第27話 演技指導B

 ハリボテ勇者計画も佳境に差し掛かった。


 出発まで残り4日。

 前日は準備でバタつくだろうから、実質3日。



 (縦、横、斜め・・・)


 ヒュン、ヒュンと小さい風切り音を出しながら剣を振るう。

 ここ数日はとにかく剣を振っている。


 握っているのはレプリカでは無く、通常の鉄の剣。

 なんと俺の手に合わせて作ったらしい特注品だった。


『し、仕方ありません・・・宝剣は諦めます』


 エステルは半泣きで苦渋の決断をした。

 よっぽど宝剣を振る姿が見たかったらしい。


 宝剣の力が見たいと言われたら詰んでしまう。

 色々と考えた結果だった。


「ふっ・・・!ふんっ・・・!」


 手に合っているからか、剣は思ったよりも振りやすい。

 木刀地獄が懐かしい。

 

 今でも辛いことは辛いが、あの時の痛みに比べたら軽いものだった。


「勇者様。そろそろ一休みしましょう」

「分かった」


 この時間はエステルがいないため、ユズハと2人きり。

 彼女とはたまに真剣の訓練を行っているが、その回数も減っている。


「ふぅ、ユズハのお茶はいつも美味しいな」

「ありがとうございます」

「一体いつ用意してるの?」

「ナイショです」


 並んで座り、たわいもない話をする。

 ここに来た時はこんな余裕は無かった。


 毎日が苦しくて、辛くて、落ち込んで。

 なんだかんだやってこれたのは、やはりこの子のお陰だろう。


「ユズハがいなかったら、どうなってたんだろうな」

「勇者様ならきっと大丈夫です」

「そうかなぁ・・・」

「はい、勇者様はお強い方ですから」


 お強いなんて言葉は俺には似合わない。

 ようやくまともに剣を振れるようになっただけだ。

 それでも師匠のような彼女の言葉は嬉しかった。


「もう一度名前で呼んでくれない?」


 涼しい風に当たりながら、ふと口から出てしまった。


「・・・欲張りですね」

「ごめん、冗談」


 あれは特別なものなのだろう。

 俺も強制したくなかった。


「くすっ、呼んで欲しいんですか?」

「迷うけど、勿体ない気もする」

「男の人って難しいんですね」


 メイドさんは「うーん」と首を傾けた。

 女性の心に比べたら、とても単純だが彼女には難しいようだ。


「次の機会にとっておこうかな」

「わかりました」


 微笑で返してくれるユズハ。

 楽しみは後に取っておくものだ。


「そろそろ戻ろうかな」


 俺は立ち上がり、身体を伸ばす。

 まだまだいけそうだ。


「もうよろしいのですか?」

「そうだね。時間も無いからさ」

「頑張ってくださいね」


 こうして剣を振る作業を再開した。

 縦横斜めと繰り返す姿は、まるでゲームのコマンドのようだった。





         ♦♦♦♦



 出発まで残り2日と迫った日の夕方、俺の動きは更に良くなっていた。


 (縦、横、斜め・・・!踏み込み!)


 近くに立っているユズハを仮の目標として、それに向かって剣を振る。


「・・・(ジーッ)」


 その動きをメイドさんが細かくチェックし、後でフィードバックを貰う。

 なんちゃらサイクルだ。


「ふんふーん」


 2人の姿をベンチで眺めているのはエステル。

 相変わらず唐突にスイッチが入る彼女だが、俺を眺めるのが好きらしい。

 機嫌よく鼻歌を歌っている。


「そうですわ!カケル様!」


 パンッと両手を合わせた姫様が良からぬことを思いついた。

 興奮した表情でこちらへ向かってくる。


「どうしたのエステル」

「モンスター討伐の練習を致しましょう!」

「えっと、どうやって?」


 今から城外に繰り出そうとでも言うのだろうか。

 それとも城の地下にでもモンスターが飼われているとか。

 あり得る。


「それは・・・ユズハ、こっちにいらっしゃい」

「はい」


 ユズハを呼び寄せたエステルは、耳打ちでなにかを伝えている。


「・・・で、次が・・・それで・・・」

「はい。はい・・・え?私が?」


 それを聞いたメイドさんが困惑。

 一体なにを言われたんだ。


「・・・かしこまりました」


 やや不満顔のユズハだったが、主の命令に渋々承諾する。


「えっと、なにをするの・・・?」

「ふふ、それは・・・」


 姫様から内容を伝えられると、ユズハが困惑した理由が分かった。


「あぁ、そういうことね」

「はい!うふふ、位置についてください」

「了解です。姫」

「・・・はぁ」


 メイドさんはため息と共に、エステルの傍へ。

 俺はやや離れた位置にポジションを取った。


「きゃー!」


 姫様の可愛い悲鳴が開始の合図。


「が、がおー・・・」

「ちょっとユズハ、ちゃんとやりなさい」

「も、申し訳ありません」


 早速ダメ出しを食らい、羞恥に顔を染めたユズハが涙目になる。


 (うわー、可哀そう・・・)


 俺はそんな彼女に内心同情する。

 そう、これは演技指導。

 エステル姫監督兼ヒロイン。

 そしてユズハは、


「がおー!・・・ぐすん」


 モンスター役だ。

 両手を必死に上げて、威嚇するようなポーズを取っている。

 背の低いメイドさんはただ愛らしいだけ。


 そんな痛々しい彼女の姿を見て、エステルは「うんうん」と頷いている。

 適当に的でも置けばいいのにと思うが、姫は許さないだろう。

 魔法の時も妥協を許さなかったからな。


「きゃー!」

「がおー!ぐるるう」


 両耳を抑えていかにもな演技をする姫様と、涙目のユズハ。

 せめて一回で終わらせよう。

 勇者カケルは決心した。


「大丈夫か!?エステル!」


 俺は剣を抜きながら走り出した。


「カケル様!モンスターが!」

「ぐるる!フーッ・・・!フーッ・・・!」

「クソッ、モンスターめ!エステルを狙うなんて卑怯な!」


 モンスターと姫の間に割り込み、セリフを口にする。

 両手を上げ続けているユズハだが、身長的に俺を見上げる形となっている。

 上目遣いで涙目、まるで俺が虐めているようだ。


 (し、集中だ・・・リテイクは可哀そう)


「行くぞ!うおおお!」

「・・・っ!フーッ・・・!」


 横に払った剣を避け、モンスター(仮)が距離を取る。

 

 (ね、猫だあれ・・・)


 恥ずかしさのあまり役に入り込みすぎたのか、彼女は4足歩行になっていた。

 鋭く俺を睨み、威嚇する姿は大きい猫にしか見えない。


「カケル様・・・」

「は、離れてろエステル!」


 恐らくメイドの変化に気付いていない姫は熱い視線を送っている。


 (これは演技だ・・・演技だぞ・・・?)


 モンスター(メイド)にアイコンタクトを送るが、


「ふしゃー!」


 多分通じていない。

 理性でも失ってしまったのか。


「い、行くぞ!」


 既にカオスな状況になっているが、続けるしかないと判断した俺は剣を構える。


「うおお!覚悟!」


 上段の構えからの斜め斬り、それをあっさりと回避される。


「まだだ!」


 更に踏み込み下から斬り上げる。


「シャーッ!」

「くっ!」


 本来であれば、剣が届かないラインでユズハが斬られたフリをするはずだった。

 しかし、


「にゃあぁぁ!」

「うおっ!」


 素手で爪も綺麗に切ってあるのに、俺を引っ搔こうとする。

 それをすんでで回避したものの、嫌な汗が出る。


「え、エステル!」

「うふ、素敵・・・」


 背後で監督をしているエステルに声を掛けるが、聞こえていない。

 あの子がカットしないと終わらないのに。


「ガウゥゥッ!」


 もう種類がぐちゃぐちゃな鳴き声のユズハが飛び掛かってくる。

 

 (瞳が発光している・・・!?)


 彼女の赤い瞳が淡く光っているように見えた。

 このまま続ければ、間違いなく怪我をする。多分俺が。

 しかし万が一がある。


 (ここはもう・・・アレしか・・・)


 俺は剣を振るうのを止め、右腕を差し出した。

 

「ガウッ!」


 飛び掛かって来たユズハに丁度良く右腕が映り、噛み付かれる。


「いでででで!!」


 歯が食い込み、血が滲み出す。

 エステルに噛まれた時はあれでも加減していたのだと理解した。

 

「フーッ!」

「お、俺だユズハ・・・」


 どれだけ顎の力があるのか、肉が食い破られそうな感覚に陥る。

 血はたらたらと流れ、尋常でない痛みが襲う。

 

「ゆ、ユズハ・・・」


 昔の長編作品に、小動物に噛まれた主人公が懐かれるシーンがあった。

 思い出すことはあったが、まさか実行する日が来るとは。

 

 小動物と言うには大きく、噛み付く力は許容を越えているが。


「カケル様!?」


 ようやく異世界から帰って来たエステルが異変を察知して駆け寄ってくる。


「・・・?」


 嚙み続けていたユズハの目にようやく理性が戻ったようだ。

 瞳の光は収まり、俺のことを見つめている。


「気が付いたか・・・?」

「あれ、私・・・え?」


 かぱと口を開くと、粘液と一緒に血が垂れる。

  

「私は・・・」

「だ、大丈夫だから」

「ユズハ!やりすぎですわ!あぁ、こんなに血が・・・」


 慌てだす女性陣だが、この場面で優先するべきはユズハなのは明白だ。


「俺の血、美味しかった?」


 痛みに耐えながら絞り出したのは、冗談じみた言葉だった。

 俺はユズハに笑顔を向けた。


「え!あっ!も、もう・・・」


 エステルとの情事を思い出したのか、それとも口に残っている血の味を確かめたのか。

 とにかくユズハは顔を赤くして口元を拭った。


 一時的にでも彼女は大丈夫だろう。


「か、カケル様・・・血、血が・・・」

「大丈夫だよ。大したことない」

「あぁ・・・血・・・」

「エステル?できれば治癒を!?」


 ぱくっと腕に唇を付けたエステルは血を吸い始めた。

 この子は吸血鬼にジョブチェンジするべきなんじゃないかな。


 ユズハと関節キスだなとか考えてしまう自分の変態性を呪いたい。


「ちゅ・・・ちゅう」

「ひ、姫様!おやめください!」


 今度はユズハが止める番だった。

 自分の失態が主の蛮行で上書きされるなら、まぁいいか。


「・・・やっぱり結構痛い」

「あぁ勇者様、申し訳ありません」


 ちろちろと舐められている内にアドレナリンが切れた俺は涙を流した。


「ふふ・・・ンー、ちゅ」


 唇どころか顎の方まで血で赤に染めた姫様は、とても満足そうだった。


 

 ちなみにその後、撮影は再開。

 それは夜中まで続いた。

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