第26話 初めての仲間

とんでも技を見せられてから、一夜明けた。


 今の俺は演技指導ではなくなぜか城に呼ばれている。

 理由は単純、姫様のビームの件。


「全く、お父様は細かいんだから」


 横でブツブツと呟いているエステルからは何か黒いオーラが立ち込めている。


「で、でもさ禁止されてたんだろ?」

「カケル様は誰の味方ですの」

「そりゃエステルだけどさ」


 本心では陛下の味方をしたい気持ちだった。

 あの人はどこか俺と同じ臭いがする。


「しかし、どうして俺も呼ばれるんだろうな」


 姫様ビームの凄さは分かっても、事の重大さは理解できていなかった。


「現場にいた証人だからです」


 前を歩くユズハが振り返らずに答えた。


「そんなに重い話なの?」

「あの技の威力は他国を威圧するのに十分な物です。ですから今まで禁止されていました」

「なるほどなぁ」


 とは言いつつも、俺はそれほど深刻に考えていなかった。

 そもそも勇者がいる時点でパワーバランスは崩れているからだ。

 実際いるのは最弱だけど。


「まぁ、なんとかなるでしょ」


 どこか自信ありげな言葉を発しながら城内を歩く。

 いつもと違うルートだ。


「謁見の間じゃないんだ」

「はい、本日は非公式ですので」

「じゃあ言い訳を考えるのか」


 非公式ということは、昨晩のことをいかにうやむやにするかが議題だろう。

 社会人経験のある俺は詳しいのだ。

 適当に「俺がやりました」とか言えば大丈夫。


「・・・カケル様が自信ありそうな時は、ダメになる時ですわ」

「そ、そんなこと無い・・・よな?」

「・・・」


 絶対聞こえているのにメイドは俺の言葉を無視した。

 そんなことないはずなのに。


 召喚されてすぐの謁見までは上手くやってたじゃん。

 それ以降は、ノーコメント。


「とにかく、今日は大丈夫だって」

「不安ですわ・・・」


 その後もしばらく歩き、通されたのは城の端の方にある部屋だった。

 この辺りには王族の部屋もあったはずだ。


「陛下、お二人をお連れ致しました」

「入れ」


 陛下の返答を聞いて、部屋に入る。


 (女王様と・・・アンジェもいるのか)


「お兄さま!」

「おっと、こんにちは、アンジェ」


 部屋に入ってすぐ義妹に熱い歓迎を受けた。

 抱き着きながら俺を見上げる彼女は、まさに天使。

 場も和やかになるに違いなかった。


「お、おに・・・き、貴様・・・!」

「カケル様・・・?」

 

 最悪の空気だった。

 この家族は嫉妬の魔人でも宿しているのだろうか。


「ほ、ほらアンジェ。席に戻らないと」

「はーい」

 

 素直な義妹は俺の言う事を聞いて席に戻った。


 部屋の中には大きなテーブルがあり、椅子も10脚はある。

 俺とエステルは、王族一家の向かいに座った。


 使用人は部屋を出て、ユズハもそれに倣って出て行く。


「貴様・・・さっきのアレはなんだ」

「・・・アレ、とは」

「アンジェに、お兄さまなどと呼ばせている件に決まっておろうが!」


 俺は許可しただけで言わせてる訳ではない。

 無実だった。

 困った俺は隣の味方を見るが、そちらからも睨まれる。


「わたしが呼びたいから呼んでるの!」

「し、しかしだなアンジェ・・・」


 天使が助け舟を出してくれた。

 そうだ、言ってやれ。


「お姉さまと結婚するんだから良いじゃない!」

「まぁ、アンジェったら・・・」

「え、エステルが結婚・・・?」


 お姉さまは陥落したが、義父の様子がおかしい。

 あなたが婿とか言ったんでしょうが。


「お兄さまを虐めるならお父様なんて嫌い!」

「そ、そんな・・・」

 

 国王の威厳はどこへやら、陛下は落ち込んでしまった。

 可哀そうに。

 仕方なく陛下を擁護することにする。


「アンジェ、父親にそんなこと言ったらダメだよ」

「はーい、お兄さま」

「き、きさまぁ・・・!」


 想像とは違う反応が返って来た。

 俺は助け舟を出したつもりだったのに、一層恨まれてしまったらしい。

 さすがはエステルの父親か。


「わ、ワシはそもそも結婚なんて」

「あなた」

「な、なんだ」


 今まで「あらあら、うふふ」と微笑みを浮かべていた王妃様が圧のある声音を放った。

 その言葉にブルッと震える陛下。


 (あ、この家族の序列が分かったわ。陛下が一番下だ)


「あなたがエステルの結婚を許可したのでしょう?」

「そ、それはだってマリア」

「だって?この国の王が言い訳ですか」

「ワシは・・・」


 間違いない。エステルは王妃様の血を引いている。

 そして予想通り、陛下は俺と同類だ。


 陛下は「ワシは・・・」と呟いたきり機能停止した。

 インストール中だろうか。


「オホン。先程はすまなかったな」

「いえ、こちらこそ場を乱してしまい申し訳ありません」


 王様プログラムは無事に入ったらしく、威厳を取り戻した。

 今までよくやってこれたな。

 メイドの口も堅いのだろう。


「エステルよ。今日呼ばれた理由は分かっておるな」

「はい、お父様」

「そうか。ではなぜ昨晩あの技を放ったのだ」

「カケル様にお見せしたかったからですわ」


 その言葉を聞いて、陛下はまた俺の事を睨みつけた。

 歯をギリギリを食いしばり目は充血している。

 エステルも言葉を選んで欲しい。


「・・・カケル殿?今の言葉は真か?」

「は、はいそのようです」

「そのようですだと?貴様・・・!」


 この人は娘が大好きなのだろう。

 謁見の時にエステルとの仲を茶化したあれは、内心ブチギレだったに違いない。


「お父様。カケル様を責めるおつもりですか?」

「ワシはただお前のことを想ってだな」

「責めるおつもりですか・・・?」

「いや、そのようなことは」


 凄いな陛下。味方が一人もいない。

 王様は俺の事が嫌いらしいが、俺は仲間意識を感じていた。


「エステル、そこら辺でさ」

「カケル様は誰の味方ですか!」

「ひっ・・・エステルです」

 

 蛇に睨まれたカエル状態だ。陛下の味方をするのも難しい。

 どうしよう、話が全く進まない。

 俺はこの場に必要なのだろうか。

 

「・・・?」


 視線に気付いて、顔を上げた。


「・・・」


 陛下が驚いたように目を見開いてこちらを見ている。

 その口は少し開いており、とても王とは思えない。


「・・・(コクッ)」


 なぜか頷いた。

 そうしなければいけない気がしたからだ。


 陛下は何かを察したのか、目を大きくしたまま目尻に涙を浮かべている。

 そして、


「(コクッ)」


 と陛下も返してきた。

 世代も立場も生まれた世界も違う中、俺たちは通じ合うことができたのだ。

 初めての仲間と言っても過言ではなかった。


「エステルの言う事は分かった。しかし、それでは説明にならぬのだ」


 心強い仲間ができた陛下は、話を進めようと切り出した。


「それでしたら、俺が撃ったことにしてはどうでしょうか?勇者の魔法だと」


 最初から結論は見えていた。

 あの魔剣の力を隠したいのなら、勇者のせいにするのが一番だ。


「やはり、そうするしかあるまい」

「ですがカケル様・・・」

「どうした、何か問題があるのか?」

「いえ・・・」


 エステルが言いたいことは何となく分かった。

 あの技を勇者のものだとすると、湧き場調査の難易度も上がってしまうだろう。

 大きな力を見せてくれと言う者が出てくることが確定的になるからだ。


「いいんだエステル。仕方ないよ」


 俺は言葉の中に真意を込めて話した。

 聡明な姫様なら意図を汲み取ってくれるだろう。


「ごめんなさい。わたくしのせいで」

「あれは凄かった。いつかまた見せてくれ」

「もう・・・」


 ポッと顔を赤くした姫様と見つめ合う俺。

 ラブコメのようだ。


「二人が良いならこの話は終わりだ。後はワシがなんとかしよう」

「よろしくお願いします」


 予定通りと言うか、今回は想定通りに話が終わった。


「よいよい。お茶にでもしようかの」


 パンパンと手を叩くと、メイド隊がお茶とお菓子を運んで来た。

 

「あらあら、なんだか楽しそうね」

「今日の本題はこちらだからな」

「あなたさっきまであんなに」

「そ、それはもう良いのだ」


 夫婦の会話を聞きながら、お茶をすする。

 相変わらず美人な王妃様だ。

 時代が時代なら、聖女様とでも呼ばれていただろう。


 俺は寝取られも寝取りも嫌いだから、絶対に手は出さないけど。

 思わせぶりな態度も出さない。

 あくまで眺めるだけだ。


「お兄さま!隣に座ってもいい?」

「もちろん」

「わーい!ありがとう!」


 家族の団欒のような雰囲気に心が安らぐ。

 マリアンヌ王妃の娘だとすると、この子もいつかはああなるのかな。

 嫌だなぁ。


「アンジェはそのままでいてね」

「・・・?わかった・・・?」

 

 俺の言葉の意味は理解できないだろうに、疑問を浮かべながらも肯定してくれた。


 (うちの義妹は凄く可愛い・・・)


「ねぇ、カケル様?」

「は、はい!」

「どうしてアンジェばかり見ていますの?」

「き、気のせいだよ!」


 低い声にはっとしてエステルの方を向くと、瞳から光が失われている。

 いつか義妹に嫉妬しない日が来るのだろうか。

 早く来て欲しい。


 俺はアンジェとの出会いを思い出し、その技をエステルに繰り出した。

 彼女の耳に顔を近づける。


「・・・エステルの事もちゃんと見て」

「場を弁えてください!」

「ぐほっ」


 顔を真っ赤に染めたエステルにグーパンを食らった。

 まさかのグーパン。


 (しまった!アンジェに見られたか・・・?)


 素敵な勇者でありたい俺は、アンジェの方を見る。

 

「・・・(ニコッ)」


 バッチリ目が合った。


 (終わった・・・さようなら素晴らしき世界)


「・・・大丈夫だよ」

「え?」


 小声で大丈夫と告げた義妹はニコニコとした笑顔のままだった。

 その言葉に込められた意味を俺は理解できない。


「お兄さま!一緒にケーキ食べましょ!」


 いつもと変わらない様子のアンジェ。

 俺の聞き間違いだったのだろうか。

 見られていなかったのかも知れない。


「ところでカケル殿。調査の準備は進んでおるか?」


 王妃との会話を終えたのか、陛下は話を振って来た。


「そうですね。今のところ順調です」


 こう答えるしかない。

 俺が弱いことを知っているのはこの世界で2人だけ。

 女神様を含めても3人。

 例え心の仲間だとしても、言えない事はある。


「お父様。そのお話ですが、わたくしも同行致します」

「エステル・・・何を言っておるのだ?」

「言ってなかったの!?」

「はい。忘れていましたわ」


 事後承諾でもさせるつもりだったのだろうか。

 ついでのように言う話ではないと思うが。


「さすがに承諾できぬぞ」

「カケル様の活躍を傍で見たいのです」

「お主は王女なのだ。一人の話では済まないのだぞ」


 当たり前だ。

 一国の姫が外出するとなると、護衛だって必要だろう。


「将来のお、夫の初陣を、つ、つつ妻が・・・うふふ妻・・・」

 

 言っている途中で自分の世界に入ってしまった。

 メイドもばっちり目撃しているのに、大丈夫なのかなこの国。

 

 陛下も話を続けようか、エステルを待とうか迷っているようだ。

 口を開きかけては閉じを繰り返している。


「エステル・・・?」

「はっ。とにかく、わたくしは絶対に付いていきます」

「し、しかしだな・・・」

「よいではありませんか。エステルも王女である前に女なのです」

「お母様!」


 鶴の一声とはこのことを言うのだろう。

 ぱぁっと表情を明るくしたエステルをみれば一目瞭然だ。


「・・・わかった。その代わり『赤薔薇騎士団』は全員護衛に付かせる」

「わかりましたわ」

「お父さま!」

「なんだアンジェ」

「『白薔薇騎士団』も使って!心配だもん」


 赤とか白が急に出てきたが、話の流れから察すると姫様たちの騎士団のようだ。

 白薔薇はアンジェの専属だろうか


「わかった。それでよいな?」

「・・・わかりました」


 エステルの反応が少し鈍かった。

 護衛が増えるのはやはり都合が悪いのだろう。

 これ以上話が拗れても問題だから、妥協したといったところ。


「ありがとう。アンジェ」

「ううん!お姉さまの無事を祈っているわ!もちろんお兄さまも!」


 純粋な彼女の気持ちがとても嬉しかった。

 この子はお嫁にはやらない。

 俺は固く誓った。


 その後は和やかな時間を過ごすことができた。

 今日の最大の収穫は、やはり陛下と通じ合えたことだろうな。

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