話 出発前夜

 いよいよ出発前日となった。

 明日は待ちに待った外出日。


「・・・はぁ」


 緊張と興奮から昨日は眠れなかった。

 

 勇者カケルは遠足の前日は眠れないタイプ。

 この世界初めての外出だから、2日前から寝付けないのは当然であった。


『明後日いよいよ城から出られるんですよ!』

『もう、分かったから寝なさいよ』

『だって寝れないんです』

『子どもなんだから』


 昨晩は女神様が彼女のように寝落ち通話に付き合ってくれていた。

 寝落ちしなかったからオール通話だが。


「ふわぁぁ」


 大きな欠伸を出して、身体に酸素を取り入れる。

 今なら眠れる気がするが、明日のことを考えると無理にでも起きていた方が良い。


「眠そうですね。勇者様」

「昨日寝付けなくてさ」


 再度欠伸をすると、「くすっ」と笑いが聞こえた。


「・・・今日は一緒に寝て貰おうかな」

「かしこまりました」

「じ、冗談です」

「くすっ、分かっております」


 笑われた仕返しをするつもりが、墓穴を掘ってしまった。

 俺は距離感や段階を大切にする男だから、一緒の寝床に入るのはハーレムの子だけ。

 決して童貞ではないのだ。


「はぁ、楽しみと緊張と眠気が襲ってくる」

「外に出るのが楽しみなのですか?」

「そりゃあ、この世界に来てから初めてだからさ。でもバレないか不安もあるよ」

「私も傍にいますので、安心してください」


 そう言って貰えると多少の不安は消える。

 このパーフェクトメイドなら、どんな問題でも解決してくれそうだ。


 (しかし、あの瞳・・・)


 昨日の件を思い出す。

 彼女も何かがトリガーになって豹変することがあるのだ。

 条件は分からないが、瞳が光ったら危ない合図。

 あえて言及はしないが、頭の片隅に置いておくことにした。


「やっぱりユズハも来てくれるんだ」

「もちろんです。勇者様の専属ですので」

「エステルとユズハが一緒だと、冒険ぽくないな」

「そういうものですか?」

「勇者の冒険って言ったら、数人が基本だし」


 まぁ今回は湧き場の調査だから冒険ではない。

 それでも、自分が持っている知識の中に護衛付きで外に出る勇者物語は無い。

 しかも王女とメイド同伴。


「俺が旅に出るときはどんな体制になるんだろう」

「旅に出るのですか?」

「いつかはそうなると思うよ。魔王も倒さないとだし」

「・・・魔王ですか」


 ユズハが一瞬息を吞んだ気がした。

 

「そう、それが勇者の使命だから」


 倒す気は無い。

 俺の夢はハーレムを作ること。

 魔王を倒したら強制的に女神様に呼び戻される以上、倒すわけにはいかなかった。

 

 (他の人が倒したらどうなるんだろう)


 同じく強制送還だろうか。

 だとしたらやっぱり監禁するしかない。


「勇者様」

「どうしたの?」

「私は・・・勇者様が魔王を倒す日を楽しみにしております」

「そ、そっか・・・頑張るよ」


 彼女に期待されると、罪悪感が湧く。

 ただこればかりは譲れない。

 前回の世界で出来なかった夢を叶えるためにここに来たのだから。


「そういえば今日も宴なんだっけ?」

「はい」

「陛下は宴好きも大概だよなぁ」

「くすっ、誰かに聞かれたら大変です」


 勇者邸にいるのはユズハと顔も見たことないメイドが3人。

 彼女が黙っているだけで問題ない。

 それに、陛下なら気にしないだろう。


 (初めての仲間・・・だからな)


「軽く剣でも振ろうかな。付き合ってくれる?」

「はい、勇者様」


 今日は休養日だが、身体を動かさないと眠ってしまいそうだ。

 俺は宴までの間、汗を流すことにした。





         ♦♦♦♦




 大広間はガヤガヤとした楽しそうな雰囲気に包まれている。


『調査隊の無事を祈って、乾杯!』


 陛下の挨拶とともに始まった今回の宴だが、調査隊であろう軍人が多くいる。

 鎧こそ纏っていないが、訓練を積んでいる者は顔を見れば分かる。


 (しかし、色が多いな・・・赤、白、青、黒に緑・・・)


 恐らく所属によって制服の色が違うのだろう。

 俺は何となく場内を確認しながら、ワインを飲む。

 別に好きではないが、勇者としての嗜み。


「勇者カケル様でいらっしゃいますの?」

「ん?」


 振り返ると、赤いドレスに身を包んだ金髪の女性が立っていた。


 (き、金髪ドリルだ・・・)


 顔にあどけなさはあるが、巨乳でロングカールのザ・お嬢様。

 態度が大きそうな顔つきもイメージ通り。


「えっと、初めましてかな?」

「はい、アステレス侯爵家の長女、エカテリーナ・エル・アステレスですわ」

「エカテリーナさんだね。俺はカケルです」

「存じておりますわ」


 侯爵家の長女、つまりは貴族のご令嬢だ。

 確かに一度会場で見たことがある気がする。

 しかし、どうして声を掛けて来たんだろう。


 最初に俺とエステルの仲を陛下が宣言してから、女性は近づいて来なかった。


 (エステルと別の派閥の子か?)


 これなら納得ができる。

 勇者という存在を抱き込みたい勢力がいても不思議ではないからだ。


「おい、勇者様に声を掛けてるのって」

「アストレア家のお嬢様だ」

「わ、わたしも」


 考えていると、周りがざわつき始める。

 暗黙の了解を彼女が壊してしまったのだ。


「・・・ですからカケルさんとお呼びしてもよろしいでしょう?」

「あ、あぁ・・・え、なんて」


 空気を全く気にしていない様子の彼女は何か話していたようだ。

 聞いていなかった。


「あなた本当は弱いですの?」

「・・・はい?」


 唐突な質問に身体が強張る。

 周囲の反応を伺うが、どうやら聞こえていないようだ。


「そんなこ」

「わたくしリーザス子爵の娘で」

「あ、ずるいです!」

「ちょっと、私の話がまだ終わってませんわ!」


 返答しようとした俺に、ご令嬢が大集合した。

 姦しい。

 

 ダムが決壊したように雪崩れ込む女性たち。

 同時に喋るもんだから、誰が誰かも分からない。


「お、落ち着いて。順番に聞くから」


 これも有名税だ。

 エカテリーナの存在は気になるが、仕方ない。


「皆さま、カケル様が困っていますわ」

 

 その時、エステルの声が響いた。

 姫の仮面を被っているのにどこか威圧的。


「エステリーゼ様・・・」

「も、申し訳ありません」

「お名前だけでもと思って・・・」


 先ほどまでの喧騒が嘘のように堰き止められ、静かになる令嬢たち。

 流石のカリスマか、内に秘める魔物がそうさせるのか。


「カケル様、一体何事ですか?」

「い、いやこれは」


 にっこりと威圧的な笑顔を向ける姫様にたじろぐ。


「エカテリーナって子に話しかけられたんだけど、それで」

「・・・はぁ、またカトレアですか」


 よほどの問題児なのだろうか。

 エステルは頭を押さえている。


 (エカテリーナの愛称ってカトレアだったっけ)


 カチューシャとかカーチャだったような。


「カケルさん!私の話が先ですわ」


 問題の発端であるカトレア?が、ずいと前に出た。

 天上天下唯我独尊が信条なのだろうか。

 この空気の中また来るのは大した度胸だ。


「か、かか、カケルさん・・・?え、どうして・・・」


 姫の仮面が外れかけ、わなわなと震えている。

 

「か、カトレア・・・あなたって子は・・・」

「エステリーゼ様。ご機嫌ようですわ」

 

 必死に怒りを抑えている彼女が見えないのか、カトレアは優雅にご挨拶した。


「ど、どうして、わたくしのだ、旦那様を『さん付け』してますの?」

 

 エステルは口元をヒクつかせながらも、必死に笑顔を作りながら問いかける。


「どうしてと仰られても。カケルさんに許可を頂きましたので」


 ピシッと何かが割れた音がした。

 そして、


「カケル様・・・?」


 ゴゴゴと威圧を強めながら俺を見る。

 察した周りはいつのまにか遠くへ避難。

 

 これはあれか、皆エステルの中身をある程度知っているのか。


「ち、ちが!俺はそんなこと」

「私が呼んでもいいかと聞いたら。『あ、あぁ』と仰いましたわ」

「・・・言ったかも」


 でもあれは周りを気にしていたというか、話を聞いていなかったというか。

 

「う、浮気・・・?浮気です・・・」

「エステル?落ち着いて」

「私はカケルさんと浮気してませんわ。さっき初めて挨拶したばかりですし」


 最早ヤンデレモードに移行した姫を他所に、カトレアはあっけらかんとしている。

 温度差が酷い。


「そもそもエステリーゼ様の婚約者に、私が手を出すわけありませんわ」

「・・・カトレア」


 エステルの怒りが一気に萎んだ。

 

 (嘘だろ・・・どうやって・・・)


 この二人の関係が非常に気になる。

 ぜひともカトレアさんに姫の操縦法を教わりたいものだ。


「とにかく、カケル様のことを親しく呼ぶのは止めてください」

「どうしてですの?」

「そ、それは・・・わたくしの婚約者だから・・・」

「エステリーゼ様の婚約者なら、私にとっても友人ではなくて?」


 俺とエステルの顔を見て、カトレアは「あれ?」と首を傾げている。

 その顔は威圧的でなく、本気で俺たちの反応に困っているようだ。


 天上天下唯我独尊、金髪ドリルの高慢なお嬢様。

 俺はそう思っていた。

 しかし、それは間違った解釈だった。


 つまり彼女は、ただの天然娘。

 空気が読めないだけ。


「あ、あれ?私何かおかしいこと言いましたの?」


 俺に声を掛けたのも、疑問を解消したかったから。

 そしてエステルに対してもただ本心をそのまま伝えただけ。

 場所とか時間とか人の感情とか関係ない。


 真面目なアホの子。


「はぁ、もういいですわ」


 エステルが諦めたようにため息を吐いた。

 

「良かったですわ。では先ほどの話を」

「いや、今日はもう部屋に戻るよ。明日のこともあるし」

「そうですの。残念ですわ」


 これ以上この場にいると、また問題が起きかねない。

 俺はさっさと退散することにした。

 

「わたくしも、行きます・・・」

「分かった」


 どこか疲れたエステルが、服の裾を掴んでくる。

 歩き出すとそのまま着いてきた。

 頭の中が少女漫画のご令嬢の方々が「きゃーきゃー」と色めき立っている。


 イケメンの俺はその声に微笑みながら手を振って退場した。


「・・・痛いよエステル」


 そこは布じゃない、皮膚だ。


 結局その後エステルのストレス発散に付き合わされ、まともな準備もせずに当日を迎えることになった。

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