第25話 魔剣の力

「やはり、ユズハでは強すぎましたか」


 エステルは呆れ顔でそう呟いた。

 初めての名前呼び事件の日の夕方、普段通り姫様が合流。


「面目次第もございません」


 彼女に治癒魔法をかけて貰いながら、俺は謝罪の意を示した。


「申し訳ありません。姫様」

「ユズハが謝ることではないわ。カケル様が弱いのがいけませんの」

「その通りでございます」


 結局あの後も一度たりとも打ち合うことができなかった。

 パーフェクトメイドを捉えるのは至難の業だ。


「実戦により近づけてと言ったのはわたくしですから」

「姫様・・・」

「対人戦でも無ければ打ち合いなんて必要ありませんし」


 エステルは俺をスッと見やり微笑みを向けた。

 その表情の意味は、


『もしかして打ち合いの練習でもしようとしてませんよね?』


 多分これだろう。

 彼女の考えた通りだ。


「すいません・・・」

「はぁ、対人戦と人型への技術はまた今度ですわ」


 実は前の世界に人型はいなかった。

 モンスターがモンスターしていた感じ。

 どんな世界なんだろう。

 

 未だに外の世界を何も知らない。


「ユズハから見て、カケル様はどう映りましたか?」

「頑張っていたと思います」

「他には?」


 俺を擁護する時の常とう句を受け流し、エステルは深い所を求めた。


「そうですね・・・」


 ユズハは目を瞑り考え始めたようだ。

 百に近い回数の中で、俺はなにか掴めたのだろうか。


「まず力が入りすぎです。それと敵から目を離す癖が抜けません」

「そうですか」

「しかし、最後の方は私の動きを捉えていたと思います」

「へぇ・・・それは中々」


 興味深そうに話を聞くエステルの横で、俺は疑問を持っていた。

 ユズハを捉えられてなどいないのだ。


 確かに次の動きが読めたことはあったが、それは慣れによるものだろう。

 ユズハも人間である以上、パターンは生まれる。

 しかし一度も掠りすらしなかった。


「やっぱり勇者は特別なのかも」

「たまたまなんじゃ・・・」

「ユズハは適当な事は言いませんわ」

「でもさ」


「勇者様、あまり自分を卑下なさらないでください」


 なんとか否定しようとする俺にユズハが言葉を被せた。


「そうですわ。彼女に対しても失礼です」

「確かに・・・ごめんユズハ」

「いいえ。勇者様は自信を持ってください」

「わかった。ありがとう」


 演技指導とは言え真剣を使った訓練だ。

 ユズハも本気とは言わずとも、手を抜いてはいない。

 俺を卑下するのは、彼女のことも貶すことに他ならないのだ。


 それを怒りもせずに、最後は鼓舞してくれた。


「今日は大きな収穫がありましたわ。後は恰好だけですわね」

「恰好か・・・」


 剣を力任せにぶん回すのは蛮族のようだ。

 俺は勇者なので、スマートな型が必要なのだろう。


「わたくしもユズハも普段持つ武器は違いますので、ある程度しかできませんが」

「そういえば、エステルはどんな武器を使うの?」

「・・・見たいですか?」

「見たい!」

 

 ユズハに武器の解説をしてもらった俺は、この世界の武器に興味を持っていた。

 それに木刀を綺麗に扱う姫様の剣技を見てみたい。


「ふふっ、子どもみたい。ユズハ」

「はい」


 いつの間にかエステルの横に移動していたユズハが、細身の剣を差し出した。


 (え、どこから出したの)


 俺には何もない空間から出したようにしか見えなった。

 どこまで行っても謎のメイドさんだ。


 姫様が持ったのは、いわゆるレイピアだ。

 期待を裏切らず、良く似合う武器を使用するのだ。

 

 (やっぱり!姫といえばレイピアだよなぁ!)


 俺は内心とても興奮していた。


 エステルが剣を持つと、刀身が白く発光する。


「それも魔剣なの?」

「ふふ、その通りですわ」

「かっこいい・・・名前は!?」

「『魔剣ベガ』、別名『永久の誓い』ですわ」


 魔剣ベガ、つまりは織姫。

 俺が持つアルタイルと対をなす存在だろうか。


 (中二すぎる・・・!だが、それがいい!)


 アルタイルとベガなんて、どこの中二病患者が名付けたんだろう。

 なんだか異世界っぽくなって来たじゃないか。

 永久の誓いなんてエステルが持つとなんか怖いけど。


 エステルは魔剣ベガを上段に構えると、目つきを変えた。

 そして、


「はぁぁっ!」


 シュンッと剣を突き出した。

 ただの突きなのに、衝撃で風が巻き起こる。

 その風はエステルの黒いドレスの裾をも巻き上げた。


 (・・・白だ!!!)


 白のセクシーランジェリーが俺の目にはっきりと映った。

 忘れまいと記憶に焼き付ける。


「・・・勇者様」

「ち、ちがうんだユズハ!」

「私は何も言ってません」


 やれやれとため息を吐くユズハに必死で否定するものの、俺の目は釘付けだ。


「ふっ・・・!」


 エステルは気にも留めていないのか、シュンシュンッと風を切りながら剣を振り続けている。

 そのスピードは段々と上がり、残像が出来ている。


 (嘘・・・全然見えない・・・)


 真剣に目を凝らしても、とても追える速さではない。

 

「・・・ふふ」


 俺の視線を感じ取ったのか、エステルは一瞬こちらを見て口を綻ばせた。

 そして、


「やぁぁっ!」


 発光具合が増した魔剣を再度突き出した。

 

 剣先から発射されるビームのようなもの。

 割れる雲。

 呆気に取られる俺。


「なんだ、あれ・・・」


 驚きを通り越して、現実かどうか理解できない。

 

「え、今の・・・?」


 ビームらしきものが飛んで行った方向を震える指で差した。


「ふふん、いかがでしたか?」


 金色の髪を手で横に流すと、キラキラと汗が舞う。

 見事なポーズとドヤ顔だった。

 エステルのドヤ顔なんて初めて見たな。


「ひ、姫様!どうしてそのような!」

「だって」

「だってじゃありません!」


 珍しい。ユズハが姫に怒ることなんてあるんだ。

 

「カケル様が喜んでくれると思ったんだもの」

「だからと言って!あぁもう、どう処理なさるのですか」


 やっちゃいけない事だったのか。

 確かに半端じゃない威力だった。

 なんか雲がどっかにいっちゃったし。

 しかも夜だから特別綺麗だった。


「す、凄かったよエステル!」


 シュンとしてしまった姫様に語彙力の無い賛辞を送った。


「ほら見なさい!カケル様は凄いって!」

「そういう問題じゃありません!勇者様も褒めないでください!」

「カケル様はわたくしの味方だもんねー?」


 どこか幼児退行してしまったエステルが逃げてきて俺の腕にしがみついた。

 汗でしっとりとした髪から彼女の匂いが上がってくる。


 (白・・・だったなぁ)


 記憶のシナプスに、彼女の匂いが追加された。


「はぁ、国王様がなんと言うか・・・」

「な、なんとかなるでしょ・・・」


 頭を抱えてしまったメイドさんに声を掛けるが、反応が薄い。


「勇者様は甘すぎます。姫様ももう少し考えてください」

「ご、ごめ」

「カケル様は甘くていいの!」

「・・・はぁ」

 

 今日は2人の違う面が見れて俺は満足していた。


 剣のお稽古は大して進まなかったが、あと一週間あるしなんとかなるだろう。

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