第24話 初めての真剣

 わざわざ俺を弄るためだけに持ち出された『魔剣アルタイル』はお蔵入り。


 一応それっぽく見せたレプリカを使用することになった俺。

 それでもかなりの値段がするらしく、宝石は本物だ。


 ハリボテでレプリカ。

 最弱の俺にふさわしいじゃないか。はぁ。



「勇者様!集中してください!」

「ご、ごめん!ひいぃ!」


 ピタッと、首が切れる寸前で刃が止まる。

 首筋に流れるのは血ではなく汗。


「ひぃ、ひぃ・・・」


 情けない呼吸を繰り返す俺。


「はぁ、全く。死にますよ?」


 睨みながら叱るユズハ。

 普段の訓練とは違う表情に、俺はビビりまくっていた。


 そう、今は真剣を使っての演技指導中。

 演技と言っても魔法と違ってガチのやつだ。


「戦場で集中を途切らすなんてあってはなりません」

「ごめんなさい」


 天気の良い昼下がり。

 風も吹き涼しいはずなのに、俺は汗と冷や汗を同時に搔いていた。

 

「もう一度、構えてください」

「は、はひ」


 真剣を使い始めてから、ユズハはずっと厳しい。

 俺が持っているのはレプリカ剣。

 括りで言うとロングソードの類らしく、木刀に比べたらずっと重い。

 それでも訓練の成果なのか、振り回されるようなことは無かった。


 (基礎練の重要性・・・)


 昔の部活でも練習の大事さは知っていたが、この世界で改めて痛感した。


 一方のユズハが持っているのは短剣。

 彼女に聞いたところ、日本刀のようなものから双剣まで何でも使えるらしい。

 相変わらずの万能っぷりである。

 

『一番得意な武器って?』

『えっと、ナイショです』


 こう言うからには、他に得意武器があるらしかった。

 

「いつでもどうぞ、勇者様」

「よし」


 ある程度離れたところで、もう一度集中し直す。

 ここまで数十回もやっているが、まともに打ち合えた試しがない。


 (ユズハのリーチは短い、やはり距離感を保って)


 思い出すのはサンダース戦。

 俺の情けない姿ばかり注目されがちだが、彼も自分のリーチをよく理解していた。


「うおおお!!」


 サンダースの丸パクリの構えで駆けだした。脇構えなんて言うらしい。

 狙いはリーチを悟られない事。


「・・・っ!」


 ユズハは更に目を鋭くさせ、姿勢を低くする。


「ラァ!!」


 自分の範囲まで彼女を捉えた俺は、力任せに横薙ぎを繰り出す。

 数十回繰り返すうちに、彼女に対して気遣いをする必要が無いと分かっていた。


「ふっ!」


 ユズハはその場でしゃがみこんであっさりと回避する。

 ここまでは予想通りだ。


「うっ!らあああ!」


 横薙ぎの勢いのまま一回転、再度彼女を捉えようとする。


 (あれ、いない・・・)


 回転後、ユズハの姿は消えていた。

 虚しく空を切る剣。


「ど、どこに!?ぐおっ!ガハッ」


 腹部への強烈な痛みと共に、空気が吐き出される。


「・・・敵から目を離さない」

「げほっ、ごほっ・・・」


 カランカランと剣を手放し、うずくまる。


「剣を離してはいけません」

「ご、ごめ」

「相手は待ってくれません・・・!」

「ごはっ!?」


 訳も分からないうちに、頭部に回し蹴りを食らい、数メートル飛ばされる。

 勇者カケル、撃沈。


「はっ!勇者様!」

「・・・」

「も、申し訳ありません!」


 やりすぎたと思ったのだろう、ユズハが駆け寄って俺の身体を起こした。


「だ、だいじょび・・・」

「あぁ勇者様・・・」


 先ほどまでの眼光と変わり、あわあわと慌てだしてしまう。

 俺は大丈夫と伝えたかったが、頭の中が大きく揺れる感覚に酔ってしまった。


「ど、どうしましょう・・・勇者様!?」

「ゆ、揺らさないで」


 こういう時に揺らしては行けないと俺は知っていた。

 彼女も冷静であればやらないだろう。


 (ユズハの下着の色・・・見えなかった・・・)


 ぐわんぐわんと揺れる中、俺はそれを残念に思っていた。





         ♦♦♦♦




「う、ううん・・・」

「勇者様、お目覚めですか?」


 俺は気絶してしまっていたらしい。

 ユズハの顔が目の前にあった。

 

 身体の一部は痛むが、彼女の技術なのか大きなダメージは無かった。


「ごめん」

「いいえ、私のせいです」

「もっと頑張らなきゃな」


 そう言って身体を起こす。

 無意識の行動だったが、すぐに後悔した。


 (ひ、膝枕じゃん・・・もったいない・・・)


 俺は彼女に何度目かの膝枕をしてもらっていたのだ。

 その感触を味わう前に離れてしまった。


「もう大丈夫なのですか?」

「う、うん・・・」


 身体は大丈夫だったが、じっと彼女の膝を見てしまう。

 そして目線を上に移動し、ユズハの顔を見た。


 風で黒髪がサラサラと流れ、大きな目と赤い瞳はやはり猫のように愛らしい。

 彼女はその目を細めた。


「・・・くすっ、いいですよ?」

「っと、なにが?」


 察しはつくものの、思わず聞き返してしまった。

 ユズハは耳に掛かった髪をかきあげながら、イタズラっぽい笑みを浮かべた。


「おいで、カケルさん」

「・・・っ!」


 余った手で膝をぽんぽんと叩いて、俺の事を誘った。


『おいで、カケルさん・・・おいで・・・カケル・・・』


 頭の中でユズハの言葉がリピート再生される。

 『おいで』だけでも相当なダメージなのに、初めての名前呼びに脳から血が出そうになる。


「・・・いらないの?」

「い、いります!」


 一層目を細める彼女に、俺は陥落し頭を膝の上に乗せた。


「くすっ、よしよし」

「は、はずい・・・」


 頭を撫でられると、急激に羞恥心が湧きおこる。

 普段のただ癒される状況と違い、彼女の罠に嵌められた感が強い。


「もう少し休んだら頑張りましょうね」

「がんばるけどさぁ・・・!」


 恥ずかしさから逃げるように、目を瞑る。

 そうすると視覚以外の感覚が研ぎ澄まされ、ユズハから与えられる感触がはっきりと分かる。


 

 その後の訓練でも散々ボコボコにされた。

 ユズハは集中すると、入り込みやすい性格らしかった。

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