第23話 上げて下げてまた上げて

 ハリボテ勇者計画始動から数日。


 ある程度の魔法合わせを終えた俺を待っていたのは、ある剣だった。



「こちらが、カケル様が今回使う宝剣です」


 エステルがユズハに持たせた剣を示した。

 赤い鞘に納められ、柄は金色、宝石のようなものまで埋め込まれている。 


「か、かっこいい」

「ふふ、お気に召しましたか?」

「うん!俺が使っていいの?」

「もちろんですわ」


 俺は「やった!」なんて喜びながら、ユズハの手から剣を受け取ろうとした。


「勇者様、重いので気を付けてください」


 両手ではあるものの、軽々と剣を持つメイドに注意を促される。

 

「分かった、大丈夫」


 念のため神経を腕に集めるが、精々鉄の剣に毛が生えた程度だろう。

 ユズハは冗談を言うのが好きだからな。

 俺は両手を出し、渡すように目で訴えた。


「では」

「よし!・・・うおおおお!重い!?」


 ガクンと両腕が地面に着きそうになり、慌てて全身で受け止める。


「え!?なにこれ!?ユズハは軽そうに持ってたのにいいい」


 重さに耐えきれず、顔から火が出そうになりながら剣を下す。

 

「ふぎぎぎ!いてっ!」


 地面寸前で力尽き、手を挟んでしまった。

 

「あはっ、その剣で街一つ買えるくらいの値段がしますので」

「そ、それは先に言ってくれ・・・」


 そんな高価なものを簡単に渡すなと言いたい。

 手は犠牲になったが、落とさなくて良かった。


「ふふ、非力・・・ユズハでも持てるのに・・・よわよわ」

「ぐぅ」


 体勢的にエステルに思いっきり見下され、ポキンと何かが折れた音がした。

 この世界の剣ってこんなに重かったのか。

 それとも、いや止めておこう。


「大丈夫ですか?」

「あ、ありがとう」


 見かねたユズハが剣をスッと持ち上げた。

 その姿にさらにボキンと折れる何か。


「はぁ・・・」


 俺の顔を見てため息を吐かないでくれ。

 魔法の時はあんなにキラキラしていたのに。

 

 (あれも俺の魔法じゃないわ)


 その場で膝をついてしまう。


「あっわんちゃん」


 今度はポスンとエステルに乗られる。

 流れるような動作に、心が付いていかない。

 

 剣を持ったと思ったら、手を挟んで心が折れて姫に乗られた。

 ちょっと分からない。


「ふ、ふふふ・・・ねぇカケル様」

「なんでしょうか・・・」

「良いことを教えて差し上げましょうか」


 この子が良いことなんて言うのは大体逆の意味になる。

 乗り心地が悪いとかだろうか。


「・・・お願いします」


 とは言え俺に拒否権なんてものは無い。


「あれは魔剣なのです。魔力を通さないとまともに扱えませんの」

「え?」

「つまり、カケル様のよわよわ魔力では持つこともできませんわ・・・うふ」


 何を言っているんだ。

 魔剣?俺には持てない?

 

「え、じゃあどうして持ってきたの」

「・・・あはっ」


 謀られた。顔を見なくても分かる。

 今頃自分の思惑通りに進んで大喜びだろう。


 (俺が喜んだところを落とす作戦だったってこと・・・?)


 なんて性格が悪い。

 

「くそ・・・」

「もう、そんな泣きそうな声を出さないの」


 あなたのせいなんですけど。

 魔力が無いのは知っていたのに。


「・・・あれ、ユズハも魔法が使えるのか」


 姫を背中に乗せたままメイドさんの方を見る。


「くすっ、はい確かに使えます」


 例に漏れず犬ポーズがお好きな彼女はそう答えた。


「ユズハは魔力を使っていませんよ」

「・・・はい?ほんと?」

「た、確かに、そうですが」

「うそ、だろ・・・」


 四つん這いでこれ以上下が無い俺は、心だけ沈める。

 俺に気を遣ってか、言い辛そうなユズハの姿に余計・・・。

 

 (こんなこと前にもあったな・・・)


 この世界に来てから年中こんな感じだった。

 しかし、いくらなんでも軽々持っていたユズハに比べて非力過ぎないか。

 それとも・・・。


 (ユズハはゴリラ・・・?改造人間・・・?)


 失礼なことを考えながら、まじまじとメイドさんを見る。


「あ、あのう・・・?」


 下から見上げる形になっているが、もじもじしている彼女は可愛い。

 かなり好き。

 小柄な見た目で実は怪力設定とか良いじゃないか。

 俺は前向きに考えることにした。


「そういえば、魔剣って刀身から火が出たりとかする?」

「あら、よくお分かりですわね」

「まじ・・・か・・・!」


 場面を切り取れば、この2人に遊ばれているだけなのだが、俺の心は震えた。

 姫を背中に乗せながらも気持ちの昂揚が隠せない。

 慣れって怖い。


 (獄炎斬ができるってこと・・・?)


 俺が前の世界で魔王を一刀両断した技。

 あの時はただ斬っただけだったし、剣が溶けるから魔法なんて込めてなかった。

 それが、まさか。


「んっ・・・どうしましたの?」


 バイブレーションと化した俺の身体に反応してしまったようだ。

 慌ててサイレントマナーモードに切り替える。


「ご、ごめん」

「ふふっ、あの魔剣・・・使えるようになりたいですか・・・?」

「ひゃ・・・な、なりたい!」


 急に耳を弄られて、変な声を出してしまった。

 使えるようになりたいのは本当だ。

 だって獄炎斬だぜ?


「いつか、使える日がきっと来ますわ」

「そうかな!頑張るよ!」


 背中の姫は見れないので、ユズハの方を見る。


「・・・(じーっ)」


 話を聞いていなかったようだ。

 俺が目を合わせても、彼女の目はそこを見ていない。

 人差し指を口元に当て、どこか羨ましそうに何かを見ている。


 (え、ユズハもそういう趣味なの?)


 彼女も背中に乗りたいなんて、まさかだ。

 エステルに看過されてしまったのか。


「あ、どうかされましたか?」

「いや別に・・・」


 少なくとも姫様がいる場で追及するのは危ない。

 色んな意味で。


「カケル様?」

「は、はい」


 暇になったのかぐいぐいと上で動く姫様。

 子どもか。


「仕方ないので、レプリカを使いましょう」

「そうだな。そうしよう」

「もっと魔力が上がったら、またお持ちしますわ」

「やった!」


 娯楽が非常に少ない今の生活で、少しでも目標ができるのは良いことだった。


「あはっ、単純でお可愛い・・・」


 その声はザザァとざわめく音で掻き消された。


 ちなみにその剣の名前は『魔剣アルタイル』らしい。

 彦星様だ。

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